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特集:駆け抜けた4years.2023

東京六大学主務の仕事は「新しい歴史を作る同志」大河原すみれ×宮本ことみ対談(下)

対談は2022年11月の明治神宮大会期間中に行った(すべて撮影・井上翔太)

今季、歴史と伝統ある東京六大学野球リーグで、2人の女性が「主務」(マネージャーの責任者)を担った。立教大学の大河原すみれ(4年、湘南白百合学園)と法政大学の宮本ことみ(4年、法政)。ともに両校にとっては「初の女性主務」が、語り合った。

【前編】性格は正反対、転機のコロナ禍 東京六大学主務、大河原すみれ×宮本ことみ対談

4年春のリーグ戦で、始めて「対峙」

2022年4月16日。法大と立大の1回戦で、宮本と大河原は初めてリーグ戦のベンチに入った。対戦する両チームの主務が女性となったのは東京六大学では初。「女性主務対決」としても耳目を集めたが、2人には「対決」という意識は全くなかったという。

「東京六大学は学校同士のつながりが深い連盟です。すみれは相手チームではありますが、敵ではなく、新しい歴史を一緒に作っていく同志。その表現がふさわしい感じがします」(宮本)

「試合前整列の際、ベンチの前でことみと向き合ったんですが、私も『戦う』という気持ちではなかったですね。これから(本格的に女性主務としての1年が)始まるんだな、と」(大河原)

スタンドにあいさつする際、主務は主将の隣に立つ

男性、女性の壁を越えて主務の役割を全うしたい。志を持って主務になった2人だったが、女性ならではの苦労も味わった。リーグ最多タイの46回の優勝を誇る「名門」の主務になった宮本は「SNSでも様々な方からいろいろな意見をいただきました」と明かす。野球の世界はまだまだ「男社会」であり、保守的なところも根強い。なぜ、法大の主務が女性?と疑問を呈されることもよくあったという。

大河原は「承知の上でしたが、グラウンドレベルのことがわからないというのが、女性主務として一番葛藤したところです」と明かす。だが、溝口監督はその前提で大河原を主務にした。引き返すことはできない。女性だから、自分だからできることに目を向けよう。そう思い直し、わからないことは同期の男性部員や学生コーチに協力してもらった。

試合前のあいさつではベンチの前で首脳陣の隣に立つ

連盟室の雰囲気が変わった

宮本が主務としてチーム内で目指したのは、マネージャーの組織改革だった。「男女をフラットな状態にして、仕事がよりうまく回るようにしたかったんです」。野球以外の部分にも目を向けた。技術とともに人間性を磨くことで、周りから応援されるチームになろうと。「法大は高校のトップクラスの選手が集まるので、プライドが邪魔するのか、まとまりに欠けるところもありました」

春は4位、秋は5位と成績につなげることはできなかった。「声を上げることはできたかもしれませんが、チームとして勝てなかったので……。もっとやれることはあったのでは、と思います」

立大は、春は最終カード(対明治大学)で勝ち点を挙げれば優勝だった中での3位。秋は4位に終わった。大河原も達成感よりも後悔の念が強いという。「溝口監督からは最後まで主務として足りていないことを指摘されましたし、組織力を上げるために機能できていたかと言うと、必ずしもそうではなかった気がします」

それでも東京六大学の主務だったからできた経験、得難いものを通じて成長できたのは間違いない。宮本は「もしサークルに入っていたら縁がなかった、法大の主務でなかったら会えない人もたくさんいます。いろいろな学びもありましたし、自己中心的だった高校時代と比べると、少しは成長できたと感じます」と話す。

2人が少しの成果として感じているのが、リーグ戦開催時に神宮球場内に置かれる(東京六大学野球連盟の)連盟室の雰囲気だ。学年の隔たりもなくし、日程が予定通り消化できない状況でも楽しく仕事ができるよう、環境作りに努めてきた。「いろいろな人から、これまで以上に明るくなったね、と言われました」。2人は笑顔を見せる。

主務をしていなければ出会えない人たちからの学びもあった

同期の人生の節目に立ち会う経験も

得難い経験はドラフトでもあった。2022年のドラフト、大河原は同期への感情を押し殺しながら、自分がすべきことに徹した。

「つらかったですね。本来なら(1巡目で東北楽天が千葉ロッテとの重複指名の末に交渉権を得た)荘司康誠(4年、新潟明訓)を大々的にお祝いしたかったんですが、(指名が有力視されていた)主将の山田健太(4年、大阪桐蔭)の名前が呼ばれなかったので……」

さぞかし山田ががっくりしているとは察しつつも、主務としての役割を果たさなければならなかった。「支配下の指名が終わってすぐ、何社か社会人チームから連絡がありました。山田君と話がしたいと。うち1社が翌日の8時30分にいらっしゃるというので、そのことをLINEで伝えました。添えたい言葉もありましたが、それはやめて、あえてシンプルに。お疲れさまという言葉とLINEギフトだけを送りました」

侍ジャパン大学日本代表の主将でもある山田の指名漏れは、ある意味、今年のドラフトの最大のニュースにもなった。ツイッターでは「山田健太」がトレンド入りするほど。当日は誰1人、声を掛けられないような落ち込みぶりだったという。

ドラフト会議当日は関係各所との調整役を担った

それでも翌日、大河原が社会人チームの来訪スケジュールを伝えた時、山田の表情はいつもと変わらなかったという。「同期ではありますが、精神力が強いな、と感じましたね」

法大もドラフト候補に挙がっていた主将の齊藤大輝(4年、横浜)が指名されなかった。

「法大は4年生全員でドラフトの結果を待つのがしきたりなんですが、普段は感情を表に出さない齊藤もさすがにへこんでいました」(宮本)

法大は野球エリートぞろい。齊藤も名門の横浜高校で1年時から3年連続で夏の甲子園を経験し、法大でも1年春からリーグ戦に出場したエリートである。「ずっと野球では順風満帆だったので、挫折感があったと思いますが、それをバネにしてくれたら」。宮本は同期・齊藤のさらなる成長を願っている。

2022シーズンで法政大の主将を務めた齊藤大輝

主務として得たものを社会で生かす

卒業後、大河原は引き続き野球の道を歩む。来春からはNPB(日本野球機構)に進む予定だ。

「主務を経験できたことで、仕事は男女関係ないことを実感できました。野球界は男社会の側面もあるので、若い人に変えてほしいと期待もされているので、果敢にチャレンジしたいと思っています」

宮本は一般の企業に内定、総合職として仕事を始める。

「実は社会人チームからマネージャーでとオファーをいただいたんです。でも高校、大学と野球漬けだったので…外から見える野球の世界もあると考えました」

野球との直接的な携わりはなくなるが、もちろん主務として培ったものを社会で生かすつもりだ。「一番の財産はたくさんの人とのつながりで得たもの。それを大切にしていきたいです」

東京六大学も、女性が主務を担うのが当たり前の時代が来るかもしれない。「女性初」を全うした宮本と大河原。2人は確かに、そのための新しい歴史を刻んだ。

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