紅白に出たマネージャーは最後の舞台を失い、円陣に…東京都立大学ラグビー部物語17
彼女は紅白歌合戦に出場したことがある。
東京都立大学ラグビー部のマネージャー、丁野真菜(3年、厚木)は、かつて日本でナンバー2に輝いたチアダンスチームの一員だった。
全国でも指折りの強豪、厚木のダンスドリル部に高校時代を捧げた。1年生の秋が深まる頃、丁野ら部員16人にNHKからオファーが届いた。
あの「いきものがかり」のメンバーが厚木の卒業生だった。その縁で「じょいふる」のバックダンサーを務めてほしい、とのオファーだった。
大みそか。司会の広瀬すずさんの紹介で演奏が始まった。
赤と白のユニホーム、金色のポンポン、じょいふるのビートに合わせた激しい振りつけ、でも笑顔は絶やさない。いきものがかりと一緒になって跳びはねた。
「めっちゃ、楽しく踊れました。観客のみなさんも、めっちゃ、タオルを振り回して盛り上がってくれて。NHKホール、意外に小さいんだなって」
年が明けて3月。チアリーディング&ダンス全国選手権の高校ダンス部門で2位になった。
その文字に大号泣
厚木は進学校。ダンスドリル部は2年生を最後に引退する。最後の大舞台は、2年生の3月に再び挑む全国選手権だった。今度こそ、1位を取りたい。地元・神奈川のテレビ局が密着取材してくれた。練習は熱を帯びていった。
コロナ禍が地球に降ってきた。
いったん、大会は延期された。部活も禁止になった。2年生の部員たちは引退を先延ばしにして、不安を振り払うように、互いの踊る姿を動画で送り合いながらバーチャル練習を続けた。
忘れもしない、2020年4月6日のことだった。
部長からグループLINEにメッセージが届いた。
「大会、中止」
その文字が目に入った瞬間、涙があふれた。部の仲間に電話して、泣いた。母に伝えて、また泣いた。
「本当に、大号泣でした。何のために頑張ってきたんだろう、頑張ってきた意味ないよなって」
朝練、授業の合間の隙間時間に早弁、昼休みに練習、また放課後に練習、必然的に授業中はウトウト。その繰り返しで磨き上げたチアダンスは、集大成のお披露目の場を失った。
高校の青春が終わった。
大学の部活のカタチ
理学療法士を志して都立大に進んだ。「大学では、ちゃんと勉強しなきゃ」。生活のすべてを注ぎ込んだチアダンスのような部活は、あきらめた。
ただ、あの4月6日から時間が経つにつれて、こう考えるようにもなっていた。
「意味ないなんてこと、全然なかったなって。めちゃめちゃ、濃い2年間だったなって。あれだけ一つのことに没頭できるなんて、めったに人生で経験できないことなんだなって」
だから、何かしら、部活は続けたかった。マネージャーなら、勉強やバイトと両立できるかも。そして、ラグビー部の新歓に誘われた。
上級生と下級生、選手とマネージャーの垣根を取っ払うチームビルディングが売りの部だ。マネージャー、ちゃんと一人の部員として認めてもらえているな。選手と仲が良くて、雰囲気、いいな。
入部を決めた。そこには、新しい発見があった。
けがの手当てにテーピング、試合や練習の映像撮影、道具の準備。いまどきのマネージャーはSNSの投稿も重要な任務だ。いろんな役割があって、その一つ一つに、その行為を受け取る相手がいる。それは部活以外のキャンパスライフにも、自然とつながっていく。
例えば、丁野はフレンチレストランでバイトをしている。
「オーダーに会計に食器洗い。調理以外は何でもやります。いま、真っ先にやるべき仕事は何か。お客様は何を望んでいるのか。そういうことを予測して動くって、選手が何を必要としているのか予測して動く部活とつながっていました」
高校の没入しきる部活とは違う。いろんなことに向き合う生活の一つのパーツとして、いろんなことと相互作用でつながっていく部活もある。それが大学の部活なのだと。
2年生が終わるまでは、そんな部活が、ただただ楽しかった。
いまは、ちょっと違う。
選手の表情が…
関東大学リーグ戦3部でチームは負け続けた。1勝6敗。8チーム中の7位に沈んだ。4部2位との入れ替え戦切符を渡されてしまった。
昨季までなら、シーズンが深まれば深まるほど、輝きを増していった選手たちの表情。今季は違う。
「どこか、つらそうっていうか、怖がってるんじゃないかっていうか……」
負け続けたチームは、それでも1試合1試合に明確な狙いを設定していた。大学でラグビーを始めた多くの初心者が、多くの経験を積んだ。
「そういう狙い。いま、どんな状況にチームが置かれているのか。そういうことをもっと知ろうとしていたら、もっとマネージャーにもやれることがあったのかも。選手たちとのコミュニケーション、足りなかったなって。上級生として、反省ばかりです」
ダンスと似てるからこそ
そんなこんなで、ラグビーとつき合い始めて3年目が終わろうとしている。
チアダンスとの共通点を、強く感じる。
背の高い人、小柄な人。様々な体形と個性のダンサーが、一つのチームになって、一体感を演出するのがチアダンスの肝だ。腕を上げる角度、ひざを曲げる角度、みんな同じでも、そろわない、統一感は生まれない。
「あの子はちょっと前に出てとか、この子は曲げ方を浅くとか、鏡の前で、みんなで微調整を繰り返しながら、完成形を探すんです」
それは、様々な体格の選手が、互いの長所を引き出しながら、互いの短所を補いながら、一つのチームになって勝利をめざすラグビーと似ているなって思う。
チアダンスで最も尊くて、大好きだった瞬間。実は、演技の最中じゃない。その直前、みんなで輪になって、手をつないで、目をつぶって、曲をかけて本番をイメージする瞬間だ。
「そのイメージトレーニングが、みんなの心を一つにしてくれた。練習はやり尽くした、あとは本番で踊るだけだぞって、吹っ切れた気持ちになれた。あの瞬間、とっても充実していました」
それは、ラグビーの試合直前に組む円陣に似ているなって思う。
都立大の円陣は、選手だけで組む円陣じゃない。マネージャーも一緒に組む円陣だ。
12月10日、駒澤大学との入れ替え戦。円陣を組んだ時、キャプテンは何を語るのか。みんなは、私は、何を思うのか。
「やっぱり、勝ちたい。最後は勝って終わりたい」
2020年4月6日。
丁野のチアダンスは、ラストステージを失った。
2023年12月10日。
都立大ラグビー部には、すべてを出し尽くすことのできるラストステージが残されている。
12月8日配信予定の次回は、看護師志望のマネージャーが抱くチームへの思いをお届けします。