日体大・漆畑徳輝新主将 同期と改革を進め、「76年連続箱根駅伝出場」の重責を担う
日本体育大学陸上競技部駅伝ブロックのキャプテンに就任してから約3カ月。4月に最終学年を迎える漆畑徳輝(山梨学院)は、箱根駅伝で10度の総合優勝を誇る伝統校を牽引(けんいん)する責任感をひしひしと感じている。予選会を突破し、76年連続出場を果たすのは最低限のノルマ。積み重ねてきた記録を途絶えさせるわけにはいかない。大きな重圧を背負う上で、チームを変えたかったという。
より風通しの良いチームをめざす
横浜市青葉区の閑静な住宅街を歩いていると、年季の入った大きな表札がすぐ目に入る。「日本体育大学駅伝合宿所」。キャプテンの漆畑らが生活する選手寮に入ると、玄関には整理整頓されたランニングシューズが並び、中庭にはトレーニングウェアの洗濯物がきれいに干されている。日常生活の雑用をすべて1年生がこなしているわけではない。昨年度から旧態依然とした体制は変わった。厳しかった上下関係は緩和され、下級生たちのストレスも軽減された。今年度もその取り組みを継続し、さらに改革を進めている。
「より風通しの良いチームをつくり、昔ながらのイメージを変えていきたい。学年に関係なく、競技で目いっぱい力を出せる環境を整えることが大事。まだ改善できることはあります。下級生に課せられる仕事もその一つ。古いしきたりを引き継いできた部分もあるので、無駄をなくし、効率化を図っていかないと。そうすれば、下級生もアフターケア、睡眠、フリーの時間を多く作れると思います」
C、Dチームまで目配り
1月3日、箱根駅伝の報告会で前任の盛本聖也からキャプテンの役職を引き継いで以降、頭を休める暇はほとんどない。まずは全体を見渡し、部員を把握することから始めた。日体大の駅伝ブロックは少数精鋭ではなく、毎年70人近くの部員が集まる。実力もさまざま。漆畑は一緒に練習するAチームのメンバーだけではなく、C、Dチームまで目を配る。全員をくまなくフォローできないが、グループのリーダーとは密にコミュニケーションを取っている。
生活面からの見直しは、想像以上に骨が折れる仕事だった。役割分担や寮内にあるルールの修正など、生活面の決めごとを変えるだけでもひと苦労した。
「競技面以外に考えることが多く、すごく忙しくなって……。正直、しんどかった時期もありました。ただ、自分がキャプテンなんだとあらためて感じることもできました。これが今の僕の仕事。3年生までは自分のことだけに集中し、自由にしていましたから」
自信になった今年の箱根駅伝3区
箱根では酸いも甘いも経験してきた。2年時は予選会から出場し、正月の本戦でも出走メンバーに抜擢(ばってき)された。静岡に住む中学校時代から憧れてきた舞台で初めて襷(たすき)をつないだが、結果は伴わなかった。7区で区間19位。小田原中継所からスタートしたコースの景色はおぼろげで苦しかった記憶しかない。3年時は故障で春から約半年も走れない時期があり、予選会を欠場。ただ夏合宿から周到に準備を進め、1月2日には自信を持って、3区のスタートラインに立った。
「箱根の20kmから逆算し、すべてのことに取り組んでいました。レースにほとんど出ていなくても、不安はなかったです。計画してイメージ通りの練習を積めていたので、わくわくして本番を迎えることができました」
戸塚中継所から平塚中継所までの風景は、今もはっきりと覚えている。沿道にあふれるギャラリーに胸を打たれ、夢の舞台に立っていることを実感できた。勝負のポイントとして意識していた後半、海沿いの道に出てからも歯を食いしばり、腕を振って粘ることができた。体は苦しくても気持ちは良くなり、自然に笑みまで漏れた。区間10位。タイムは設定より少し速い1時間2分36秒だった。
「僕の準備は間違っていなかったんだと思い、そこは自信になりました。それでも区間順位を見れば、ぎりぎりのライン。目標のシード権獲得を考えると、納得できるような走りではなかったと思います。もっと上を見ないといけません」
発破をかけられた藤本珠輝の言葉
今季は一人のランナーとしても飛躍を誓う。見据える先は各大学のエースたちが集う箱根の2区。2年連続でエース区間を走ってきた藤本珠輝(現・日立物流)からは今春、卒業する前に発破をかけられた。
「来年はお前がエースなんだから。後輩ばかりに頼らず、お前が頑張れ」
日体大の大黒柱として引っ張ってきた先輩の言葉は心に響いた。エースのあるべき姿を見てきた漆畑は勝負強さを追求し、タイムよりレースで勝つことにこだわる。いずれの大会でも上位入賞、優勝を狙いに行くという。
「昨年、関東インカレ1部で(藤本)珠輝さんがハーフマラソンで優勝したとき、チームがすごく盛り上がり、雰囲気も良くなったんです。やっぱり、タイムよりもレースで勝つほうが全体に与える影響は大きいと思います」
自らの足でチームの士気を高めることは強く意識している。最終的に目を向けているのは、チーム全体の底上げだ。箱根の予選会ではトップ通過を目指しつつ「12人目の選手を大切にしたい」と言葉に力を込める。
「日体大が掲げているのは全員駅伝です。予選会は10人の合計タイムで競いますが、うちは出走する12人全員が2桁順位でフィニッシュすることを目標にしています。それぞれの選手が粘り強く戦えるのが日体大の強さ」
フォロワーシップを重視
だからこそ、チームの雰囲気を引き締めることにも神経を使っている。競技に支障をきたすような上下関係は改善されてきたが、程よい緊張感まで薄れつつある。さじ加減は難しいが、メリハリをつけるのも今季のテーマ。キャプテンとして、嫌われる覚悟はできている。
「もともと性格的にも厳しいことを言えるタイプではないのですが、必要に応じて、言いたくないことも言うつもりです。玉城良二監督からは『苦しいことを乗り越えて強くなれ』と言われました」
ただ心を鬼にするだけではない。かつて日体大で主将を務めた嶋野太海コーチに言われた言葉を胸に留めている。
「信頼できる仲間は大事にした方がいい」
一人の力で変えるのではない。漆畑はフォロワーシップを重視し、先頭に立って引っ張るのではなく、輪の中心に入って、同期たちと手を取り合って改革を進めている。6年ぶりとなる箱根のシード権獲得に向けて、新しい日体大で勝負を挑む。