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特集:駆け抜けた4years.2024

横浜国立大学硬式野球部2 自分たちの価値を知り、高める「チーム・ブランディング」

昨秋のリーグ戦で勝ち点3を挙げた横浜国立大学硬式野球部(すべて撮影・矢崎良一)

0勝10敗の最下位に終わった神奈川大学春季リーグ戦から、一躍、秋は優勝争いを繰り広げた横浜国立大学硬式野球部。「国大旋風」は既存のメディアではなく、SNSを通じて多くの人に知られることになった。それは彼らの戦略の成果でもあった。第2回は横浜国大が取り組む「チーム・ブランディング」にスポットを当てる。

横浜国立大学硬式野球部1 旋風起こしたリーグ戦、坂手裕太が感じた「チームフロー」

「横浜国大」を印象づけるためのSNS活動

2年前の夏、Twitter(現在はX)で風変わりなツイート(ポスト)を目にした。

「○○高校のショート△△君。足の速さはピカイチで、この夏はスローイングの良さも際立っていました。横浜国大で一緒に野球をやりませんか」「○○高校のエース△△君。スライダーのキレの良さに将来性を感じました。横浜国大で日本一のピッチャーを目指しましょう」

対象は関東を中心とした進学校の野球部に所属する選手たち。連日のツイートで、ピックアップされた高校生は60人を超えていた。

仕掛けたのは横浜国大の学生コーチ吉田貴俊(4年、東京都市大付属)。やみくもに発信していたわけではない。事前に国立大学への進学を希望しているという情報を入手し、雑誌などで特徴を調べて一人ひとりに独自のメッセージを送っていた。これはスカウティング活動の一環だった。

高校時代、野球部には東京六大学で野球を続けるOBが多かった中で、横浜市立大学に進学してエースになった先輩がいた。吉田も卒業後に野球を続けるつもりだったが、自分の力量を考えたとき、六大学ではちょっとハードルが高いと思っていた。その先輩を通じて国公立でも野球を本気でやっている大学があることを知り、目指すことに決めたという。立場が逆になり、今度は自分が高校生に情報提供したかった。

「国立大学で野球がしたい」と考えた場合、六大学野球への憧れがあれば東京大学を目指すだろうし、野球で上を目指すという意味では筑波大学がある。野球日本代表「侍ジャパン」前監督の栗山英樹氏の母校・東京学芸大学も知名度はある。関東近県では静岡大学も近年、結果を残している。そして昨年の、鹿屋体育大学の快進撃。そうした中で、横浜国大の存在をどうアピールしていくのか。現状としては、高校時代の実績に関係なく試合に出られるチャンスがあり、横浜スタジアムで試合ができる、などなど。だが、それだけではインパクトが薄い。

そこで考えたのが、SNSの積極活用だった。もともと先輩たちの代から、こうした活動に積極的な土壌があった。試合日程の告知や結果の速報はより詳細にし、選手をピックアップしたブログや、「国大物語」といったストーリー性のある動画コンテンツも制作し発信していた。そこから派生したのが、高校生へのツイートだった。

積極的なSNS発信を仕掛けた学生コーチの吉田

チームが強くなるために、一人でも多くの部員を獲得したい。可能性のある高校生になんとかアピールしたい。高校生を対象にした「練習体験会」を毎年開いているので、そこに導くための道筋になればいい、と。

もちろん国立大学ゆえに受験のハードルは高い。自己推薦など様々な制度を利用して受験してくるが、スポーツ推薦枠のような合格を前提とした受験ではないため、不合格となる者もいるし、別の国立大学を選択する高校生もいる。「結局、メッセージを送った六十数人は一人も来てくれませんでした」と苦笑するが、本人だけでなく、SNSを目にした多くの人に「横浜国大」を印象づけることはできたはずだ。

チーム内に立ち上げたブランディング班「BLUEZ」

ターゲットは高校生の野球部員だけではない。「野球界に関わっている人たち、すべてに向けて」と吉田は言う。

たとえば環境の整備。グラウンドをきれいにしたくても、学生の立場では業者を探している時間やツテもないし、予算もなかなか厳しい。そんなときに「良い業者さんはいませんか」と発信することで、有益な情報を得られるかもしれない。

また、部員のフィジカル面のデータを見ると、他大学に比べて数値が劣ることがチームの課題になった。投手の球速はリーグの平均を下回るし、長打数も少ない。もちろん各個人で取り組んでいたが、他大学のようにグラウンドにトレーニングジムが隣接するような環境ではなく、なかなかチームとして上げられない部分だった。まして寮生活ではないので、食事もどうしても不規則になりがちだ。トレーニングやフィジカル面に注力する意識付けが必要だと感じた。

吉田はウェートトレーニングを独自に勉強し、自分のトレーニング風景をインスタグラムで配信するようになった。「意外と見られているという実感がありました」と笑う。

後輩たちを巻き込んでそういう文化を作りたいと思い、チーム内に「BLUEZ(ブルーズ)」というブランディング班を立ち上げた。ブルーはユニホームの色。語尾の「Z」は、「バズ(buzz)る」からきている。練習やアルバイトを終えて帰宅した深夜にオンラインミーティングで作戦を練る。

リーグ戦中も、試合後のベンチやロッカーで選手たちが交わすリアルな会話などをそのまま動画配信している。近年はこうしたプロモーションに取り組む野球部が増えてきているが、横浜国大は内容の斬新さだけでなく、部員たちの参加意識の高さが際立ち、まさにチームと連動している印象がある。そういう意味では、吉田はこの部門の先駆者といっていい。

グラウンドでボールを磨く選手たち

そこまで本気になれる原動力はどこにあるのか。吉田はこう説明する。

「この国大野球部は2部に落ちたり、1部でも近年は一番良い成績が5位とかで、『その上に行きたい』という気持ちを先輩方もみんな持ちながら、『やっぱりダメか』という繰り返しだったと思うんです。ましてや僕は選手をやめて学生コーチをやっていますから、そこを脱却したいという気持ちは誰よりも強く持っていたつもりです。それはみんなも共通で持っている感情だと思って、いろんなアイデアを出しあってきました」

古い体質のチームであれば不可能だっただろう。主将の坂手裕太(4年、県立相模原)も「僕も最初は『なんだ、これ?』と思うことが多かったんです。雰囲気も空気感も、経験したことがないものでしたから」と振り返る。しかし4年間やってきて、今ではその重要性を実感している。そして「今も後輩たちが引き継いでくれていて、よそがそう簡単にまねできないものになっていると思っています」と自信を持つ。

吉田が続ける。

「自分たちのやっていることはすごく価値のあることだと思っていて、こうして発信していくことで、多くの人に国大野球部を知ってもらいたいんです。ウチの野球部って、あまり知られていないですから。もっと広められたら、野球部の価値がさらに高まるんじゃないかと思って始めたことでした」

吉田はそれを「チーム・ブランディング」と呼んでいる。

「チームのあり方として、もちろん勝つことが大事なのですが『勝つだけではダメだ』という問いかけが常にありました。何か新しい方向付けをしていかなくてはいけない、と。自分たちの活動を通じて、いろんな方々に『国大はすごいな』『国大を見ていると元気になった』と言ってもらえるようなアクションを起こしたかったんです」と吉田は言う。

Mission・Visionにつながる五つの方法論

横浜市の郊外にある横浜国大のグラウンド。一塁ベンチの横にあるプレハブの部室には、2枚の額縁が掲げられている。そこにはチームの目指すものが書き記されている。

Mission(ミッション)
~野球の力で人々の希望になる
Vision(ビション)
~人々に愛されるチームになろう
 野球を極めたチームになろう

KEEP EXPLORING 「追求し続けろ」
THINK INITIATIVELY 「自ら考えて行動せよ」
TO OUR PRECIOUS ONE 「関わるすべての人を大切に」
WITH ALL OF US 「1人で出来ないことを、みんなで」
BE A PLEASANT PERSON 「気持ちのいい行動を」

練習場に掲げられたMission、Visionと方法論

「ミッション」とは果たすべき役割、使命、目的のことで、「ビジョン」とは展望、将来像のこと。そして、それに対する五つの方法論。何代か上の先輩たちが作ったものが根幹にあり、代々の4年生がアップデートしてきた。それを主将の坂手や吉田を中心に、4年生全員の意見を聞きながらブラッシュアップして作り上げた。

「表現が違うだけで、『勝利に向かって頑張ろう』というような目標と、根本的には同じだと思っています」と坂手は言う。

「たとえば『市長杯(関東代表決定戦)に出る』という目標を掲げた時に、出場できなかったら今までの活動がすべて無意味になってしまうのか? そうじゃないよね、ということです。結果的に勝とうが負けようが、何か残せるものがあるチームにしたい。僕は高校のとき、『勝ちたい、甲子園に行きたい』という自分の感情だけで野球をやっていたんですけど、結果的に試合に勝ったり、良い試合をしたりすることで、いろんな人が応援に来てくれて、『感動した』と言ってくれる。お礼を言わなくてはいけないのに、こちらが逆に『ありがとう』と言われることもある。そのときに、何か野球を通じて少しでも人のためになることができたらいいなと思ったんです。だからこのチームでも、それを目指したくて」

部員が100人いたら、100通りあっていい

ただ、打力を向上させたいとか、失点を減らしたいというようなテーマであれば、プランを立てやすい。このテーマは大きすぎて、どう取り組んでいけばいいのかわかりにくいところがある。坂手の考えはこうだ。「そこは部員が100人いたら100通りあっていいと思っています。だって『全員こうしろ』というスタンスになったら、よその大学と同じになってしまいますから」

野球の勝ち負けとは違うところに自分たちの価値を作りたいと葛藤してきた吉田は、「結局、これが価値につながると思っています」と言う。

「野球の力って、いろいろあると思うんです。たとえば自分たちがここで成長していく中で、社会にとって必要な人材になったりとか、人と人のつながりができたりとか。よく『野球の力ってすごく大きいよな』とみんなで話をしているんです。そういう力を通じて、社会や僕たちを見てくれている人たちにとって、希望になれるようなチームになろうということを、一つのミッションとすることが、まずウチの野球部のマインドとしてあるということなんです」

見る人の希望になれるようなチームを目指してきた

そして、次の代のチームにその価値観を押しつけるつもりはない。

「これはあくまで現時点でのものであって、まだ完成形だとは思っていないし、これがすべてではない。後輩たちにはより良いものだったり、時代に合ったりするものをやっていってほしいと思っています。また、ウチのチームカラーとして、監督が常にグラウンドに来られるわけではなく、主将や学生コーチがチームのリーダーとなって学生主体で動かしているので、そういう面でも、代ごとにチームのカラーは変わってきます。でも、国大野球部として一番大事になるところだと思って、僕らはこういうものを考えたので、せめて3、4年くらいは引き継いでもらえたらうれしいですね」

吉田はそう言って、少し誇らしげに部室に掲げられた額縁を見つめた。

横浜国立大学硬式野球部3 強豪校レギュラーとベンチ外、対照的な経歴の2人が融合

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