立教大・戸村健次コーチ(下)「知っておいて損はない」とアナリストチーム発足を提案
立教大学野球部に今年、新たにアナリストチームが誕生した。結成を提案したのが、OBで東北楽天ゴールデンイーグルスの投手として活躍した戸村健次コーチだ。データ班が強化されたことで「データ野球」の推進が始まった。今秋の東京六大学リーグ戦で早くも成果を見せている。
チーフのもとで仕事をするアナリストを学内で公募
もともとチームにデータ班はあった。だが、そのチーフ(責任者)は学生コーチや、年によっては選手が兼務しており、専従スタッフもいなかった。分析方法も、リーグ戦のメンバーが交代で試合映像を見ながらの意見交換。どちらかと言うと「数値」ではなく、「感覚」に頼っていたという。そこで戸村コーチが木村泰雄監督にアナリストチームの結成を打診した。
戸村コーチは10年間のプロ野球選手生活を終えた後、球団のスコアラーも経験したことで、アナリストの重要性をよく分かっていた。
「気合と根性も大事ですが、データは知っておかなければならないものですし、知っておいて損はない。判断材料は多ければ多いほど良いですしね。リーグ戦の試合数なら、信頼できるデータが集まるので、分析に専念する部員が必要だと思ったんです」
今年のデータチーフを務める投手兼任の佐々木孝輔(4年、日大習志野)のもとで仕事をするアナリストを学内で公募した。深見脩斗(狭山ヶ丘)、諸岡孝祐(成田)、湯浅優大(立教新座)の1年生3人が、1期生になった。1人は高校野球未経験者だ。
トライアンドエラーを重ねることが大事
今春までは、戸村コーチが分析方法や資料の作り方をデータ班にレクチャーしながら、自チームと対戦校の主要選手も分析。選手への伝達も戸村コーチが行っていた。秋はそれらを含めたすべての作業を、佐々木チーフと3人のアナリストで回している。戸村コーチは「アナリストが機能しているのも、佐々木のおかげです。1期生の3人を受け入れて、チームをまとめてくれています」と言う。
佐々木チーフは自らの意志でデータ班の責任者になった。下級生の時、対戦校の試合映像を分析した経験があり、データに関心を持っていたのがきっかけだという。
戸村コーチは続ける。
「0から1を創り出す作業は大変だったと思います。導入のところは僕がやりましたが、あとは彼らが4人でコミュニケーションを取りながら、一気に作り上げていった。学生の成長力、そのスピードに驚いています。データ分析の肝となるアウトプット(選手への伝達)も積極的にやってます。アウトプットの内容が正解か不正解かは置いておいて、トライアンドエラーを重ねていくことが大事だと思います」
秋のリーグ戦で成功した「清原シフト」
アナリストを採用し、データ班を強化した成果は形になって表れている。
今秋の慶應義塾大学との開幕戦。二回表に相手の先頭打者・清原正吾(4年、慶應)が放った打球はセンターに抜けるかと思われた。しかし、二塁手の主将・田中祥都(4年、仙台育英)が正面で処理。ヒットを1本防いだ。
清原の打席で、田中はあらかじめ二塁ベース付近を守っていた。なぜ、このポジショニングだったのか? 佐々木チーフは次のように説明する。
「清原選手に限らず、対戦校の打者がどの方向に打球が多く飛ぶか、そのデータをメンバーに展開してます。清原選手の場合、センター方向への打球が多く、それは伝えましたが、田中がセカンドベースに寄ったのは本人の判断です。データに基づいて、チームとしてシフトを敷くことはありません。どうするかは野手に任せています。こちらとしては選択肢を示しただけです」
それでも「清原シフト」が決まった時はうれしかったという。「やったと思いましたね」。立教大が警戒していたのは、清原の一発だった。「清原選手にホームランが出ると、その試合だけでなく、カード全体の流れも慶大に傾く恐れがあるので」
秋の最初の打席でヒットが生まれていたら、気持ちに余裕を持って以後の打席に入れる。その分、ホームランが飛び出す可能性も高まったかもしれない。秋の初打席を封じたことには価値があった。立教大投手陣はこの試合、清原を5打数無安打に抑え、延長十一回にサヨナラ勝ちを収めた。
1勝1敗で迎えた3回戦も「清原シフト」が成功した。一回2死三塁。清原の打球は高く跳ね、そのままセンターに抜けそうだった。しかし、あらかじめ二塁ベースの後方にいた田中が難なく処理。適時打を1本防いだ。スコアは1-0。このシフトが2016年春以来となる慶大戦での勝ち点を引き寄せた面は大きいだろう。
自チームの分析も功を奏し、ホームラン数が増加
自チームに対する分析も好結果を呼んでいる。その一つが長打力だ。立教大は今春、チームの本塁打数がリーグ最少の2本だった。秋は4カードを終えた時点で、リーグ2位の9本を記録している。
佐々木チーフによると春のリーグ戦後、チーム初の試みとして、データ資料を用いた個人とチーム全体の振り返りを行ったという。「詳細は言えませんが、攻撃面についてはリーグ戦に出場した全選手の、とらえたゾーンや苦手とするコースなどのデータを出し、それを各自に伝えました。チームについては、長打力不足が明白だったので、長打を増やすためのフィードバックをしました」
木村監督は「データ収集に力を入れたことで、選手が狙い球を絞れるようになったのが一つの要因では」と見ている。
データ班が生まれ変わったことで、選手たちのデータや分析に対する食いつきも良くなったようだ。「データの見方を聞いてきたり、こういう資料がほしいとリクエストしてきたりする選手が増えてます」と佐々木チーフ。戸村コーチは「今の子は子どもの頃からデジタルの世の中だったので、データに抵抗がないと思います。昔の選手の中には『机上の空論』と拒否反応を示す人もいましたが、使えるものは使おうという感覚なのでしょう」と話す。
感覚としてはつかんでいた強みと弱み。それが数値で示されたことで変革が生まれ、新たな武器になっていると選手たちは感じているようだ。
データリテラシーを高めることも役目
一方で戸村コーチは、データが一つの要素でしかないことも伝える立場にある。「何事もバランス。気合と根性が求められる時もあるし、一瞬の判断では感覚が正しいこともある。そのことは踏まえておかなければなりません。選手たちは中学、高校の段階からたくさんの情報を持っている。ただしリテラシー、つまり、情報を正しく使える能力がない。その能力を授けてあげるのも、自分の役目だと思ってます」と口にする。
データ班強化の提案も、チームとして、個人として、データを活用していく中で、リテラシーも高めてほしいと考えたからだろう。
佐々木チーフは「これまではチームの勝利に直接関わっている実感がなかったんですが、データ班の長になってからは、大きく関わっている、グラウンドではないところで戦っていると思えるようになりました」と充実感に満ちあふれている。
今秋のリーグ戦ではグラウンドでも戦った。明治大学2回戦、佐々木チーフはリーグ戦初登板。七回からマウンドに立つと、自身と相手打線のデータを踏まえ、2イニングを無失点に。広島東洋カープが1位指名を公言した宗山塁(4年、広陵)も苦手コースを意識した投球でライトフライに打ち取った。
アナリストチームのスローガンは「創始」。春までは室内での分析作業に終始していたが、夏からはグラウンドに出て、選手とのコミュニケーションの機会を増やしている。戸村コーチの加入を機に、立教大は「データ野球」に力を入れている。