ラグビー

連載:ポストコロナの等身大~東京都立大学ラグビー部物語2023~

インスタ映えしない元レスラーがたどり着いた場所 東京都立大学ラグビー部物語14

東農大戦の密集で体を張る神保蒼汰(左手前)。その姿勢はいつだって低い。なので顔は見えづらい(すべて撮影・中川文如)

彼はインスタ映えしない。

でも、彼はチームに欠かせない。

東京都立大学ラグビー部の神保蒼汰(2年、相模原)。大学で競技を始めた初心者だ。

10月29日、関東大学リーグ戦3部、東京農業大学戦。昨季準優勝、まごうことなき格上の相手に、神保のタックルが突き刺さる。

限りなく低い姿勢で、瞬殺で。

だから、顔が見えづらい。ほんのわずかなシャッターチャンス、あるかないか。

つまり、写真映えしない、インスタ映えしない。

でも、彼は「音映え」する。

相手に突き刺さった時の、音が違うのだ。

重低音、ドスン。威力を物語る、ドスン。

そのタックル、レスリング仕込み。

ずっとタックルが恋しかった

幼稚園でレスリングを始めた。小学4年生の時に全国大会(36kg級)で優勝した。前途洋々な、はずだった。

ただ、けがを繰り返した。「もう、やめて」。何度も両親に懇願された。親にとって何より大切なのは、子どもの健康なのだから。

「日本一にも、なれたし」。中学に進み、神保はスパッとレスリングから身を引いた。代わりに始めたのは柔道。受け身を覚えて、けがに強い体をつくりたかった。高校では寸止め空手に転じた。「寸止めで、けがもないし」。それが理由だった。

ラインアウトでジャンパーを持ち上げる神保蒼汰

だけど、どこか物足りない。それなりに柔道も空手も楽しかったのだけど、小学生の頃の、あの充実感は戻ってこない。

「気づいたんです。僕、レスリングのタックルが好きだったんだって。1対1でぶつかり合って、倒すか、倒されるか。あの数秒のタックルに凝縮された勝負の世界が、大好きだったんだって。フフフ」

そう。ラグビーには、タックルがある。

「お前、向いてるよ」。友達に勧められたこともあって、都立大で楕円(だえん)球の世界に足を踏み入れた。

タックル勝負の世界に、帰ってきた。

「吉田沙保里選手みたいに」

不器用を自覚する。パスはたどたどしい。ステップを切る足元もおぼつかない。

でもやっぱり、タックルは性に合っていた。レスリングを引き合いに説明してくれる。

「すぐにひざを下ろして、低く構えて、相手のひざ下に飛び込むダウンスピード。それはレスリングの経験を生かせてるって思います。吉田沙保里選手みたいに、助走せず、素早く相手を捕まえに行く動作も」

大好きなタックルと再会できて、まだ1年半。ルールを理解しきれてはいない。でもやっぱり、小4で日本一に輝いた元レスラーのタックルは、半端ない。誰よりもタックルしなきゃならないフランカーのポジションを勝ち取った。試合で決めるタックルの数は断トツでチーム1位。東農大を敵に回しても、その威力は見劣りしない。ドスン、ドスン。

この試合、今季のリーグ戦で唯一、都立大グラウンドで開かれたホームゲームでもあった。20人を超えるOB、OGが観戦に駆けつけた。都立大では異例の人数だ。

リーグ戦で唯一となるホームゲームに集結した卒業生たち

「神保、行けっ!」。どこまでも頼もしい、どこまでもえげつないタックルが、いつのまにか卒業生たちを魅了していた。

「まだまだです。タックル以外のプレーが僕は下手な分、もっと、タックルでチームに貢献しないと。相手を一発で倒しきって、ボールを奪いきるタックルを決めないと。もっともっと、タックルで成長していかないと」

けががつきもののラグビー。満身創痍(そうい)だ。なのに、いまは両親も応援してくれている。

足も成長、スピードも速い

神保を先頭に、都立大はひたむきなディフェンスを続けた。が、地力の差は埋められなかった。じりじり点差が離れる。5-26で迎えた後半21分だった。

自陣奥深く、右タッチライン際のピンチエリアで東農大のキックをキャッチしたのはウィング(WTB)大森拓実(1年、日野台)だった。やはり初心者。ラグビーを始めて、まだ半年ほど。

蹴り返すぞってキックモーションに入ったのは、敵を欺くダミーだ。相手が迫り来る、ひらり、ステップでかわす。もう一人の相手が迫り来る。今度は背後に大きく蹴って、その相手を置き去りにする。

さらにキック。まるでサッカーのドリブルだ。スピード勝負で競り勝って、敵陣インゴールでボールを押さえ込んだ。

長駆、80mを走りきるトライ。練習試合も含めて、生まれて初めてのトライだった。

「速さと足技には自信があります。サッカー、やってましたから」

体ごとインゴールに飛び込んでトライを奪った大森拓実

幼稚園の頃からサッカーに打ち込んだ。日野台は都立高でも指折りの強豪だ。ポジションは司令塔のトップ下。背番号は、エースナンバーの10だった。

「でもね、高3の時でした。上には上がいるって、わかってしまったというか……。技術も身体能力も、伸び悩んでしまったんです。もう、これ以上は成長できないなって」

成長できない自分は、楽しくなかった。大学では、自分が成長できる何か、サッカーとは別の何かを見つけよう。

見つけたのは、ラグビーだった。

「新歓で声をかけられて、練習に参加してみたら、めっちゃ楽しくて」

身長173cm、体重67kg。ラグビー選手にしては、まだまだ線が細い。体と体をぶつけ合うコンタクトには、まだまだ苦手意識がある。自分がラグビーに向いているのかどうか、まだ、わからない。

「ただ、この半年間の成長スピード、我ながら、すごいなって感じます。それが、楽しくて。1年生で初心者の僕が頑張れば、チームを盛り上げることにもつながるんじゃないかって」

大学生の謙虚な成長

終わってみれば、試合は10-33で敗れた。

みんなの表情、決してネガティブじゃない。

「オレたち、どのチームよりも成長できているから」。キャプテン船津丈(4年、仙台三)が試合前の円陣で言った通りだった。

「前半の40分間、これまでで一番良かった。後半も成長していこう」。ハーフタイム、プロコーチの藤森啓介(38)が言った通りだった。

「『いい試合だった』で終わってしまうのが、一番、悔しい。次、絶対に勝とう」。試合後の円陣。再び船津が声を絞り出した本音もまた、その通りだった。

都立大ラグビー部は成長を重ねている。マイナスだった出発点から、勝つために、成長を重ねている。

それは、高度経済成長のような、イケイケドンドン何でもかんでも右肩上がりの成長とは違う。

コロナ世代は知っている。どんなに頑張っても、思うに任せないことがあるって現実を。

だから、自分自身と向き合って、地に足をつけて、謙虚な成長を続けている。

ちょっと物足りなく映る時もあるけれど、それがポストコロナの等身大でもある。

東農大戦も川添彩加(左、3年、徳島北)は選手のケアに忙しかった。マネージャーたちも勝利を願っている

大学でラグビーと出会った下級生たちは着実に成長を続けています。でも、チームは1勝4敗。土俵際の苦境は変わらず……。11月10日配信予定の次回で第6戦をリポートします。

ポストコロナの等身大~東京都立大学ラグビー部物語2023~

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