陸上・駅伝

駒澤大が大学駅伝三冠達成報告会を開催 大八木監督から藤田コーチへ「熱意」のバトン

今年度で退任する大八木監督は、何度も感謝の言葉を口にした(最後の写真以外撮影・藤井みさ)

3月14日、駒澤大学が二子玉川ライズガレリアにて、駒澤大学陸上部大学駅伝3冠達成報告会を開催。58人の選手たちと大八木弘明監督、藤田敦史ヘッドコーチら指導陣が集結した。史上5校目、大学史上初の三冠を記念して開かれたこの報告会。陸上ファン、駒澤大ファンのほか、買い物途中の多くの客が足を止め、大いに盛り上がったイベントとなった。

キャプテン山野力、ポジティブにチームを引っ張る

まずは体育会應援指導部「ブルーペガサス」が登場して会場を盛り上げ、観客は手拍子で応えた。そして4years.でもおなじみのM高史さんが「現状打破!」の掛け声とともに登場。たくさんの観客に対して「遠くから来た方は?」と質問すると、石川県や北海道釧路市から来た人もいるとの答えが返ってきた。さらに最前列の人に「何時から並びましたか?」と質問すると、朝8時からとの答え。改めてファンの熱量とチームへの人気がうかがえた。

Mさんが勢いよく登場し、大八木監督は笑顔

大八木監督をはじめとしてコーチ、選手たちが入場すると、会場からは大きな拍手が湧き上がった。まずは駒澤大学の石川順之理事長、各務洋子学長、世田谷区の保坂展人区長のあいさつに続き、Mさんが選手にインタビューするコーナーが続いた。

選手への質問は「この1年はどんな1年だったか」。1年間キャプテンを務めた山野力(4年、宇部鴻城)は「なんとしても三冠を達成するんだという思いで、頑張って達成できました。みんなに感謝しています」と答えると、ここでMさんが大八木弘明監督に「山野選手はどんなキャプテンでしたか?」と質問した。

三冠のチームをまとめた山野

「3年生で副キャプテンだった時はちょっとネガティブなところが多かったんですけど、4年生でキャプテンになったら役が人間を成長させるというか、ポジティブな考えで選手に檄(げき)を飛ばしたり、やる気を出させたりしていましたね。私にも一言言ったりとか」と大八木監督が笑わせると、山野は「一言とか言ってないです……(笑)。チームをまとめてポジティブになってやらないとだれてしまうので、しっかりやってきました」と改めてキャプテンとしての心構えを語った。

田澤廉はこれからも大八木監督と世界を目指す

エースの田澤廉(4年、青森山田)はこの1年について「世界への挑戦」を掲げ、「振り返ってみたらオレゴン(世界陸上)に出られて世界の舞台には立てました。でも思うような状態で臨めず悔しい結果になりました。出て見えたものもあるので、次のハンガリー(ブダペスト世界陸上)には必ず参加して、なおかつ結果を残したいです」と意気込みを語った。卒業後は実業団のトヨタ自動車に進むが、変わらず駒澤大を拠点とし、オリンピックなど世界の舞台を目標に練習を積んでいくつもりだ。

駒澤大・田澤廉「世界との差を感じることもできなかった」 初の世界陸上で残した悔い
10000m26分台、世界での活躍を誓う田澤

4年で初めて全日本大学駅伝、箱根駅伝を走った副キャプテンの円健介(4年、倉敷)は「大学で競技を引退すると決めていたので、自分のためじゃなくて支えてくれた人やチームのためにと思ってやってきました。最後は自分の走りで感謝を伝えられたかなと思います」。大八木監督も「夏もしっかりと走り込んでいて、一番努力していた選手かなと思います」と円の努力を評価した。

Mさんが4年生に今後の意気込みを尋ねると、三者三様の言葉が返ってきた。山野は「実業団で競技を続けるので、大学だけで終わらずに結果を出していきたいです。ロードを中心に走って結果を出していきたいです」。田澤はパリオリンピックまでは10000mに取り組むと決めているといい、「オリンピックの参加標準記録が27分00秒なので、26分台をしっかり出して記録で出場したいです。その後はマラソンで活躍して、メダルを取れるところまでいきたいです」と高い目標を語った。

引退レースまでしっかりと走りたいと話す円

大学で競技を終える円は「現役は引退しますが、日曜日に現役最後のレースがニューヨークであるのでそこでしっかり走れるようにしたいです。これからは走ることは好きなので、市民ランナーみたいな形でやれたらいいかなと思います」と話す。

「これが箱根駅伝なんだ!」田澤廉が見せた走りが分岐点に 駒澤大学・円健介(上)
2時間睡眠で挑んだ箱根駅伝、最終レースは監督夫妻とNYで 駒澤大学・円健介(下)

大八木監督は4年生に対して「4年間培ったものを大事にしてほしいし、これから社会人になって人間として成長していってほしいなと思います。競技に対する姿勢はしっかりやってきていましたから、その中で自分の高いレベルをまた目指していってほしいなと思います」とエールを送った。

新キャプテン鈴木芽吹「頼もしいキャプテンになりたい」

新キャプテンとなる鈴木芽吹(3年、佐久長聖)は昨年の第98回箱根駅伝でけがの影響もあり満足に走れなかったことに触れ「借りを返すんだと決めたので、それを貫き通す1年でした。チームメートが支えてくれたので腐らずにやりきれました」と答えた。箱根後、復帰したのは昨年10月の出雲駅伝。「かなり緊張しましたが、うれしいしホッとした気持ちでした」と素直な心境を明かす。

駒澤大・鈴木芽吹 けがから復活の出雲路 支えられた感謝とうれしさに流した涙

大八木監督は鈴木について「我慢強い選手だと思います。大きなけがでしたがコツコツとやってきて、時間はかかりましたがチーム全体として出雲の復活はうれしかったですね。『これで三冠いけるぞ』という雰囲気になったのは芽吹の復活だったと思います」と評価した。

「借りを返す」つもりで1年やってきたという鈴木

鈴木は田澤や山野にあこがれているといい、「田澤さんや山野さんみたいに頼もしいキャプテンになれるように頑張りたいです」と意気込む。その言葉を受けて山野は「芽吹は真面目でしっかりしてるので自分のことはしっかりできると思うので、あとは自分のこと以外でチームをしっかり見てやってくれれば、雰囲気はすごくいいので大丈夫だと思う」。田澤は「個人としても次の駒澤のエースだと思っているし、駒澤だけじゃなく学生界を引っ張る存在だとも思っています。芽吹ならできると思うし期待してます」とそれぞれエールを送った。

スーパールーキーとして出雲駅伝、全日本大学駅伝で区間新記録を樹立し、2月にはアジア室内陸上3000mの日本代表にも選ばれて世界と戦った佐藤圭汰(1年、洛南)。「大学に入ってはじめは環境が変わってすごく苦労したんですけど、駅伝シーズンに入ってから自分の走りができるようになりました。出雲、全日本では区間新記録を樹立できていい流れできたんですけど、箱根駅伝の直前に体調不良になってしまって、走ってチームに貢献したいという気持ちがあったので悔しい思いでいっぱいでした。でも全体を通しては成長できた1年だったと思います」と手応えを語った。

大学に入っての成長を感じられたと話す佐藤

大八木監督も「これからの選手ですが、田澤ともいい勝負ができる選手でもあると思うので、これから世界に向けて頑張っていってくれればなと思います。期待のルーキーですね」と期待をかけた。

2月の丸亀ハーフマラソンで1時間0分11秒のタイムをマークし日本人学生記録を更新、3月12日の学生ハーフマラソンでも優勝した篠原倖太朗(2年、富里)は「記録が出て素直にうれしいです。学生ハーフは直前まで田澤さんたちとアメリカで合宿していて、日本代表(田澤)と練習していたので『勝って当たり前』という状況を作って臨みました」と自信をのぞかせるコメント。

篠原は強さと自信を身につけつつある

大八木監督もプレッシャーのある中での勝利を評価し、「ペース配分も含め、どこで勝負するかという勘を持っている選手だと思います。勝っておごらず、このまましっかり精進して田澤を抜くぐらいの気持ちで頑張ってほしいですね」と期待をかけた。

駒澤大・篠原倖太朗が学生ハーフ優勝 地力つけ、刺激を受けた田澤廉とのアメリカ合宿

Mさんからは山野に「記録を更新されてどう思いますか?」という質問も。山野は「前回更新したといっても(それまでの記録から)10秒ほどだったので、すぐに抜かされるだろうなとは思ってました。抜かされるなら同じ大学の選手に抜かされたいとは思っていたので、よかったです」と率直な気持ちを明かした。

史上初の2年連続学生駅伝三冠へ

大八木監督は改めて言葉を求められると、「本日はお忙しい中、また寒い中たくさんの方が私どものための報告会に来ていただきありがとうございます」と感謝を述べた。三冠を達成したが、シーズン当初は大八木監督の頭の中に「三冠」という考えはなかったという。だが4年生が「三冠をやりましょう」と言ってきたことが監督の胸に響いた。

「これは本気でやらなくちゃいけないんだろうなということで、火がついたように本気になって4月から指導しまして、それがトラックシーズンからいい形になりました」。佐藤がU20世界選手権に、田澤がオレゴン世界陸上に出場し、世界を目指せる選手が数多く出てきて『やれるんだ』という気持ちになったという。

しかし夏は故障者が多く、「どうなるかな」という気持ちにもなった。そんな中で円など、頑張っている選手の存在が大きかった。「9月ぐらいから立て直しができて、本当のいいチームになれました」。出雲駅伝は大会記録で優勝、相性の良い全日本大学駅伝では大会記録で3連覇。だが、箱根駅伝に向けては経験豊富な大八木監督も苦労した。

走ったメンバー以外にも全員が一丸となったからこそ、今の結果がある

「箱根がやっぱり一番大変でした。箱根のためにしっかり走り込みをして、なんとか選手一人ひとりが成長して誰を使っても遜色ない、いいチームになってくれました。エース格が2人体調を崩すアクシデントがありましたが、交代しても自信を持って区間配置ができました。それが優勝できた原因だと思います」。そして大八木監督は「選手あっての優勝」だと改めて強調し、走った選手以外にも控えの選手やマネージャー、チームが一丸となった結果だと思うと話した。

3月で退任する大八木監督のあとを引き継ぐ藤田敦史ヘッドコーチはまず、日頃の多くの支援に感謝の言葉を述べると、「来年度から大きな組織を引き継ぎ、重責を担う形になります。大八木は『子どもたち』という形で選手を呼びますが、『子どもたちを強くする』という熱意を持って28年間やってきたと思います」

大八木監督の熱意を引き継ぎ、新しいチームを作っていく藤田コーチ

大八木監督がコーチとして着任した1995年に、藤田コーチは駒澤大に入学。「ここに至るまで28年間熱意を見させていただいて、自分自身不安としてありますが、『大八木の熱意を引き継ぐ』という強い思いを持ってやってきたいと思います」と大きな立場を引き受けるにあたって決意を表明。そして「そのためには私一人の力では難しいと思いますので、引き続き変わらぬご声援とご支援をいただければうれしく思います。お祝いの言葉、本当にありがとうございました」と締めくくった。

花束贈呈には、サプライズで松任谷正隆さん・由実さん夫妻も登場し会場は大いに盛り上がった。最高の結果を経て、新たな体制で駒澤大は大学駅伝史上いまだ達成されていない「2年連続大学駅伝三冠」に挑む。

観客の声援を受けて田澤は笑顔を見せた(撮影・高野みや)

in Additionあわせて読みたい