残留?降格? 最後に彼らを束ねたミエナイチカラ 東京都立大学ラグビー部物語20完
確かに、右隅の難しい角度ではあった。
でも、彼なら、決めても不思議じゃなかった。
東京都立大学ラグビー部の誇るスーパーブーツ、フルバック(FB)の松本岳人(院2年、所沢北)が左足を振り抜いた。
ゴールキックは左のポストをそれた。
12月10日、関東大学リーグ戦。3部7位の都立大は4部2位の駒澤大学との入れ替え戦に臨んでいた。後半34分のこの時点で22-17。5点をリード。
続くキックオフ。後のない駒澤大がアクセルをふかした。献身のタックルで都立大は踏みとどまる。ただ、シーズンを通じて繰り返された反則グセが、またも顔を出してしまった。じりじり後退。後半40分、トライを許した。22-22の同点。
あの松本のキックが決まっていたら、24-22。まだ、2点をリードしていたはずだった。これから蹴られるトライ後のゴールキックが決まっても、そこでようやく24-24の同点になるはずだった。同点なら3部の都立大が残留を果たすのが、入れ替え戦のルール。あの松本のキックが決まっていたら、余裕十分に、相手のキックの行方を見届けることができていたはずだった。
でも、現実は違った。駒澤大のキックが決まれば、逆転される。しかも、中央寄りの簡単な位置、そこまで駒澤大のキッカーは3本蹴って成功率100%だ。4部降格が眼前に迫る。
祈り、考え、走った
「相手の選手やマネージャーには申し訳ないけれど、どうか、外れてください」。気配りのマネージャー岡田彩瑛(3年、立川)は、スコアをつけながら祈った。
「逆転されるのは仕方ない。残されたロスタイム、どうすれば再逆転できるか」。ゲームリーダーのセンター(CTB)青木紳悟(院1年、川和)、脳内フル回転で策を練り直していた。
「どんなに上手なキッカーも、この場面、絶対、緊張するはず。さっきの僕が、そうだったから」。わずかな可能性を信じて、松本はプレッシャーをかけるため、走った。
様々な思いが交錯したキック。
ゴールポストの右へと、それていった。
ロスタイム。都立大が貫くべきは、献身のタックルを重ねるのみだった。タックル、またタックル。
ノーサイドの笛は鳴った。
3部残留。伏線は回収された。泣きたいのに泣けない。連敗街道に複雑な感情を抱いてきたマネージャー川添彩加(3年、徳島北)の頰(ほお)を、歓喜と安堵(あんど)の涙が伝う。
コーチも選手もマネージャーも、みんな、抱き合って、みんな、泣いた。
ラストゲームだから
それぞれのストーリーに区切りをつけるための、2023年のラストゲームでもあった。
チーム随一のハードタックラー、フランカー渡辺蒼大(院1年、川和)にとって、1年2カ月ぶりの実戦だった。
昨季のリーグ戦で左足首の靱帯(じんたい)を切り、骨も折れた。手術とリハビリに耐え、グラウンドに復帰できたのは1カ月前。この入れ替え戦だけは、どうしても出たかった。なぜなら、シーズンのラストゲームだから。
昨季のラストゲームも劇的な勝利で締めくくられていた。うれし涙に暮れる仲間を、松葉杖にもたれて見届けることしかできなかった。
「最終戦って、雰囲気が違うんです。1年間の集大成だから。このために、やっている。今年こそ、どうしても出たかったんです」
学生として4年間、院生として2年間。スーパーブーツ松本にとっては6年間の集大成だった。
入学した時は選手が40人もいて、ほとんどがラグビー経験者だった。それがいま、学生に限れば選手は25人、ほぼ半数が初心者の小所帯になった。コロナ禍のダメージ、環境の激変、身に染みて味わってきた。「4部に落ちたら、部の存続に関わる」。危機感に突き動かされていた。
最初は頼りなかった1年生、日ごとにたくましくも映った。「最初は世代間ギャップ、ありました。僕が入学した頃より、おとなしいなって。でも、ちょっときっかけをつくってあげれば、ぐいぐい絡んできてくれるんです。うれしかった」
やっぱり、みんな、人のつながりを求めていた。
未来への「裏ミッション」
リーグ最終戦から入れ替え戦に至るまでの3週間。悩めるキャプテン、プロップ船津丈(4年、仙台三)は、ようやく手応えをつかんだ。
声を出すのは自分だけ。そんな練習の空気が、変わった。
「『もっと、こうした方がいいんじゃないですか?』って、1年生や2年生が提案してくれるようになった。上級生も下級生も、選手もマネージャーも、3部残留のため、自分じゃなくてチームのことを最優先に考えてくれた3週間でした」
プロコーチの藤森啓介(38)は、研究を深める組織マネジメントの粋を余すことなく注ぎ込んだ。
勉強に忙しい院生をフル稼働させれば、入れ替え戦は回避できたかもしれない。でも、それじゃあ、次につながらない。リーグ初戦に敗れた時、院生と4年生に「裏ミッション」を伝えた。「下級生や初心者も積極的に起用する」と。
院生の力をマックスで結集させるのは、入れ替え戦。基本は我慢だ。下級生と初心者に、試合という舞台で、経験学習と成長のサイクルをリサイクルさせる。そうやって全体の底上げを図りながら2023年を乗り切れたら、きっと、違った未来が待っている。
もちろん、勝てなければ、選手もマネージャーも不安が募るばかり。だから、日々の練習が終わるたび、笑って集合写真を撮った。みんな、このチームが好きだと思えるように。自分じゃなくて、誰かのために、仲間のために、チームのために、何かをしたいと思えるように。
ボクらの証明写真
入れ替え戦前日の風景は象徴的だった。練習前の恒例、チームビルディングタイム。お題は「学年ごとに集合写真を撮ろう。『自分たちの学年が一番仲がいい』って証明できる写真を」。手をつないでジャンプしたり、Choo Choo TRAINをまねてみたり。選手もマネージャーも、みんな、それぞれに笑顔になれる場所が、この部にはある。その証明写真だった。練習が終わると、フライングで感極まる者がいた。
そうやってつながれた、一体感。ピンチでキセキを起こす、ミエナイチカラ。そのミエナイチカラが束になって、最後、あのゴールキックを、ポストの外へと押し出した。
入れ替え戦が終わった。2023年のストーリーに、エンドマークがともされようとしている。
円陣で藤森が語りかけた。
「選手もマネージャーも、みんなが主役。いい選手、いいマネージャー、いいチームになったね。コーチはダメだけど」
「いいコーチ!」「いいコーチ!」。部員から合いの手が飛ぶ。
日が暮れていく。昼時の陽気から一転、冬の冷たい空気がグラウンドを包み込む。
2023年の青春を締めくくる記念撮影、いつまでも終わらない。
シアワセとは…
勝敗を超えて、「日本一、幸せなチームになる」。
このチームが掲げた唯一無二の目標だ。
選手も、マネージャーも、気づいた。
自分のためじゃなくて、誰かのために、何かを成し遂げようとする。
みんながそういう気持ちになって、みんなが誰かのために何かを成し遂げることができた時、巡り巡って、自分自身に幸せが舞い降りてくる。
そう、みんなが幸せになる。
それが、幸せのカタチなのだと。
東京都立大学ラグビー部、そんな若者たちが集う場所なのだと。
ポストコロナの過渡期の時代。ごく普通の学生たちが、1人のプロコーチに導かれながら、揺らぎと成長を重ねた歩み。ごく普通の学生たちが、勝敗を超えた部活の価値を探し求めた物語。今回で完結です。1年間、ありがとうございました。