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特集:2024年 大学球界のドラフト候補たち

早大・印出太一(上)2020世代唯一の高校日本一キャプテンが選手宣誓に込めた思い

主将として早稲田大を引っ張る印出太一(撮影・井上翔太)

宣誓 今ここにいる多くの仲間たちは、高校生のとき、新型コロナウイルスの影響による戦後初の甲子園大会中止を経験しています――。

東京六大学野球の秋季リーグが開幕した9月14日、早稲田大学主将の印出太一(4年、中京大中京)は、開会式の選手宣誓をこんな一文でスタートした。

「自分で考えました。何を言おうかと考えたとき、これしか出てきませんでした」

2020年に高校3年生だった選手を代表して、学生最後のシーズンへの誓いを立てた。

中京大中京時代は、中日の高橋宏斗とバッテリー

印出は彼らの世代が最上級生となった1年間で高校唯一の全国大会となった明治神宮野球大会(2019年11月)で、優勝旗を手にしている。現在は中日ドラゴンズで活躍する高橋宏斗とバッテリーを組んで頂点に立ち、中京大中京の主将として閉会式で受け取った。

ちなみに、当時の印出は身長183cm、体重81kgで、高橋は182cm、79kg。見た目やシルエットがそっくりと話題になったこともある。小学6年生のときに選抜チームの「ドラゴンズジュニア」でバッテリーを組んで以来、切磋琢磨(せっさたくま)しながら互いに成長してきた親友だ。

高橋は中京大中京を卒業すると、ドラフト1位で中日に入団。2年目から1軍に定着し、2023年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では侍ジャパン最年少メンバーとして世界一に輝いた。さらに4年目の今季は12勝をあげ、最優秀防御率(1.38)のタイトルを獲得している。

「宏斗の活躍はうれしいし、自分も頑張らなきゃと刺激になる」。印出は常々、そう語っている。

高校時代、神宮大会を制して優勝旗を受け取った(撮影・朝日新聞社)

中学生の頃から備わっていた「キャプテンシー」

早稲田大に進学した自分自身も、2年春から正捕手となり、3年からは不動の4番打者としてチームを牽引(けんいん)してきた。主将になった今年は春季リーグで優勝して、全日本大学選手権でも準優勝。大学日本代表に選ばれ、主将として第43回プラハベースボールウィーク(チェコ)と第31回ハーレムベースボールウィーク(オランダ)の両大会で優勝を飾った。

海外遠征は中学3年夏にボーイズリーグ日本代表の一員として優勝したアメリカの世界大会、中京大中京2年冬に愛知県選抜チームの主将として遠征した台湾、大学2年夏のアメリカ・フロリダキャンプに続いて自身4度目。「ヨーロッパで野球をやる機会はなかなかない。貴重な経験になった」と言う。

選抜チームの主将は初めての経験で「若干不安もあった」というが、「4年生と3年生が12人ずつだったので、自分がジョイント役になれれば、より強い組織になれるという思いで取り組んだ」と振り返る。結果的に堀井哲也・大学日本代表監督(慶應義塾大学監督)が「戦いながら強くなっていった」と評価するように、チームをまとめ上げることに成功した。

この「キャプテンシー」こそ、印出という選手の魅力といっていいだろう。

中京大中京2年秋の明治神宮大会で優勝した際、主将として受けたインタビューで、こう語った。「優勝したことで、すごくいい形で冬の練習に入れる。もっと鍛えて、春も夏も連覇して、歴史に残る代にしたい」

印出本人に当時のことを確認したら、「調子に乗ってますね」と照れ笑いしたが、17歳でこんなコメントはなかなか発することはできないものだ。そもそも、中京大中京に入学する前にも、印出は驚くような発言をしている。

中学3年の秋、中京大中京の高橋源一郎監督(45)が、印出の通う中学校にあいさつに行った時だった。最後に「何か質問はありますか?」と言われると、印出がおもむろに立ち上がったという。

「高橋監督を日本一の監督にします。よろしくお願いします」

そう宣言して頭を下げた。

「すごい子だなあ」

高橋監督は感銘を受けたという。

大学日本代表チームでも主将を務め、チームは試合を重ねるごとに強くなった(撮影・井上翔太)

と同時に、「もしかしたら誰か大人が知恵をつけたのかな」と思い、所属する東海中央ボーイズの監督に確認したが、そのような話はしていないと言われた。

「こういうことをサラッと言えちゃう子なんですよね。リーダーとしての資質が、このころから備わっていたのだと思います。そういう部分は年齢じゃないなと感じました」

「人間的に強くなれた」と振り返るコロナ禍

中京大中京に入学した印出は、「実力のある選手がそろっていた学年」(高橋監督)の中でも早々に頭角を現した。1年夏から一塁手として出場し、2年春から正捕手になっている。ただ、甲子園出場には届かなかった。

「1学年上にも実力のある捕手がいたので、印出の正捕手起用は大きなチーム改革でした。2年夏はまったく打てなかったし、本人も悔しかったと思う。でも、そういう経験のすべてを肥やしにできる選手でもあるんです」

高橋監督の期待に応えるかのように、印出は新チームの主将となり「4番・捕手」としてグイグイとチームを引っ張った。秋季愛知県大会、東海大会を制し、明治神宮大会でも明徳義塾(高知)、天理(奈良)、健大高崎(群馬)を下して「秋の日本一」に輝いた。そして「すごくいい形で」冬の練習に入り、いよいよ野球シーズンを迎える段階になって、新型コロナウイルスという未知の経験に遭遇することになった。

「あのときの苦労、悔しさは忘れられません。キャプテンとして、あれほどやりづらい状況はありません」

当時の話題になると、印出の声のトーンも沈みがちだ。

「だけど、人間的には強くなれたと思います」

この前向きさも、リーダーとして欠かせない資質だろう。

「なんなんだよ!って当時は思ったけど、いま思えば、いい経験になった。逆に、僕たちにしかできない経験ができた。自分の中で、引き出し的なものが増えたのかな、と感じています」

2020年夏、甲子園交流試合で打席に立った印出(撮影・朝日新聞社)

試合ができることのありがたさを知っている

そうした思いをそのまま、冒頭の選手宣誓文に込めた。

「当時の悔しさ、無力感は今でも忘れたことはありません。甲子園という夢の舞台へ挑戦することすらできなかった夏から、4年。今こうして大学野球の聖地・明治神宮球場で、苦楽をともにしてきた仲間、他大学のライバルたちとともに、4年間のすべてをかけて戦えることに喜びを感じています」

試合ができることのありがたさを自分たちは知っている。だからこそ、できることがあるはずだ。

自身は秋季リーグ開幕前に、プロ志望届を提出した。そして、盤石のプレーぶりで大学最後のシーズンを送っている。

早大・印出太一(下)「留魂」「一球入魂」そして……リーダーシップの礎を築いた教え

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