野球

立教大・戸村健次コーチ(上)投手陣に施した処方箋、成長を促す環境作りと熱い気持ち

今年から母校・立教大のコーチになった戸村健次氏(撮影・井上翔太)

今年、立教大学野球部に心強いOBコーチが加わった。東北楽天ゴールデンイーグルスで投手として活躍した戸村健次氏だ。秋のリーグ戦から「背番号50」でベンチ入り。継投が成功した勝ち試合では木村泰雄監督から「戸村効果」という言葉が飛び出している。戸村コーチに選手への指導で大事にしていることなどをじっくり聞いた。

営業部の担当部長と「二足のわらじ」

戸村コーチが指導者の道を考えるようになったのは、2019年に現役を引退してからだ。「楽天で球団のアカデミー(ベースボールスクール)のコーチになったのがきっかけです。子どもたちに色々なことを伝える中で指導の楽しさを知り、裏付けや根拠をきちんと勉強したいと思うようになったんです」

ITとスポーツを結ぶ事業を展開する株式会社「ネクストベース」から声がかかったのはそんな時だった。「ここならスポーツ科学やデータのことも学べると、楽天を退団し、昨年2023年に入社しました」

すると立教大野球部OB会から「仙台から戻って来たのなら」と、コーチ就任の要請が届いた。ネクストベースは立教大のサポートをしていることもあり、会社もこれを了承。戸村氏は営業部の担当部長との二足のわらじを履く形で、今年から立教大のコーチになった。

15年ぶりとなる母校の野球部は、学生時代に比べて大きく環境が変わっていた。グラウンドは美しい人工芝になり、内野が丸ごと入る室内練習場もできていた。「驚きとともに、この練習環境なら……とワクワクしました」

2009年秋のドラフト会議で楽天から1位指名を受けた(撮影・朝日新聞社)

まずは、ボールの速さや強さが求められる

大学野球のレベルが上がっていることにも驚いたという。

「しばらくじっくり見る機会がなかった間に、投手のボールのスピードも速くなってました。たとえば法政大学の篠木君(健太郎、4年、木更津総合)のストレートはプロと遜色ないですよ」

かつては最速150キロがプロから注目される一つの指標になったが、そういう時代ではなくなったと感じてもいる。各校のエースが軒並み、常時140キロ台半ばから後半のストレートを投げているからだ。「だからこそ、まずボールの速さや強さが求められる」と戸村コーチは考えている。

「もちろん制球力や、試合を作る能力も必要です。ただ、今は130キロ台では通用しにくい。ボールのスピードは大事だよね、という話はよくしています」

スピードを高めるための方法は「どれくらいの筋力が必要かなど、スポーツ科学で解き明かされているので」と、自らが培った知識に基づき、論理的かつ具体的に伝えている。ただし「こうしろ」とは言わない。「あくまでも選択肢の一つとして授けます。今の子たちは本当にいろいろな情報を持ってますし、判断は当人に委ねてます」

継投が成功すると、木村監督(左)から「戸村効果」という言葉も(撮影・井上翔太)

こうした指導法は、楽天時代に師事した髙村祐コーチ(現・法政大コーチ)の影響だという。「髙村さんは絶対に『やれ』とは言わない方でした。僕が10年間、プロ生活を送れたのも髙村さんのおかげですし、指導者としての理想像でもあります」

実力に比べて、低かった自己肯定感

戸村コーチは立教大の投手時代、東京六大学リーグで43試合に登板。10勝14敗、防御率2.94という成績を残した。圧巻だったのは4勝をマークした4年の秋だ。11試合に登板し、投球回は実に75回2/3。シーズン断トツの最多イニング登板だった。

「よく投げましたね。学校が100周年の年だったのもあり、優勝のためにやり切りたいと思ってました。優勝はできませんでしたが、やり切れたことが、ドラフト1位という最高の評価につながった気がします」

プロでは通算17勝にとどまったが、2015年は7勝をマーク。本人いわく「一流にはなれなかった」ものの、どうすればプロで生き残れるかを模索しながら、10年間で計107試合に登板した。

プロとアマチュアでは世界が違う。アマチュア指導者となった今では「プロの常識がそのまま通用しない」と思い知らされることもしばしばあるという。それでも、プロでの経験は現在に生かされている。

「プロは生存競争の世界です。1軍に上がるには自分に何が足りないのか、分かっていなければなりません。でも実際は、よく分かっていない選手がほとんどなんです。それを見てきたので、選手たちには、僕がどこを評価して、何が足りないと感じているか、きちんと伝えるようにしてます。そうすれば、Bチームの選手もなぜ自分がそこにいるのか理解できますし、努力の方向性も見えるので」

プロでは、どうすれば生き残れるかを模索し続けた(撮影・上原伸一)

戸村コーチが立教大の投手たちから最初に感じたのが、「実力はあるのに自己肯定感が低い」ことだったという。

「何でかな?と思って調べてみたら、甲子園常連校の投手は多いものの、バリバリのエースではなかった子も少なくなかったんです。ともに活躍してくれている大阪桐蔭出身の竹中勇登(3年)や、仙台育英高出身の吉野蓮(3年)もそうで、竹中は松浦慶斗(現・北海道日本ハムファイターズ)の控えでしたし、吉野は伊藤樹(現・早稲田大学3年)がいたのと、高校では三塁手兼務だったのもあり、中心投手ではなかった」

試合中、ベンチでずっと立ったままの理由

自信を持っている投手も見当たらなかった。これは前年までの経験のなさに起因している。エースの小畠一心(3年、智弁学園)は2年秋までリーグ戦の勝ち星がなく、今春から2回戦の先発を任された大越怜(3年、東筑)は2年秋までリーグ戦登板がなかった。

戸村コーチが彼らに施した処方箋(せん)はシンプルなものだった。

「その選手と向き合い『これなら大丈夫』と認めてあげることから始めました。その上で、成長を促す環境を作りました。指導者ができるのはこれくらい。あとは自分たちで考えますからね。勝手に成長するのを待つしかありません」

戸村コーチが投手陣に望んでいるのは、大きく二つある。まずは「最大のパフォーマンスをするための準備」だ。「監督、コーチは自信を持って、マウンドに送り出します。勝ち負けはこちらの責任ですが、中途半端(な投球)はしない準備はしっかりしてほしい」

二つ目は「熱い気持ちでマウンドに立つ」こと。感情を表に出さずに淡々と投げることを良しとする向きもあるが、戸村コーチは投手の熱さがチームを動かすと思っている。「戦う姿勢がとても大事かと。投手だけでなく、レギュラーの野手はもちろん、ベンチにいる選手も『全員で試合に入ろう』ということは、よく伝えてます」

選手と向き合い「これなら大丈夫」と認めることから始まった(撮影・井上翔太)

一方で、熱い気持ちにストップをかけるのも、投手コーチの役目だと心得ている。4回戦までもつれた今秋の法政大戦。戸村コーチには後悔があるという。1回戦で6回84球を投げた小畠を、中2日の4回戦で10回149球投げさせてしまったことだ。

「最後まで投げたいという、小畠の心意気を優先してしまって……。そこはすごく反省してます。9回で交代するよう、木村監督に進言すべきでした。もちろん、目の前の試合に勝つことは大事です。ですが、小畠のような『上でもやるべき投手』は、ケガをさせてはいけないと。健康な状態で送り出すのが、将来を考えながら勝たせるのが、ベンチにいる監督、コーチの大きな役割だと思います」

戸村コーチはリーグ戦の試合中、ずっとベンチで立ったままだ。「もう不安しかないので。もちろん自信を持って送り出すものの、本当にこの継投で良かったかどうかは、結果でしか判断できませんからね。攻撃中もデータを攻撃陣に伝達したり、配球の確認を捕手の戸丸秦吾(4年、健大高崎)としたりするので、とても座ってはいられません」

母校のコーチに転じた「元プロ、元ドラ1」の戸村コーチ。令和の時代に即した指導手腕を少しずつ発揮し始めている。

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