バレー

連載: プロが語る4years.

特集:パリオリンピック・パラリンピック

パリバレー・宮浦健人4(完)目標は一つずつ、オリンピックの舞台は「絶対立ちたい」

宮浦健人はいま、オリンピックが開かれる地でプレーしている(撮影・平野敬久)

今回の「プロが語る4years.」はバレーボール日本代表で、現在はパリでプレーしている宮浦健人です。全4回連載の最終回は日本代表での経験や、夏にオリンピックが開催される地で戦い続ける現在を掘り下げます。

パリバレー・宮浦健人3 コロナ禍の早稲田大学ラストイヤー、信頼の厚い同期をともに

西田有志のジェイテクト復帰を機に渡欧

宮浦が日本代表として本格デビューを飾ったのは2021年。東京オリンピック後に千葉で開催されたアジア選手権だ。イタリア、セリエAの開幕に向けて渡欧した西田有志(現・パナソニックパンサーズ)に代わってレギュラーオポジットの座をつかみ、準優勝。ようやく訪れたチャンスを生かし、十分なアピールになったと捉える人が大半の中、当然のように宮浦は満足していなかった。

「むしろ課題しかなかったです。ずっと日本代表に選ばれたいと思っていて、やっと巡ってきたチャンスだったのに、自分がやるべきことができたかと言えば全然足りなかった。力不足を実感しました」

その年、VリーグのジェイテクトSTINGSへ入団した宮浦は、ここでもオポジットとして主軸を担った。各国代表でも活躍する外国籍選手がそろうポジションで、堂々と渡り合う活躍を見せたが全体順位は7位。なかなか勝てない悔しさと、ふがいなさ。完全燃焼には程遠かった。

「チームを勝たせるオポジットになる」と決意新たに次のシーズンを迎えようとしていた矢先、西田のジェイテクト復帰が決まった。宮浦は同じチーム内でポジション争いを繰り広げるのではなく、試合に出て経験を得るべく、さらに自身を成長させる場としてポーランドリーグのスタル・ニサへの移籍を決めた。

試合で経験を積み、成長へとつなげるために渡欧を決意した(撮影・平野敬久)

イタリアと並ぶ世界最高峰リーグの一つとされるポーランドリーグも、世界各国から選手がそろう。ニサのオポジットはチュニジア代表のワシム・ベンタラ、翌年イタリアトップチームのペルージャへ移籍した、圧倒的な攻撃力と爆発力を備えた選手だった。

試合に出る機会を求めて遠くポーランドまで来たのに、控えに甘んじる。そこでも味わったのは悔しさだった。

「試合にも出られず、何のために行ったのか。自問自答したし、どうしたら成長できるのか。成長して帰らないと、行った意味がないと思っていました」

ポーランドの地でも役立った早稲田大学時代の知識

そして、悔しさを糧に強くなるのがまた宮浦だ。「何で」と嘆いたり、ふて腐れたりするのではなく、できることをやり尽くす。高校時代や大学時代と変わらず、ポーランドでもできることにすべてのエネルギーを注いだ。

「海外では体育館を使える時間や練習時間がきっちり決まっているので、日本のように自主練習はできません。その分、ウェートトレーニングで少しメニューを増やしたり、ボール練習で少しでも早く来たり、できることはやる。最初に来て、最後に帰る。エネルギーが有り余っていたので、6対6(のゲーム形式の練習)でも全部ぶつけていました」

ここでも役立ったのは早稲田大学時代の知識と、佐藤裕務・早稲田大男子バレーボール部ストレングスコーチや、これまで関わってくれたストレングスコーチからその時々に受けたアドバイスだ。

ニサのトレーニングコーチから出されるメニューに加え、1人の選手として求める要素にアプローチするメニューについて佐藤コーチから受けた指導をベースに自分自身で考え、プラスアルファを採り入れた。すべてに取り組む時間がない時は少し重さや回数を増やして、負荷をかける。少しを積み重ねることが成長につながると信じて取り組んできた。

ストイックにトレーニングに励む姿は今も昔も変わらない(撮影・平野敬久)

チームに貢献するためには、力をつけないといけない

地道な努力が花開いたのが2023年のネーションズリーグだった。

6月6日に名古屋で開幕した大会の序盤は、途中からセッターとともに2枚替えで投入される程度だったが、7戦目のブラジル戦にスタメンから出場。ブロックにつかまる場面もある中、試合中に何度も立て直し、最終セットにはリベロの選手からサービスエースを奪う活躍で、公式戦で30年ぶりとなるブラジル戦の勝利に貢献した。

その後も着実に出場機会を増やし、ファイナルラウンドでもスタメン。イタリアとの3位決定戦もフル出場を果たし、日本代表としてネーションズリーグで初の銅メダル獲得に力を尽くした。

着実にステップアップを遂げ、9月のアジア選手権では3大会ぶりとなる金メダルを獲得。10月のパリオリンピック予選(OQT)にも出場、今シーズン最大の目標に掲げてきたパリオリンピック出場権獲得にも貢献した。まさに飛躍の1年と言えるが、やはり謙遜ではなく「まだまだ」と表情を引き締める。

「OQTは西田選手がほぼ出場して、力を発揮した。自分はまだまだそこに全然追いついていなかったし、ネーションズリーグであれだけやれたとはいえ、それでも『圧倒的なものがあったか』と言えば足りなかったと思います。だからどんな状況でも自分のパフォーマンスを最大に発揮して、チームに貢献するためにはもっと力をつけないといけない。今まで以上に、強く思うようになりました」

パリオリンピック予選を経て「もっと力をつけないといけない」と感じた(撮影・平野敬久)

海外2シーズン目、チームの顔に

海外で2シーズン目となる今季、パリ・バレーではファーストオポジットとして開幕から出場を続け、勝利した試合ではほとんどといっても過言ではないほどMVPに選出され、チームの顔と言えるほどの活躍を見せている。

フランスリーグだけでなく、イタリアリーグやポーランドリーグなど、欧州各国の状況も日本にいる時よりダイレクトに伝わってくる。ニサで毎日ゲーム形式の練習を行い、鍛錬してきたベンタラがペルージャへ移籍したように、一緒にプレーした選手が世界基準でどう評価されているか。それも一つのモチベーションになっているという。

「こういう選手がトップクラブに行くんだ、と目の当たりにできるので、自分もそうなるために何が必要か。もっとどうならなければならないか、ということがよくわかるんです。1人の選手として結果をつかみ取るためには、もっとがむしゃらに、チャンスは自分でつかみ取らないといけないし、そのステージに立って勝負できるんじゃないか、むしろそうならなきゃいけない、と思うようになりました。今『自分がどれだけ成長できているか』と考えると、まだわからないですけど、もっともっと、まだまだ成長したい、と思うから、今できるすべてを100%注ぐだけ。もっと力をつけたいし、つけられると思っています」

「まだまだ成長したいから、今できるすべてを注ぐ」(撮影・平野敬久)

努力を重ね、悔しさを力に変えてきた

数多くのトスをひたすら打ち抜き、決めてきた高校時代。そしてそのたくましい心に、新たなバレーボールの形や知恵、いかなる時でも戦い抜く体が備わった早稲田大時代。現在は成功体験を打ち消すほどの悔しさを何度も味わい、「なにくそ」とひたむきに努力を重ねることで力に変え、4カ月後にオリンピックが開幕するパリの地で、世界の猛者たちと渡り合っている。

「もともとあまり先のことまで考えて動くタイプではないので、目標も一つずつ。今はフランスリーグのプレーオフで勝つこともそうですけど、やっぱりその先、オリンピックの舞台には絶対立ちたいし、そのためにも、もっともっと成長したいです」

どこまで跳ぶのか。どれだけ決めるのか。日本のエースに留まらず、ミヤウラの名を世界にとどろかせ、驚かせるのはこれからだ。

ファンサービスに応じる宮浦。パリではすっかり「チームの顔」だ(撮影・平野敬久)

プロが語る4years.

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