早大・印出太一(下)「留魂」「一球入魂」そして……リーダーシップの礎を築いた教え
東京六大学野球の春季リーグで頂点に立った早稲田大学の主将・印出太一(4年、中京大中京)は、大学ラストシーズンの秋も捕手として投手陣を好リードし、不動の4番打者としてもチームを引っ張っている。「主将としての立ち位置が部員から離れたら独りよがりになってしまうけど、野球の実力は離れれば離れるほどチームにプラスになる。だから、そこは追求しています」
ドラフト候補でもある印出という選手を育てたのは、中京大中京、早稲田大学という超名門校に加え、「第3の名門」の教えだった。
主将として「どっちかに偏った対応はしない」
小学生の時に野球をはじめ、「気がついたら捕手をしていた」という。「キャッチャーというポジションは経験がものを言うと、僕は思っている。小学校から大学までずっとやってきた経験値から来る引き出しの多さと、冷静に周りを見て判断する力は、他の人とは違うと自分は思っています」
中京大中京でも早大でも2年春から正捕手になった印出だけに、その経験値は今年のドラフト候補の中でトップクラスと言っていいだろう。
「捕手はキャリアを積まないといけない」と早大の小宮山悟監督(59)も語る。「印出には高い授業料を払ったが、あれだけ視野が広がっている。危機管理能力というか、全体を俯瞰(ふかん)して見られる力というかな。とにかく全幅の信頼を寄せている」
小宮山監督は印出が入学する前、中京大中京に出向いた。そこで高橋源一郎監督(45)から、「こんなに頼りになる選手はこれまでいませんでした」と聞いたという。「相当しっかりしているんだろうな、と思った。実際に話してみても、物おじせず、きちんと自分の考えを口にできる。4年生になったらキャプテンにしようと思った」
チーム作りをする中で、指導者と選手の間に溝ができる局面がどうしてもある。
そんな時、「印出はどっちかに偏った対応はしない」と中京大中京の高橋監督は言う。同級生の話に耳を傾け、「そうだよな、そうだよな」とうなずく。「その上で自分の考えを伝え、ディスカッションしながら互いの理解を深めていく。上からではない対応ができるリーダーなのです」
全員が同じ目標に向かって、高い熱量を持てるか
主将として一番大切なことは何か。
印出本人に質問すると、「ありきたりな表現になりますが」と前置きしつつ、「全員が同じ目標に向かって、全員が同じ、高い熱量を持ってみんなで入っていけるか。そこが一番難しいと思います」と答えてくれた。
そのために必要なことは何か。
「色んな人の話、意見を聞くことです。意見を求められれば、その人は、自分が頼りにされている、必要とされていると感じられる。上から作り上げられたものに付き合わされるのは、僕も好きじゃない。みんなで同じ方向を向いていくために、みんなの意見で作り上げていきたい」
理想的だが、時間がかかる作業でもある。
「そうなのですが、それで互いの理解が深まれば結果的に近道になります。チームに対する思いや自分の意見が採用され、チームがいい方向に向けば、本人のモチベーションも上がる。そうやって全体がボトムアップしていければ一番いいと思います」
印出の話を聞きながら、「留魂(るこん)」という言葉を思い出した。
みんなが苦難に耐えた
みんなが死線を越えた
みんなが栄光を握った
みんなが伝統を守った
そして今もみんなが見守っている
応援している 願っている
戦前の中京商業時代から中等野球、高校野球を代表する超名門校で、春夏とも全国大会の勝利数1位の中京大中京に伝わる教えだ。
「学校の4大綱にも通じる考え方だと思います。①ルールを守る②ベストを尽くす③チームワークをつくる④相手に敬意を持つ、の四つです」
印出はスラスラと教えてくれた。
そして、「一球入魂」の教えを伝承する早稲田大学へと、印出は進んだ。
両校の野球部に在籍した選手は、意外と多くない。「おそらく、稲門倶楽部(早稲田大学野球部OB会)会長の望月博さん(75)以来です」と高橋監督が教えてくれた。
「東京六大学でプレーしたいという思いがあった」という印出も、「まさか早稲田に入れるとは思っていなかった」と言う。「高校も大学もすごいところでプレーさせていただき、縦横のつながりも豊富で、色んな方と関わることができた。ありがたいと感じています」
リーダーの心得をたたき込まれた中学時代
超名門校に通いながら、抜群のキャプテンシーが磨き上げられたと考えると、なるほど納得できる。「実は最初にリーダーとしての心得をたたき込まれたのは中学時代なんです」。印出が思わぬ話を打ち明けてくれた。
中学硬式野球の「東海中央ボーイズ」で印出はプレーした。そこで教わった三つの教えは、今も自分の土台になっているという。
自分が1番やれ――。「絶対に後ろ指をさされるな。発言に説得力がなくなる。これは基本中の基本と教わりました」
妥協を許すな――。「今日はだるいし、まあいいか、というのは絶対にダメ。フワッとしたまま練習を終えるのと、もう一度締めて練習を終えるのでは大きな差が出るという教えです」
視野を広く――。「例えばボールが落ちている、草が伸びている。そういうことにリーダーが気づけば周りも気づくようになる、と」
教えてくれたのは、東海中央ボーイズ監督の竹脇賢二さん(51)。鹿児島実業高校で甲子園に春夏計4回出場し、ベスト8に3度進出。最後の夏はベスト4まで勝ち上がった時の主将である。
「中学生では聞けないような話を色々と聞かせてくださった。この三つの教えを完璧に、継続的にこなすのはすごく難しいけど、今でも大切にしています」
三つの教えを伝授した竹脇さんも「中学時代から誰よりも練習する選手だったし、その姿勢は今も変わっていない。野球だけでなく、大学で教員免許をきちんと取得しているのも彼のすごいところ」と語る。印出はシーズン終了後、母校の中京大中京で教育実習をする予定だ。
「留魂」の中京大中京、「一球入魂」の早稲田大にプラスして、「不屈不撓(ふとうふくつ)」を校訓とする鹿児島実業――。名門校の三つの魂がしみ込んだ、同世代を代表する「キャプテン」。学生最後のシーズンに全力で打ち込みつつ、10月24日のプロ野球ドラフト会議で名前が呼ばれる瞬間を、静かに待っている。