ラグビー

連載:ポストコロナの等身大~東京都立大学ラグビー部物語2023~

君たちはどう生き残るか 大敗、大敗、入れ替え戦へ 東京都立大学ラグビー部物語16

防衛大戦の後半、多くの選手に出場機会が与えられた。彼らは何を感じたのだろうか(撮影・全て中川文如)

この春まで、彼はスラムダンクの世界に浸っていた。

楕円(だえん)球に初めて触れたのは、ほんの7カ月前のことだ。

東京都立大学入学を機に、関日向(ひなた、1年、狛江)はバスケットボールからラグビーに転向した。

「中高と自分なりに頑張ったつもりだったんだけど、レギュラーにはなれなくて……。で、新しいスポーツを探したんです」

見つけたのが、ラグビーだった。

閉じられた体育館の板の上じゃない。都立大自慢、青々とした人工芝のグラウンドが舞台だ。その芝を踏みしめながら、思いっきり走ったり、相手を抜いたり相手にぶつかったり、ボールを投げたり蹴ったり。伸び伸び、おおらかな、競技の魅力に引かれた。

身長168cm。バスケの世界では、小柄な選手が担う定番のポイントガードだった。ラグビーの世界に飛び込んでも、任されたのは小柄の定番、スクラムハーフ(SH)。扇の要、とも呼ばれる重要なポジションだ。

いざ始めてみると、覚えなきゃならないこと、勉強しなきゃならないことばっかりだった。

「めっちゃ頭使う」

パスは前に投げちゃダメ、くらいしか最初は知らなかった。え、倒れたままボールをさわっちゃいけないの? え、一歩二歩の微妙な立ち位置の差でオフサイドになっちゃうの? ざっくりアバウトってイメージだったラグビーの印象、がらっと変わった。

制限だらけのルールとは裏腹に、選手は投げても蹴っても抜いても当たってもいい。つまり、選択肢は限りなく多い。そして、フィールドはバスケと比べようもないほど広大だ。すなわち、状況判断は多様で難しい。しかも、関は扇の要だ。その判断は勝敗に直結する。

「めっちゃ、頭、使います。いろんな試合をYouTubeで見て、勉強の日々です」

味方に指示を出す関日向。そのプレーは伸び盛り

初めて挑む関東大学リーグ戦3部。バスケ仕込みの器用なパスと小回りを生かし、開幕2戦目でデビューを果たした。3戦目で先発に抜擢(ばってき)された。

11月19日、防衛大学校とのリーグ最終戦は3度目の先発となった。

リーグ戦序盤に比べて、プレーの幅は格段に広がった。機械的にパスをさばくだけじゃない。左に攻めるか、右に攻めるか、7カ月の競技経験をフル回転させて考えるようになった。先輩から教わったタックルの激しさも増した。

でも、やっぱり、競技経験7カ月で簡単に通用する世界じゃない。迷って攻撃の流れを止めてしまう場面、一度や二度じゃなかった。大柄なフォワード(FW)たちの後ろでキョロキョロ、キョロキョロ……。

「グラウンドが広い分、目を配らなきゃいけない場所が多い。攻撃のテンポを上げなきゃって思う半面、緩急もつけなきゃいけないし……。難しいですね」

ラグビーという競技の広大さに気づかされる日々を過ごす。

次の次の次

防衛大戦。関とハーフ団のコンビを組んだスタンドオフ(SO)は、同じく1年生の新井航(わたる、川越)だった。

関とは違って、ラグビー経験者。ポジションを変えながら、リーグ戦7試合すべてに先発を果たした。「この場面、もっと早くパスを出して!」「あの場面、いきなりパスされても困るよ!」。高校から競技を続ける経験者と、大学で始めた初心者。2人のコンビは、ああだこうだと話し合いながら試行錯誤で改善を続けた。「試合中、僕の声にも反応してくれるようになった。余裕が出てきたというか、成長しましたよね」。同期の成長を自分事のように喜ぶ。

ロングパスを投げる新井航。バックスに欠かせない戦力になった

ただ、新井自身にとっては悩めるシーズンだった。高校時代は最後尾のフルバック(FB)。パスをもらって攻撃の仕上げを託される最後の砦(とりで)だ。初体験のSOは違う。扇の要からパスを受け、扇の要と一緒になって試合を組み立てる司令塔。「FBなら、組み立ての『次』くらいまでを考えておけばいい。それがSOになると、『次の次』、いや、『次の次の次』くらいまで瞬時に想定しなければならない。大変です。頭、使います」

コーチ陣には強気の判断を求められている。防衛大戦。自ら突破を図る強気なプレーでチームを鼓舞できた。弱気なキックで押せ押せムードに水を差す失敗もあった。

「SO、難しいです。やりがい、ありますけど」

新井もまた、関とは違った立ち位置で、ラグビーという競技の広大さに気づかされる日々を過ごす。

7-73という現実

その防衛大戦。関や新井ら1年生5人、初心者4人が先発した。結果は、7-73の大敗だった。0-67と散った駿河台大学戦に続く、大敗だった。その名の通り、屈強なフィジカルが強みの防衛大とは伝統的に分が悪い。週3回の練習で部活と勉強やバイトの両立を志す都立大にとって、小手先じゃごまかせないフィジカル不足は永遠の課題でもある。

1勝6敗、8チーム中の7位でリーグ戦終了。「初心者過半数」でスタートしたシーズンだった。院生や5年生の助けを借りながら、1~4年生の合わせて24人は、けが人を除く全員が公式戦を経験した。地道な成長を繰り返しつつ、冷徹な現実を突きつけられた秋が終わった。12月10日、4部2位の駒沢大学との入れ替え戦に臨むことが決まった。

フランカー山田晃大(左、茗渓学園)は初心者。ロック米倉慶一郎(北嶺)はシーズン終盤に出番をつかんだ。ともにムードメーカーの1年生

大敗後のミーティング。プロコーチの藤森啓介(38)が部員たちに語りかけた。

「入れ替え戦という最後の80分間、胸を張れるベストゲームができるか。全員の力が必要だよ。全員が自分の責任を果たして、残された練習をやりきることができるかどうか。入れ替え戦に出場することのできない部員も、やりきった思いを出場する部員に託せるか。そこが、勝負だよ」

ミエナイチカラよ…

上級生と下級生の壁を溶かす。選手とマネージャーの壁を溶かす。そうやって、部員一人ひとりが立場に関係なく自分の居場所を見つけることができて、チームのため、自分にしかできない何かをやり遂げようと、誰もが主体的に行動する。

そんなチームビルディングを、都立大ラグビー部は重ねてきた。

すると、大切な試合の唯一無二な局面で、「ミエナイチカラ」が発動される。控え選手、マネージャー、試合に出られない部員の誰もが思いを託す。託された思いを背負って、託された思いのために、フィールドに立った選手の誰もが戦う。そういう組織の関係性が原動力となって、奇跡のようなプレーが唯一無二の局面で生まれる。ドラマのような勝利が導かれる。

そんなシーズンを、都立大ラグビー部は重ねてきた。

ミエナイチカラ。まだ、2023年は発動されていない。

シーズンは思いがけず、入れ替え戦という延長戦に突入した。

残り1試合、ラスト80ミニッツ。

ミエナイチカラ、発動されるのか。

防衛大戦後のミーティング。マネージャーたちも真剣な表情でコーチの言葉に耳を傾けていた

2023年の戦いは、入れ替え戦の80分間を残すのみとなりました。「初心者過半数」でスタートしたとはいえ、近年まれに見る苦境に立たされたチーム。12月1日配信予定の次回から、改めてマネージャーの思いに迫ります。悩める選手たちの姿、どう、彼女たちに映っているのでしょうか。

ポストコロナの等身大~東京都立大学ラグビー部物語2023~

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