常識外れの船出、初心者過半数チームが3K超え見る夢 東京都立大学ラグビー部物語1
キツい、汚い、危険。ラグビーって、典型的な3Kのスポーツだ。
ルールも複雑怪奇。小中学生、遅くても高校生くらいから競技を始めなきゃ、この競技を「だいたい理解できたかな」って感じながらプレーできるようになるのは難しい。
関東大学リーグ戦3部に所属する東京都立大学ラグビー部は2023年、楕円(だえん)球の世界の常識で考えれば、あり得ない態勢でシーズンに挑む。
選手29人のうち、半数を超える15人が初心者なのだ。
なぜ?
勝敗を超えて、日本一、幸せなチームになる。その唯一無二の目標へ、たどり着くために。
幸せ配達人との出会い
いまに至る物語が始まったのは、3年前。藤森啓介(37)というコーチとの出会いからだった。
早稲田大学で選手として、早大の大学院に進んでジュニア(主に3、4軍)のコーチとして、藤森は名門のラグビーを学び尽くした。卒業後、大阪・早稲田摂陵高の教師に。「素人7割」のチームを鍛え上げて、花園予選の決勝まで押し上げた。
そこで、壁にぶつかった。
卒業後、グラウンドに遊びに来てくれない教え子がいた。「3年間、実は楽しくなかったのか。僕の顔を見たくないのか。そうさせてしまった自分の限界は、何なのか」
早大時代の先輩に誘われて、様々な競技の指導者を育てる一般社団法人「スポーツコーチングJapan」のメンバーになった。組織マネジメントのセミナーに参加して、本を読みあさり、自分に足りない「何か」を探した。
やがて、一つの結論を導き出した。
「試合に勝っても、部員全員が『幸せ』を感じることができなければ、本当の『勝利』とは呼べない。自分がいる組織を好きになって、その組織のため、仲間のために誰もが主体的に行動できる雰囲気をつくれてこそ、それは可能。そこにこそ、勝敗を超えたスポーツの価値、部活の価値がある」
北は青森、南は福岡へ。各地の高校、大学のラグビー部に「幸せ」を届けるプロコーチとしての日々が始まった。
壁を溶かしたチームビルディング
そんな藤森にいち早く注目したのが、都立大だ。2020年の初春のことだった。
当時の都立大は、3部優勝を現実的に狙える力を携えていた。高校時代に花園の芝を踏んだ者がいた。地域選抜チームの候補に選ばれた者もいた。なのに部の雰囲気は、どこか、ぎこちない、よそよそしい。選手とマネージャーの間に、壁があった。上級生と下級生の間に、壁があった。せっかく好きなラグビーのために集まった仲間なのに、人と人との間に、大きな距離が横たわっている感覚だった。
もっと、ワンチームになりたい。切実な悩みを解いてくれるのが、藤森なんじゃないかって学生たちは考えて、コーチをオファーした。
この出会いから、物語は紡がれてゆく。
就任早々、コロナ禍が直撃した。苦境を逆手に取るようにオンラインミーティングを繰り返し、藤森は部内の様々な壁を溶かしていった。「リーダーの役割とは?」「好きな季節は?」。メンバーをシャッフルしながら、ファシリテーター(進行役)を回しながら、硬軟織り交ぜたテーマで議論を促す。練習が再開すると、マネージャーも一緒のレクリエーションを日課にした。鬼ごっこにハンカチ落とし。中身は部員が決めた。
そんなチームビルディングの積み重ねが、立場を超えて互いの距離を縮めた。それまでほとんど会話のなかったイカツい上級生の選手と、下級生のマネージャーのコミュニケーションが、弾むようになった。みんながチームに関わろうとする主体性、「誰かのために」って思いが強まっていった。
コロナ禍が残した深い傷痕
ただ、やっぱり、コロナ禍のダメージは深刻だった。
やむを得ないのだけど、他の私立大に比べて活動規制は格段に厳しい。練習不足、実戦不足は否めなかった。2020年は8チーム中5位。今度こそ、と頂点をめざした2021年も5位だった。
2022年のシーズンを迎えると、グラウンドに立つ前段階でコロナの傷痕に苦しむことになる。部員不足だ。前の年も、その前の年も、ほぼオンライン限定の新歓活動を強いられた。2020年の新入部員は選手2人。2021年は3人、気合を入れ直して勧誘した2022年も7人だった。
それでもコロナ前に入学した経験豊富な4年生が奮闘し、リーグ過去最高の3部3位まで上り詰めた。その4年生たちがごっそり卒業して、やって来た2023年。
新2~4年生を合わせて、途中入部も含めて、選手はちょうど15人。試合に必要な人数と、ちょうど同じだ。けががつきもののラグビー。最低でもリーグ7試合を戦わなければならないのに、これじゃあ、チームが成り立たない。
過去最高の成績を残した翌年に、部の存続危機と直面する。
これが、「ポストコロナ」の時代の部活の現実なのだ。
「1年生、風邪引かないかな…」
5月13日、雨。都立大は今季初の実戦に臨んだ。社会人のクラブチームが相手だった。
おっ、15人以上、選手がいる。マネージャーも増えた。円陣で、キャプテンの船津丈(4年、仙台三)が優しく語りかける。
「1年生のみんな、ルールでわからないことがあれば、どんどん先輩に聞いてね」
時間とともに雨脚は強まる。1年生の大半を占める初心者は当然、まだ試合には出られない。まだそろいの練習着を持たず、思い思いのトレーニングウェア姿でラインの外から先輩たちのプレーを見守っている。そんな彼らに、先輩マネージャーが初歩的な心配をしている。
「風邪、引かないかな。大丈夫かな……」
なのに、みんな、楽しそう。なぜ?
早慶明でも帝京大でもない。大学スポーツのトップ・オブ・トップや表舞台からは、ほど遠い。ラグビーに打ち込めば、何かしらの就職が保証されるというわけでもない。
それでも彼らは、かけがえのない青春の4年間を部活に注ごうと決めた。しかも、3Kで、複雑怪奇な、ラグビーに。そんな選手たちをサポートしようと、マネージャーたちは決めた。
都立大ラグビー部は、何をめざすのか。「日本一の幸せ」って、「勝敗を超えた部活の価値」って、何なんだ?
たかがクラブチームとの練習試合なのに、卒業したばかりの新社会人ホヤホヤなOBが応援に駆けつけていた。差した傘の先からしたたり落ちる雨粒に、服をぬらしながら。「やっぱり、気になっちゃうんですよね」と。
これは、ポストコロナの時代に「リアル」を求める若者たちの物語。どこにでもいる、だからこそ尊い、ごく普通の若者たちの等身大の物語。
2023年の都立大物語は、ラグビーの「ラ」の字も出さない新歓で幕を開けた。
東京都立大学ラグビー部は、どこにでもあるような、ごく普通の体育会の部活です。コロナ禍の影響で2023年はなんと選手の半数以上が初心者。そんな部員たちが、理詰めで熱いコーチと一緒になって、チームビルディングでみんなの心を一つに束ね、勝敗を超えた部活の価値を追う歩みを、2年ぶりに再び連載でお届けします。新歓の奮闘をお伝えする次回は、6月9日に公開予定です。