陸上・駅伝

特集:第98回箱根駅伝

早稲田大・中谷雄飛「やっぱり勝ちたい」、最後の箱根駅伝で偉大な記録に挑戦

最後の箱根駅伝では区間賞の走りでチームに総合優勝をもたらしたい(撮影・藤井みさ)

中谷雄飛は佐久長聖高校(長野)時代に“世代最速ランナー”として注目され、早稲田大学に進んでからは、チームが出場していない2019年の出雲駅伝を除き、全ての学生3大駅伝に出場してきた。ただ入学当初の中谷はトラックに重きを置き、駅伝に対する意識はそれほど高くないように見受けられた。しかし最終学年になった今、「やっぱり勝ちたいなという思いは強くなっている」と言い、最後の箱根駅伝では総合優勝だけを目指している。

早稲田大・相楽豊監督“全員駅伝”で箱根優勝を 千明龍之佑が率いる個性の強いチーム

勝ち切れない悔しさ、大迫さんから受けた刺激

中谷が高3だった17年には5000mでインターハイと国体に出場し、4位と2位でともに日本人トップ。5000mの自己記録は13分47秒22(当時高校歴代5位)、全国高校駅伝(都大路)では各校のエースがそろう1区で区間賞を獲得している。早稲田大でのルーキーイヤーには6月にアジアジュニア(岐阜)で10000m銀メダル、7月のU20世界選手権(フィンランド)では5000mで17位と世界の舞台を経験。中谷には「スーパールーキー」という言葉がついて回り、学生3大駅伝では手応えを感じられる走りができたものの(出雲は3区区間4位、全日本は3区区間2位、箱根は1区区間4位)、トラックでは悔しい思いをすることの方が多かった。

2年目にはけがも相まって心と体の状態が一致しない時期が続き、「競技をやってても楽しくない」「果たして意味があるんだろうか」と感じることもあったという。高校時代に勝ち続けてきた相手に負ける悔しさ。行き場のない思いを抱えていた中谷に、相楽豊監督は「負けたことで新たにチャレンジャーとして戦える。そういう感じでもいいんじゃないか?」と声をかけてくれ、少しずつ前向きな姿勢を取り戻した。また、3年目の昨夏、高校・大学の先輩でもある大迫傑さん主催の短期キャンプ「Sugar Elite」に参加したことも大きなきっかけとなった。

「僕自身、大迫さんはアメリカに渡って特別なことをしたから強くなったんだろうと思っていたんですけど、そうではなく、常に目の前にある練習をしっかり継続することが強くなるコツなんだよ、と。僕自身は強度の高い練習を求めがちなんですが、それだと次の日にきつくて動けないこともありました。でも強くなるには、特別なことよりもまずは故障せず、一つひとつのことをクリアしてやっていくことが大事なんだなと思いました」

昨年12月にあった日本選手権10000mで初の27分台をマークし、中谷は自信を深めた(撮影・池田良)

11月の全日本大学駅伝では3区でチームを3位から首位に押し上げ、学生駅伝では自身初となる区間賞を獲得。12月には日本選手権10000mで27分54秒06と自身初の27分台をマークしている。ただ翌21年1月の箱根駅伝は3区区間6位にとどまり、ピーキングの難しさを痛感した。

「不完全燃焼」が続いたラストイヤー

中谷はラストイヤーのこれまでを振り返り、「度重なるけがで不完全燃焼だった印象があります」と言う。5月の関東インカレ男子1部10000mで左足のすねを痛めたことを皮切りに、疲労の蓄積から両足の複数箇所に痛みが出てしまい、状態が戻ったのは10月の出雲駅伝の直前だった。

出雲駅伝ではアンカーの6区を担い、途中、後ろから追い上げてきた駒澤大学の田澤廉(3年、青森山田)と併走するシーンもあったが、熱中症気味になった中谷は遅れ始め、6位でゴール。翌11月の全日本大学駅伝では4大会連続となる3区を担い、区間4位の走りで順位を3位から2位にあげた。2年連続の区間賞とはならなかったが、中谷らしい積極的なレース展開で、「今年はけがばかりだったので、正直心のどこかでは3区は厳しいんじゃないかと思っていたので、見せ場を作れたことにホッとしてますし、いろんな支えてくれた人たちに感謝しています」と笑顔を見せた。

今年の全日本大学駅伝では自身4回目となった3区で、順位を2位に引き上げた(左が中谷、撮影・藤井みさ)

しかし早稲田大は全日本大学駅伝でも出雲駅伝に続く6位に甘んじ、学生駅伝「三冠」を目指してきたチーム内には不穏な空気が流れていた。主将の千明(ちぎら)龍之佑(4年、東農大二)が、出雲駅伝の直前に骨盤の中心に位置する仙骨の疲労骨折が判明し、出雲駅伝に続いて全日本大学駅伝もメンバーから外れた。また中谷や井川龍人(3年、九州学院)とともに10000m27分台の記録をもつ太田直希(4年、浜松日体)が出雲駅伝後に不調を訴え、大事をとって全日本大学駅伝を回避するなど、ベストメンバーで挑めなかった影響は大きかった。

だが今はけがをした全員が練習に復帰。負荷の高い練習も取り入れながら箱根駅伝に向けて最終調整ができており、なにより、千明の働きかけで選手たちは「箱根駅伝こそは優勝を」という気持ちを強く持てていると中谷も感じている。

「(自分が)最終学年もそうだし、メンバーも充実しているので、ここで勝負しないともったいないな。だからこそチームでやれることをしっかりやって、勝負していこうと思ってます。うちのチームは、全日本もそうでしたけど、全員がまだ力を発揮できていない。だからこそ、一人ひとりが自分が持っている力を発揮して自分らしい走りをする。それでうまく流れを作れれば、最後までいい流れでいけるかなと思ってます」

前回の箱根駅伝では日本選手権10000mの疲労もあり、うまくピークを合わせられなかった。今年も12月に10000mに出場し、記録を出したいという気持ちがあったが、10000mではなく5000mにとどめた。トラックレースを走りきったのは、7月に3000mで7分58秒23の自己ベストを出して以来。13分39秒21の記録を持つ中谷からすると、13分46秒73のタイムは満足いく結果ではなかったが、「最後までのびのびと走れたことは大きくて、本当にたくさんの人たちの協力もあって、ああやって走り切れるまで戻ってこられたことに感謝しているし、だからこそ箱根で結果を出したいんです」と自分を支えてくれた人々への感謝の気持ちを述べた。疲労で練習を積めなかった昨年に比べると、今年は箱根駅伝に向けて順調に調整ができているという。

相性のいい1区か、早稲田大のエースとして挑む2区か

これまでの箱根駅伝での走りを振り返ると、「ちょっとパッとしなかった」と感じている。「多分見せ場はちょっとずつ作れていると思うけど、最後のおいしいところを他の選手に持っていかれていることが多い。思い切った走りができるのが自分の持ち味だと思うので、その走りをした中で区間賞とか結果を残せたらもう1つ上のステージに上がれるんじゃないのかなと思っているので、そういう走りをしたいです」

1年生、2年生の時に走った1区はコース的に相性の良さを感じている(左が中谷、撮影・安本夏望)

狙うはエース区間での区間賞。「チーム的には2区に行けと言われるのかなと思うけど、僕は1区の方が好きです」と中谷は言う。1年生では1区区間4位、2年生では1区区間6位、3年生では3区区間6位だった。1区は他の区間に比べてアップダウンが少ないコースということもあり、中谷自身は相性の良さを感じている。1区の区間記録は第83回大会(2007年)に佐藤悠基(当時・東海大2年、現・SGホールディングス)が記録した1時間01分06秒であり、全区間記録の中では最古の記録となっている。中谷が狙うのはその記録超えとなる1時間01分05秒。もし今大会も前回大会のようなスローペースになったとしても、「見ている人が楽しめるのは高速レースだと思う」からこそ、積極的な走りでレースをかき乱したい。

もし2区を任された場合、第71回大会(1995年)で渡辺康幸さん(現・住友電工監督)がマークした早稲田大学記録(1時間06分48秒)超えをした上で、区間賞を狙う。そのポイントとして、「ラスト3kmからはアップダウンがあって風もあるので、そこまでいかに脚を残せるか。前半うまく流れを作って、そのままリズムで押し切って、最後上りになったら僕は上りが得意なので、気合でいけると思う」。スタートが追う展開になったとしても、できれば首位が見える30秒以内、それが厳しかったとしても前の走者が一定間隔で見える位置で襷(たすき)を受け取れたらと考えている。

同一チームに10000m27分台が3人いるのは史上初であり、日々の練習で競い合えることは中谷にとっても刺激となっている(左から太田、中谷、井川、撮影・松永早弥香)

「次は、後輩たちの番だと思います」の言葉を胸に

中谷は大学に進んだ時から、5000mや10000mで世界選手権やオリンピックに出ることを目指してきた。今年の東京オリンピックも将来の自分の姿と重ねながら見ていたという。

大会には学生選手も多く出場しており、特に3000mSCで7位の三浦龍司(順天堂大2年、洛南)と1500mで8位の田中希実(豊田自動織機TC/同志社大4年、西脇工)は、同種目でともに日本人初の入賞を果たしている。「三浦くんのあの走りはすごいなと思ったし、田中さんは同期なので、すごいところまでいったな、自分もああいう舞台に出て勝負がしたいな、とより目指すべき場所が明確になりました」。また、憧れてきた大迫さんがマラソンで6位入賞を果たし、その直後に言った「次は、後輩たちの番だと思います」の言葉はずっと胸に残っている。

世界への挑戦。その思いはこれからも変わらない。だが目の前には、今しかかなえられない夢がある。早稲田大の仲間たちと一緒に、中谷雄飛が最後の箱根路へ挑む。

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