帝京大・岩出雅之前監督(下) 自立した学生を育て早慶明に挑戦、という大志があった
2008年度に対抗戦で初優勝を飾り、翌年度から大学選手権を9連覇するなど、対抗戦・大学選手権とも12回の優勝を重ねている帝京大学ラグビー部前監督の岩出雅之さん(現・同部顧問)。学生時代にも日本体育大学の主将として大学日本一となったほか、滋賀県立八幡工業高校の監督として全国高校ラグビー大会(花園)に7年連続出場し、高校日本代表監督の経験もお持ちです。インタビューの後半では、岩出監督に、リーダーシップや大学ラグビーの未来などについてうかがいました。
「信頼してあげると、ヤンチャな子も変わる」
―こんな選手が成長したとか、こういう時に学生の成長を感じたとか、そういったエピソードはありますか?
もうたくさんあるから。何回も優勝させてもらっているけど、私1回も泣いたことないんだよ。でも涙を流したことがないわけじゃない。意外に、やんちゃだった子が頑張って「こんなに成長するのか」という姿を見ると、特に。夏合宿で過酷な中で、今までサボりがちだった子が一生懸命に文句ひとつ言わず努力する姿を見ると、胸がグッと来る。
私も大学の教員という仕事をやっているので、学生の成長ってうれしい。ヤンチャな子が変わったときは、(過去のことは)ちょっと許してあげないとダメだと思う。これは指導者としての持論なんだけど、過去のことでいつまでも今を評価するのはダメ。本当に心が良くなってきたなって思うと、もう許してあげる。
―なんで変われるんですか、やんちゃな子が?
いろんなことがあるけど、仲間の信頼を得られる喜びとか。やっぱり信頼を受けているなという感触はとてもうれしい。精いっぱい頑張っているな、ということを感じ取ってあげて、「いいじゃない」と(言ってあげる)。そういう近づき方は、やっぱりB、C、Dチームのほうにたくさんしてあげるのがいいかなと思う。Aチームは基本的に幸せだからね(笑)。
―中学や高校、プロのリーグワンなどのカテゴリーもあると思いますが、なぜ大学のラグビー指導者の道を選ばれたのですか?
私、中学校の教員もしたことがあって、高校の教員をさせていただき、そして大学。30代後半でこちらに来た時のきっかけの一つは、私は(選手としては)高校より大学で成功して達成感がすごくあったので、教員主導でやっている中学校、高校ラグビーより、大学で指導したいという気持ちがあった。自立型の選手たちが集まっている組織の指導者になりたいな、と。マイペースでいい試合ができる試合もあれば、ピンチになったり動揺してしまう時にも、うまく自分たちでレジリエンスを回復していけるような、そういう選手の集まりにしていきたいという思いが自分の中にあった。実は学生時代はそういう育て方をしてもらった。最後にちゃんと自分たちの意思を大切にしてもらって成功した経験があるから、大学の指導者になりたい、と。
学生の自立を助けて、そして自立して勝負に挑んでいる学生の姿をそばで見たい。そして、慶應義塾大学、明治大学、早稲田大学という伝統校が力を持って(ラグビー界を)牽引(けんいん)していることに対して、私なりにちょっと挑戦したいな、という若いアンビシャスというか野心だった。
「温めてあげるようなリーダーシップが大事」
―選手とのコミュニケーションはすごく大事です。
責任感というのは、コミュニケーション。関係性をうまくマメに反応できるかというのが責任感だし、もししなかったら責任を果たさないことになる。リーダーシップを持っている人が増えてくるとそういうコミュニケーションが生まれてくる。そこらじゅうで良いコミュニケーションをすると、良い濃いディスカッションができて、想定外がなくなるから。
―選手同士もコミュニケーション、ということですね。
だから、ぼーっとしている人はダメだよね。やっぱりぼーっとする人はぼーっとしているプレーしかできない。ただ、力量とか経験とか体力があるのは、やっぱり上級生、特に4年生だと思うから、4年生がマメに(コミュニケーションしてあげるといい結果になる)。ただ思いだけで自分で突っ走っていくんじゃなくて、うまくみんなを集めていくのが大事。
だからキャプテンには今年も、「年末までは後ろばかり見ておけよ。前ばかり見ていると後ろに誰もいなくなるぞ」って言った。昔は「ついてこい」っていえばみんなついてきてくれたけど、「ついてこい」って言って誰もいなくなったら大変だぞ、と。
C・Dチームはやっぱちょっと寂しいよね。特に12月だと、もう風が吹いて体は寒くて心も寒いじゃん? そこをちょっと温めに行ってあげるようなリーダーには、最後みんなついてきてくれるから。そういう幅のある力量、心意気。ただ「勝つんだ」と言って1人で一生懸命やるということだけでは(難しい)。フランス革命みたいに怒りのエネルギーがあるときはそれでもいいけど……。温めてあげるようなリーダーシップが大事かなと思う。
―大学を卒業した後もつながっていきます。
つながってる。だから「あいつが嫌だったな」とかいう思い出じゃ寂しいじゃん。「あいつは厳しかったけど、温かかったな」「キャプテンとして厳しかったけど、でも常に我々のそばにいてくれた」とC・Dチームが言ってるなら、そのチームは相当強いと思うよ。
「大学ラグビーは、心の成長を助ける力がある」
―最後にこれからの未来についてうかがいたいんですけれども。
(私には未来は)ないな(笑)
―いえいえ(笑) これからの大学ラグビーに求めることは?
リーグワンは成功してファンが多くなると思うけど、じゃあ未来のリーグワンは育っているかというと(なかなか難しい)。もちろんファンの中にはお子さんもいるけど、ラグビーのファンは比較的ご年配の方も多いから、選手になる層にファンがいないと。やっぱり小中高大のカテゴリーでそれぞれがにぎやかになってくる必要がある。
青年期、思春期の人が高校を出てすぐリーグワンという大人の世界へ行くのは、良い面もあるし、ラグビーがうまくなると思われるけれど、心の成長ができるかというと、ちょっと難しいところもある。大学ラグビーは、心の充実とか成長を助ける組織。社会で役立つようなことを大切にして、人として成長させる力がある。大学ラグビーは土台なので、プレーのたくましさとか正確さとかダイナミックさといったのはやっぱり限界がある。限界あるけど、気概というか学生のエネルギーが入ったプレーを感じてもらえる。そして、学生の裏側の部分も、もっと各チームがいい意味で学生の生々しさ、未熟さも含めて、「こうやってしっかり育っていく環境が必要でしょう」ということを、あえて出していく。
小中高そして大学、社会人、さらに高いところにリーグワンがあって、日本全体のラグビーのそれぞれの層にたくさん楽しみを作り出す要素は必要だと思う。その役割の1つを大学ラグビーがしっかり担っているのだということを、目の前の勝利(を追う)だけじゃなくて、それぞれのチームの指導者の皆さんと考えて、一緒に頑張っていきたいなと思う。(私は)もう監督と違うけど(笑)。
(聞き手:慶應義塾大学蹴球部)