陸上・駅伝

特集:第98回箱根駅伝

中央大・吉居大和 箱根駅伝最古の区間記録を破った驚異的な走りの理由

従来の区間記録を26秒も更新する驚異の走りを見せた吉居(左、撮影・北川直樹)

今年の箱根駅伝では1区から驚きが待っていた。前半から飛び出した中央大学の吉居大和(2年、仙台育英)が従来の区間記録を26秒も更新する偉業を達成したのだ。期待されながらなかなか結果を出せなかった前半シーズンから、どのように調子を上げてきたのか。ここまでの取り組みについて話を聞いた。

10kmまでが驚異的なペースになった理由は?

吉居は5km過ぎに完全な独走態勢に入った。藤原正和監督も「逃げるとは思っていましたが、まさかあんなに早い段階で仕掛けるとは想像していませんでした」と驚くほどだった。吉居の5km毎の通過タイムは以下の通り(通過タイムはすべてテレビ中継からの情報、以下同)。
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吉居通過            佐藤通過
5km:14分07秒         14分06秒
10km:27分58秒(13分51秒) 28分18秒(14分12秒)
15km:42分00秒(14分02秒) 42分33秒(14分15秒)
20km:56分30秒(14分30秒) 57分07秒(14分34秒)
鶴見<21.3km>:1時間00分40秒 1時間01分06秒
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右側の佐藤悠基(東海大2年、現SGホールディングス)が07年に前区間記録で走ったときと比べると、5kmから15kmが速かった。佐藤の28分27秒に対し、吉居は27分53秒。まさに異次元の速さだった。

――レース中の局面毎に振り返っていただきたいと思います。スタートから5kmまではどんなことを意識して走っていましたか?

吉居:(スタート直後に)集団の前に出たときは感覚が良く、誰かがペースを上げてもついていくつもりでした。しかし前に出る選手がいなかったので、自分のペースで走り続けたんです。それが、多くのライバル校を突き放すことになると思っていきました。

調子がいいと感じていた吉居。誰かがペースを上げてもついていこうと思っていた(代表撮影)

――5kmで集団を引き離し始めたところは?

吉居:集団の前に出たときから自分のリズムだけを意識していました。気づいたら(後ろの)足音がなくなっていたんです。

――4kmからの1km毎を2分42秒、2分45秒と、意識的にペースアップしたようにも見えましたが。

吉居: “できるだけ離したい”という気持ちがあったので、結果的にペースが上がった可能性はあります。完全に一定のペースを保つのは難しいですから。5km地点は下見で把握していたつもりでしたが、気づいたら過ぎてしまっていて、時計を見たら14分39秒でした。おそらく14分20秒くらいと推測しましたが、その通過なら問題ないかな、と。

――10kmまでの5kmを13分51秒まで上げた感覚はありましたか。

吉居:27分58秒という数字にはビックリしました。正直、まったくキツくなくて、本当に調子が良いんだな、と思いました。タイムだけで言えば、いろんな選手がハイペースで走れば28分00秒前後は出るかもしれないと思っていましたし、それに対応できる練習もしてきました。しかし、そのタイムを今回は1人で行くことができた。それが自信になりましたし、(速かったことで不安になったりしないで)プラスにしか考えませんでした。

区間新記録の感触は12kmくらいから

10kmではまったくキツくなかったと言う吉居だが、10km以降は以降はどんな状態だったのだろう。そして独走している間、区間記録やチームのことを、どう考えながら走っていたのだろうか。

――15kmまでも14分02秒とハイペースでしたが、どんな感覚で走っていたのですか。

吉居:あのペースで15kmまで走ったのは初めてでしたし、それも1人でしたから、ちょっとずつキツくなっていました。自分の時計では10kmから15kmが14分08秒だったのですが、それほど落ちていません。あと6kmを粘るだけだ、と考えていました。

結果的に吉居のハイペースについてくる選手はいなかった。独走体制に入った(代表撮影)

――区間新記録はどのあたりから意識していましたか。

吉居:12kmくらいから“イケるんじゃないか”という感触はありましたが、タイムは計算していませんでした。最初に計算したのは15kmを42分00秒で通過したときです。あと6kmを18分で走れば出せると思いました。その後は区間新記録のことより、できるだけ早く襷(たすき)を渡すことを考えて走っていました。

――20kmまでの5kmは14分30秒と少しペースダウンしています。どんなキツさでしたか。

吉居 :(17km過ぎの)六郷橋は本当にキツかったですね。そこまではほとんど平地で走りやすいコースですが、あそこまで走っていて上りがあると脚にグッときます。しかし区間新を出すんだという気持ちがありましたし、後ろとの差を少しでも開いて、中大として理想的なスタートをしたいという気持ちが強かった。2区の手島(駿)さん、3区の(三浦)拓朗さん、10区の井上(大輝)さん。4年生の方たちのために少しでも差を広げようと思って走りました。

吉居と襷をつないだのは4年生の手島。吉居は笑顔で手島の背中を押した(撮影・北川直樹)

――区間新と知ったのはどのタイミングでしたか。

吉居:終盤で藤原監督が区間記録より30秒速いと声をかけてくださって、間違いなく行けると思いましたし、ラスト200mでも1時間00分10秒と声をかけてもらったので“区間新は出たな”と思いました。正式タイムとして知ったのは、2区のサポートをしていた誰かから聞いたときでした。

――区間新と知ったときはどんなテンションになりましたか。

吉居:思ったより冷静でした。12~13kmあたりでは良い走りができていて、区間新を出せそうだと興奮していました。しかし15km過ぎからはキツかったので、ちゃんとトップで渡すことができて、区間新だったとわかったときはホッとした気持ちが大きかったです。

米国のバウワーマンTCで長期合宿

大学1年時のトラックでは5000mのU20日本記録を2度更新し(13分28秒31と13分25秒87)、12月の日本選手権でも3位に入賞した。それに対し2年時のトラックシーズンは6月の日本選手権11位、9月の日本インカレ16位とまったく良いところがなかった。10月の箱根駅伝予選会(ハーフマラソン)も13位である。2月から85日間、米国のプロクラブチームBTC(Bowerman Track Club)の練習に参加したが、レベルの高いトレーニングに対応できなかった。

――21年のトラックシーズンの不振をどう自己分析していますか。

吉居:色々あると思いますが、前回の箱根駅伝(3区区間15位)から調子を上げられないままアメリカに行って、うまく流れを変えられませんでした。BTCではうまく練習を積み重ねることができず、特に走行距離の部分で土台作りができなかったことが一番大きかったと思っています。

――BTCの練習は設定タイムが高く、余裕を持って練習ができなかったということですか。

吉居:簡単に言うとそうなります。その設定で練習することに耐える体ができていなくて、ポイント練習(週に2~3回行う負荷の大きい練習)だけでいっぱいになって、ジョグで走る量がかなり落ちてしまいました。練習量が落ちた分、帰国後のトラックでは本来の土台を生かした走りができなかったのだと思います。1年生の時は藤原監督と相談して練習量も抑えめに取り組んだので、12月の日本選手権までは試合にうまく合わせることができました。

1年時12月の日本選手権までは、練習を抑えめにしていたこともありレースで外さない印象だった(撮影・藤井みさ)

――コロナ禍の影響で外出もできず、BTCメンバーたちとの接触も少なかったそうですね。

吉居:陸上競技に本当に集中して取り組んでいることは、一緒に練習して伝わってきましたが、彼らの生活を具体的に見ることができなかったのは残念でした。

――今後もBTCに行きますか。

吉居:BTCは5000mと10000mの練習が中心で、世界トップレベルはあのくらいやっているのだと肌でわかりますし、自分に足りない部分もわかる。あの練習ができないとトラックで世界と戦うことはできません。将来的には(マラソンを考えているので)わかりませんが、また行くつもりです。

11月の八王子で失敗、1週間後の日体大で快走して箱根駅伝に

11月の全日本大学駅伝1区(9.5km)では、区間賞の佐藤条二(駒澤大1年、市立船橋)と同タイムの区間2位。復調の兆しを見せたが、今回の箱根駅伝の走りと比べればまだまだだった。箱根駅伝1カ月前には、11月27日の八王子ロングディスタンス、12月4日の日体大長距離競技会と10000mを連戦。八王子では29分23秒76と失敗したが、日体大では28分03秒90の自己新を出した。だが、同じレースを27分23秒44(学生新、世界陸上オレゴン標準記録突破)で走った田澤廉(駒澤大3年、青森山田)には40秒差をつけられた。

――八王子の失速は“体の細かい部分の使い方がうまくできなかった”という情報がありますが。

吉居:すごく寒い日だったのでホットクリームを足の裏にたくさん塗って出場したら、低温火傷が起きてしまったんです。すごく痛くなって最後はペースを落としました。走り終わった直後は体の細かい部分の使い方が原因だと思ったのですが、トレーナーさんからそこは無関係だと言っていただきました。

――八王子の結果とは関係なかったということですが、やろうとしている“体の細かい部分の使い方”を言葉にすることはできますか。

吉居:細かく言うとその時その時で課題が違ってきますが、大きく言えば無駄な動きをしないようにすることです。(キックした後の)脚が流れないように、蹴り返しを大切にしています。そのためには肩の位置を前に出さないこと、肩を上げず、ある程度下の位置に保つことなどを意識しています。

――翌週の日体大はどういう位置づけでしたか。

吉居:12月に入っていたので、そのあと全力を出すような練習はそう何度もできません。箱根駅伝につなげるために、ペース走の意味合いを持って出場しましたし、余裕をもってゴールできました。(出し切る走り方をすれば)もう少しタイムも出せたと思います。

――同じレースで田澤選手が27分23秒44の日本学生新を出したことを、どう見ていましたか。

吉居:“遠いな”と思って走っていました。田澤さんとはまだ話したことも、一緒に練習をしたこともありません。記録を狙うと聞いてはいましたが、どんな走りをするんだろう、と思っていました。外国勢に食い下がっていて、後で余裕も持たれていたと知りました。レース中は遠くからでしたが、強いなと思っていましたね。自分も早く田澤さんに近づけるように、もっと強くなりたいという気持ちになりました。

――八王子で28分前後でしっかり走っていたら、日体大には出場しなかったのですか。

吉居:そうです。八王子もうまく走れたら27分45秒切りくらいでイケる感覚でした。そのくらいでイケていたら、すぐに箱根駅伝に切り換える予定でした。

22年は世界陸上オレゴン大会が目標

BTCで3カ月近くトレーニングを積んだことからもわかるように、吉居は世界で戦うことを期待された選手である。本人もその自覚は十分持っている。同学年の三浦龍司(順天堂大2年、洛南)はすでに東京五輪3000m障害で7位に入賞し、1学年違いの田澤も前述のように世界陸上オレゴン10000mの標準記録を破っている。吉居も22年シーズンで、戦う舞台を世界に広げるつもりだ。

――箱根駅伝1区の区間新は、トラックにもつながっていきますか。

吉居:つながると思います。夏からの練習がしっかり積めて、自信を持ってスタートラインに立つことができたからあのペースで走れたんです。練習ができればトラックでもきちんと走ることができる。どの大会を走るか詳細はまだ決まっていませんが、いくつかレースに出て、5月には世界陸上5000m標準記録の13分13秒50を突破することを目標にして走る予定です。その上で(世界陸上選考競技会の)6月の日本選手権で3位以内に入ることを目指していきます。

まずは5000mで世界大会へ。そしてその先にマラソンにつなげていきたいと語る(撮影・藤井みさ)

――10000mでも標準記録の27分28秒00を狙う力があるのでは。

吉居:出せる、とは思います。10000mで狙った方が世界大会は近いかもしれませんが、将来的にマラソンで1位を取りたいと思っているので、まずは5000mで世界大会に出ることがマラソンに生きると思っています。10000mは5000mの後に考えます。

――世界陸上に出場したら、どんな目標で走りますか。

吉居:まずは出場することが目標です。まだ世界で戦う力はないと思っていますから。必ず出場して、何か次につながるきっかけになる大会にしたいと思います。

――4月には弟さん(吉居駿恭・仙台育英高3年、10000m28分11秒96=高校歴代2位)も入学してきます。プラスになりそうですか。

吉居:弟とはすごく仲が良いので、一緒に練習するのが楽しみです。タイプとしては弟の方がスピード型です。自分はスーッと、徐々に上げていくようなスピードですが、弟はガツンと爆発的に上げるスピードを持っている。お互いに刺激し合う存在になると思っています。

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