ラグビー

連載:ポストコロナの等身大~東京都立大学ラグビー部物語2023~

部存続のため上級生は戻った、下級生は辞めなかった 東京都立大学ラグビー部物語3

部存続のため、3年生の時に途中入部した伊藤祥(左から2人目)。バックスリーダーとして統率力も期待される(全て撮影・中川文如)

いきなりですが、問題です。ラグビーの試合でベンチ入りできる控え選手、通称「リザーブ」って何人でしょう?

答えは8人。16~23番の背番号をつけてベンチで待機する。流れを変えるために途中から出ることも、けが人が出た時に代わりに入ることもある。控えとは名ばかりの、チームに欠かせない戦力だ。先発15人だけじゃなくて、リザーブも含めた23人全員で80分間を戦い抜くのが現代ラグビーのトレンドでもある。

では、第2問。東京都立大学が今季初の公式戦に挑みました。リザーブは何人いたでしょう?

答え、3人。

6月4日、東京地区国公立大学体育大会でのことだった。東京大学、東京学芸大学など7校がトーナメントで争うこの大会は、都立大にとって春一番のビッグイベント。昨年は経験豊富な4年生が奮闘して初優勝を飾った。しかし、頼れる先輩たちは卒業してしまった。いま、選手全員合わせて29人、しかもそのうち15人が初心者って体制で船出したばかりの今年のチームにとって、試合に臨める状態の23人を準備するのは楽じゃない。

練習で負傷したり、まだぶつかり合いに耐えうる体になっていなかったり、櫛(くし)の歯は欠けていった。大学でラグビーを始めた4人、1年生3人を含めた18人をそろえるのが精いっぱいだった。ちなみに相手の一橋大学も、リザーブは8人に満たない6人。トップレベルでも人気絶頂の競技でもない大学体育会の、これが現実だ。

ラの字も出さない新歓って? 先輩の回り道に応えたい 東京都立大学ラグビー部物語2

まさかの先制パンチ

そうやって、どうにかこうにか、たどり着いたキックオフ。関東大学リーグ戦3部の都立大にとって、関東対抗戦Bグループ(2部)の一橋大は格上だ。しかも、試合前からリザーブの人数で負けていた。劣勢は否めない、と思いきや……。

果敢に攻めたのは、なんと都立大だった。

得意のキックで敵陣へ。前半8分、プレッシャーをかけて一橋大の反則を誘う。新たなフォワード(FW)の軸、ナンバー8中原亮太(3年、湘南)が素早く仕掛けてゴールラインへとにじり寄った。波状攻撃をかけたフランカー新山昂生(2年、國學院久我山)がトライ。5点を先制する。

攻守に体を張った中原亮太(左)。新山昂生(右)は一橋大から2トライを挙げた

その後も主導権を握ったが、果敢にボールを動かし続けた分、ハンドリングミスも増えた。ミスで自ら流れを手放してしまって、23分に逆転されて、じりじり点差を空けられた。負傷者も重なって、後半途中から、相手より1人少ない14人での戦いを強いられる羽目に。終わってみれば、19-42の惨敗だった。ディフェンディングチャンピオンの挑戦は、たった1試合で終わってしまった。

熱烈オファーに根負け

「ミスが多かったです。僕のミスも……」

ウィング(WTB)伊藤祥(4年、桜美林)はピッチに座り込んだまま、そう悔しがっていた。

副キャプテンでバックスリーダーを託される。でも、部に入ったのは3年生だった昨年だ。都立大に入学した時は、コロナ禍まっただ中。新歓の思い出なんて、ない。高校時代はラグビー部だったけど、「コロナだったし、ラグビー、もういいやって」。健康福祉学部で、理学療法士という夢に向かって勉強に励む日々だった。

そんな生活が変わるきっかけは、リアル講義の解禁が進んでいた2年生の終わりのこと。とある授業でラグビー部の後輩マネージャーと一緒になって、ラグビー経験者だってことがバレた。「うち、部員不足なんです。助けてください!」。自称「押しに弱い男」は、熱烈オファーに根負けした。

一度は興味を失ったラグビー。いくら押しに弱いとはいえ、なぜ、戻って来たのか。「高校時代も、部員不足に悩まされたんです。入ったばかりの1年生に頼らざるを得ない状況だった。だから、そういう苦労は知っていました。都立大も、大変なんだろうなって」

ラグビーだったから、戻りたいとも思った。「ラグビーって、ボールをつなぐスポーツじゃないですか。自分本位だと、チームが乱れてしまう。自分のためじゃなくて、仲間のためにプレーしなきゃチームは成り立たない。そういうスポーツで他の誰かから頼りにされて、自分にできることがあるんだったら、やらならきゃなって」

みんなが体を張って生かしたボールを最後に受け取って、トライを決めるのが、伊藤が務めるWTBの仕事だ。つなぐことの尊さは、誰より、わかっているつもり。だから、戻って来た。

一橋大戦では周りへの気配りが印象的だった伊藤祥(右)。ラグビーを始めて2年目の植山光貴(左)と左右のWTBを組んだ

どこか気が引けた途中入部だったけど、先輩たちは事あるごとに「伸び伸びやれよ」って声をかけてくれた。入部2年目にして最高学年になったいま、同じように途中入部してきた後輩たちに「伸び伸びやれば、いいんだよ」って話しかけるようにしている。一橋大戦には、大学でラグビーを始めた2年生バックス2人が先発した。「ミスは気にせず、伸び伸びと」って背中を押し続けた。自分も、ミスしてしまったけれど。

「後輩たち、まだまだ足りない部分もあるけれど、すごくうまくなっている。今年、たくさん実戦経験を積めば、来年はもっとチームに貢献できるようになるはず。始めてから3年目になる来年って、一気に成長できるタイミングだと思うから。あ、今年も貢献してくれないと困りますけど」

どこまでも献身的で、後輩思いな副キャプテンだ。

寸止めじゃなかった…

その思い、届いていたのだろうか。初心者バックスの一人、植山光貴(2年、相模原)は公式戦デビュー。自分より大きな相手に、臆せずタックルを繰り返した。165cm、60kgの細身で小さな体はそれでも入学から5kg増えている。「プロテイン飲んで、ウェートトレーニングしてます」。パス回しの起点となるスクラムハーフ(SH)に挑戦中だけど、試合の3日前に突然、チーム事情で1人足りないWTBを任された。「WTBとしての知識が、まだまだ。攻撃面で、全く戦力になれませんでした」。人材難のチーム。あらゆる役割が、いきなり降ってくる。

高校時代は寸止め空手に打ち込んだ。都立大に入って最初は空手部へ。だけど、どこかなじめなくて、友人に誘われるがままにラグビー部へと行き着いた。「タックルがあるのは知ってましたけど、まさかこんなにぶつかり合って、痛くて、けがも多いスポーツだなんて……。入って失敗だったって思ったこと、正直、ありました」

でも、辞めずに続けている。「めっちゃ、部の雰囲気がいいんですよ。この仲間と最後まで一緒にやり遂げたい」。チームビルディングと呼ぶ練習前のレクリエーションを欠かさない。練習中も、一つのメニューが終わるたびにトークタイム。「あのプレー、良かったよ」「あそこは、もっとこうやった方がいいんじゃない?」。忘れないうちに、互いに気づいたことを伝え合う。減点法じゃなくて、できるだけ加点法で。やがて、みんな気づかないうちに、学年の壁、選手とマネージャーの壁が自然と溶けている。

大事なのは、これからだ

組織マネジメントのエキスパートたるコーチの藤森啓介(38)は、そうやって学生たちを導いてきた。怖いもの知らずで生きのいい1年生に比べれば、2年生の現状に物足りなさを感じてもいる。でも、何事も経験だ。一橋大戦を終えた後、自らのツイッターで、こんな風につぶやいた。

デビュー戦の選手たち。大学からラグビーを始めてから1年で公式戦初の選手たち。背景は色々だけど、80分間で成長が見られた。大事なことは、成長し続けること。そのために挑戦して、何ができたか何ができなかったか、そしてこれからどうしていくのかを明確にしていくこと。これからだね!

スタンドオフ(SO)を任された新井航(左)とセンター(CTB)で力強さを見せた萩原唯斗(右)。2人の1年生バックスがチームに刺激を与えた

そう、これからだ。

選手たちのラグビー経験の総和は、どんなチームよりも少ない。

裏を返せば、どんなチームよりも伸びしろは大きい。

大学でラグビーを始めた呉翰韜(右から2人目)、1年生の米倉慶一郎(右端)らFW陣を鼓舞するキャプテン船津丈(左端)

どこにでもあるような、ごく普通の体育会、東京都立大学ラグビー部。77日公開予定の次回は、部員たちを導くプロコーチ藤森啓介の思いを紹介します。ラグビーの戦術と組織マネジメントの理論に精通する人。「日本一、幸せなチームになる」との目標を掲げて、コロナ禍の苦境をはね返してきました。

ポストコロナの等身大~東京都立大学ラグビー部物語2023~

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