ラグビー

連載:ポストコロナの等身大~東京都立大学ラグビー部物語2023~

なぜか涙の消えたシーズン マネージャーは泣きたい 東京都立大学ラグビー部物語18

タッチライン沿いから戦況を見つめる川添彩加。気持ちは、選手と一緒に戦っている(すべて撮影・中川文如)

彼女は幼い頃から母の背中を追い続けてきた。

東京都立大学ラグビー部のマネージャー川添彩加(3年、徳島北)の母、愛子さんは看護師。娘にとって、自慢の母、憧れの母だ。

看護師は忙しい。時間も不規則だ。夜勤で夜中の12時過ぎに家を出ることも珍しくない。

「でも、全然、寂しくなかった。いつも祖父と祖母が家で一緒にいてくれましたから。多くの人たちの支えになっている母、すごいなって」

母が実際に働いている姿を見たことはないけれど、思いは膨らむ一方だった。かしこまって看護師志望だって母に伝えたのは、高校に入学した頃。

「やっぱり、なりたいんだよね」

返事は、「やりがいあるけど、しんどいよ」。

進路を決める高3の三者面談の前だった。今度は母から聞かれた。

「本当に、看護師でいいの?」

娘は答えた。

「いいんだよ。なりたいんだもん」

道は決まった。

ラグビーとつながった

こうと決めたら突き進むタイプ。高校では弓道と英語に打ち込んだ。弓道は全国大会に出場した。英語はオーストラリアの語学研修に参加した。看護と英語が脳内で重なり合う。英語も生かせる看護師になりたい。将来、国境を越えて、医療が十分に行き届いていない国でも患者の支えになりたい。進むべき道の輪郭、より、くっきり浮かび上がった。

そのためには、生まれ育った徳島を離れて、海外への選択肢も多い東京で学んだ方がいいのかも。だから、都立大の健康福祉学部看護学科を選んだ。

ラグビー部のマネージャーになった理由は二つある。

一つは、みんなの仲の良さ。練習の最初、チームビルディングの時間が必ず設けられる。上級生と下級生の壁、選手とマネージャーの壁を、様々なレクリエーションで溶かしていく。そうやって、一人ひとりが組織内の自分の居場所を見つける。その場所で、果たすべき役割を探す。

「そういうプロセス、いつかチーム医療に携わることになった時も役に立つんじゃないかって思うんです」

プレーの合間に選手たちをケアする川添彩加(左端)。マネージャー同士、グループLINE電話で連絡を取り合って連携する

もう一つは、支えるということ。文字通り、選手を支えるのがマネージャーの最大のミッションだ。

「看護師という仕事も、支える仕事。支える仕事に私は向いているのかどうか。自分試しというか、自分のことを確かめてみたい気持ちがありました」

骨折、裂傷、捻挫、肉離れ、脳振盪(しんとう)……。ラグビー選手の体に起きる異変は多岐にわたる。「そういう不調にアプローチしていく知識と経験。すごく身についたなって感じます」

看護師への道は、ラグビーの道とつながっていた。

「慣れちゃったのか…」

実習で忙しい時期は、朝の5時に起きて病院へ。帰宅してリポートを書いて、何とか日付が変わる前に寝る。平日の練習には行けないことの方が多い。その分、試合はフル稼働だ。メディカルスタッフとして、何か起きれば真っ先に駆けつける。プレーの合間、選手の話し合いの輪の外側から、頼まれなくても、そっとアイシングで患部の痛みを和らげる。

「あの選手はここに古傷があるとか、そういう情報を頭に入れて試合に臨みます。少しでも早く、選手の異変に気づけるように」

支えと、気づき。それは涙につながってきた。勝っても負けても、すぐ、ウルウルと来てしまう。

それが今季、一度も泣いていない、泣けていない。

「3年生になって後輩も増えて、『いつも冷静でいなきゃ』って心がけているからなのか。勝ったり負けたりに慣れてきてしまったのか。なぜだろう……」

1年生マネージャーたちにとっても気づきと学びの多いシーズンだった

うれしくても悔しくても

川添が1年生だったシーズンは、悔し涙のシーズンだった。

関東大学リーグ戦3部で優勝を狙える戦力が整っていた。みんな、本気で優勝を狙っていた。でも、初戦で力負けした。選手は号泣した。先輩マネージャーも、隠れてマスクの下の涙をぬぐっていた。

第2戦。4点のリードをラストプレーでひっくり返された。誰もが、茫然(ぼうぜん)自失。冷たい雨は強まる一方だった。

2年生のシーズンは、うれし涙のシーズンだった。

3連敗で迎えた第5戦。リードはたった1点。攻め込まれて迎えたラストプレーで、大ピンチをしのいで勝ちきった。

続く第6戦。10点のリードを許して、試合は残り5分となった。コーチはあきらめかけたけど、選手はあきらめちゃいなかった。連続トライを奪って、逆転勝利をもぎ取った。

「いけ、いけ、いけ~」

こらえきれず試合中から泣いていた先輩マネージャーの涙声が、はっきりとスマホの動画に残されている。

試合前にジャージーを畳むのも大切な仕事。唯一の4年生マネージャー八木幸音(右、新宿)も、ラストゲームにかけている

そして、対照的な2年間には共通する涙がある。

最後の、うれし涙だ。

1年生の最終戦も、2年生の最終戦も、冷や冷やしながら目まぐるしいシーソーゲームの接戦を制した。泣きながら笑って、4年生を送り出した。記念撮影の輪は、いつまでも、ほどけなかった。

最後の80分間

3年生になった今季。チームは3部7位の低空飛行だった。リーグ最終戦に大敗した後。彼女は口を真一文字に結んで、ミーティングでコーチや選手の言葉に耳を傾けていた。

リーグ最終戦は、シーズンの最終戦じゃなくなった。12月10日、4部2位、駒澤大学との入れ替え戦に挑む。勝てば3部残留、負ければ4部降格。残された80分間で、文字通り、すべてが決まる。

「ドキドキだと思います。最後、勝って、うれし涙で終わりたい。勝って、4年生の先輩たちを送り出したい。勝つ喜びを、後輩たちに味わってほしい」

そのために、気づき、支え続けた。川添の言葉は、マネージャー10人全員の願いでもある。

新たな仲間を迎える春。

技と体を鍛え抜く夏。

真剣勝負の挫折と成長を重ねる秋。

みんなが一つになって、集大成に心を奮わす冬。

部活の1年間は、ラストゲームのうれし涙のためにある。

さあ、ラスト80ミニッツ、キックオフ。

キャプテン船津丈(中央、4年、仙台三)ら選手たちはマネージャー10人の思いに応えることができるか

泣いても笑っても、シーズン最終戦。12月15日配信予定の次回で、駒澤大との入れ替え戦をリポートします。

ポストコロナの等身大~東京都立大学ラグビー部物語2023~

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