ラグビー

特集:大学から始まり世界へ 日本ラグビー125周年

明治大・田中澄憲元監督 各大学のスタイルを貫くことは、勝ち負けを越えた価値がある

明治大学の選手としても監督としても大学選手権で優勝している田中澄憲さん(インタビュー写真は提供・慶應義塾大学蹴球部)

田中澄憲さんは報徳学園時代、高校日本代表に選ばれ、1994年に明治大学に入学しスクラムハーフ(SH)として活躍。大学選手権に優勝したほか、最終学年には主将も務めました。2018~21年には明治大学の監督となり、現在は自身もプレーした東京サントリーサンゴリアスでゼネラルマネージャーを務めています。田中さんのラグビーのルーツや大学ラグビーの意義、伝統の果たす役割について伺いました。

大学から始まり世界へ 日本ラグビー125周年
第101回ラグビー早慶戦

「自分とラグビーは、切っても切り離せない」

―まずは田中さんのラグビーの一番の思い出についてお聞きします。

ラグビーの思い出というよりは、ラグビーをやっていたおかげで仲間ができ、そのことによって人生が豊かになった。今もまだ継続中だが、ラグビーを通して人生を良くしていった。自分の過去を振り返った時に、ラグビーは切っても切り離せない。

―その時に感じたラグビーの楽しさは何でしたか?

それまでラグビーは痛いと思っていたが、その(小学生の)時のコーチがラグビー経験者ではなく、ハンドボールをやっていた方で。ハンドボールはコンタクトスポーツではなく、いかに空いているスペースにボールを運んで点を入れるかっていうスポーツ。だからラグビーのスタイルも、空いているスペースにボールを運んで、みんなでつないでいくというスタイルだったことと、練習方法もすごく変わっていて、ボールゲームとして面白いと感じ、ラグビーを好きになった。

―やはりラグビーは「痛い」や「激しい」だけのスポーツではないですよね。

そう。それが根底にはあるが、小学生の時は分からない。ただ「痛い」「きつい」と感じていたものを、スポーツとして楽しいものだと教えてくれたのは、小学5年生の時のコーチだったと思う。

ラグビーは痛いと思っていたが、小学5年生の時のコーチが楽しさを教えてくれた、と話す

「うまい下手とかでなく、多様性こそがラグビーの良さ」

―この取材を通して、子どもたちがラグビーを始めたいと思うきっかけになればと考えています。ラグビーの魅力を、どのようなメッセージで伝えたいと思いますか?

ラグビーの良さって「多様性」。僕は体が小さい方だったが、その中でも自分の役割があって、その自分の役割を果たすことでトライにつながったり、勝利につながる。チームに貢献できているといううれしさはやはりラグビーの魅力であり、失敗しても周りのみんなが助けてくれるのもラグビーの素晴らしさなので。ラグビースクール、指導者によると思いますけど、うまいとか下手とか(だけ)じゃないというのを啓蒙(けいもう)していくのが大事じゃないかと思う。

―田中さんが選手やキャプテン、監督としてラグビーに携わる中で、ラグビーの「役割」の部分をどう感じていたのか、またどうチーム作りに生かしたのか、お聞かせ下さい。

選手の時って深く考えてないと思う。やっぱり単純に「ラグビーが好きだ」とか「楽しい」っていうのから入っていって、それをどんどん極めていきたい、トップに立ちたいっていう欲が出てくるのが成長の過程だと思う。だが、チームに入って勝つことを目標にして、その中で自分が試合に勝つために試合に出ていれば、自分の仕事・責任を果たせなかったら、チームが勝てないんで。そういった「責任感」っていうのが、まず選手の時に生まれると思う。

指導者の立場になると、いかにその「役割」というか、ただゲームに出る人だけじゃなくて、チームに携わっている人たち、大学生だったら学生の選手たちに、どうその役割を与えてあげるか、存在意義を気づかせてあげるか、っていうことはすごく大事だと思う。

サントリー時代の2002年10月、トライを決める田中澄憲選手(撮影・朝日新聞社)

「どういうクラブになりたいか、というビジョンが大事」

―責任感が生まれるために、チームの勝利のため責任が生まれるとおっしゃっていましたが、いろんな人たちをチームの一つの目標に向かわせるためには、どんなことが必要だと思いますか?

一番大事なことっていうのは、「目標」がしっかりしていて、全員がその目標に対して共通認識を持っているということ。あとは、優勝することが常に目標だと思うが、「クラブとしてどういうクラブになっていきたいか」っていうビジョンもすごく大事だと思う。

そのビジョンがしっかりと共有されて、「クラブをよくしていきたい」「ビジョンに向かって、いいクラブをみんなで作っていきたい」と思っていれば、一人ひとりが「自分が本当に今の行動でいいのか? この責任を果たしているのか?」を考えるようになってくると思うので。

多分、大学日本一とか勝つことだけが目標だと、それってすごく難しいのかなと思うけどね。達成はなかなかできないと思うが、クラブが持っているビジョンをどう追っかけるかということだと思う。

―クラブにおけるビジョンについてですが、大学ラグビーには各大学の伝統があります。リーグワンと違った大学ラグビーならではの部分で、ビジョンについてお考えはありますか?

大学ラグビーの一番の魅力は、体育会のクラブはいくつもある中で、大学ラグビーが大学のシンボリックなクラブであること。特に関東はそうかもしれない。ラグビー部員ではない、大学を卒業したOBOGが全国に散らばって、そういう人たちが応援してくれるじゃないですか。やっぱりその彼ら、彼女たちに対して元気とか感動を与える存在である、っていうのが、大学ラグビーのいいところかなと僕は思っている。

例えば高校野球ってすごい人気で、なぜかと言えば、多分高校の卒業生だけじゃなくて、東京都代表とか何何県代表という自分のチーム、自分の県を応援したいとか(が理由)。あとは彼らが頑張ってる姿に感動したり、元気、活力をもらってっていうのが、高校野球がこれだけすごく人気がある理由なのかなと思うし、大学ラグビーも一緒かなと思う。

「ラグビーの認知」を考えたら、日本代表が強いということが大きく影響する。だけど大学ラグビーの魅力っていうことを考えたら、慶應なら慶應の、明治なら明治のスタイルがあって、勝ち負けより、そのスタイルを貫いていこう、という姿が見える。勝つために努力してきたものが見えるゲームをすることが、すごく大事かなと思う。勝ち負けを超えた「価値」があると思う。

―積み上げてきた練習や、チームのカラー、伝統などからそういったものが生まれるのでしょうか?

だと思う。いかにそれを出しながら勝つチームを作るかっていうのは、大学の魅力だと思う。勝つチームは1チームなので、プロと違って(大学ラグビーは)勝つことがすべてではないと思う。大学ラグビーって、その目標を達成するためとか、自分たちのアイデンティティーを次につないでいくとか、そのために努力したことで学生が成長していくということが、一番の魅力だと思う。

「ラグビー部出身者以外の、大学を卒業したOB・OGに元気を与えられることが、大学ラグビーの良さ」

「少年だった1年生が、4年間でグッと成長して青年になる」

―学生は、この大学ラグビーの4年間を通してどういうような成長をしていくと思われますか?

僕も(監督として)4年間大学ラグビーに携わって、少年が青年になって出て行く、っていうのはすごく感じた。

1年生のときって高校生上がりで本当に少年だったのが、3年生ぐらいから社会に向けての準備が始まるのか顔つきが変わってきたり行動が変わってきたりして、4年生になったときには、最終学年として、チームをリーダーとしてだけじゃなくそれぞれの立場で引っ張らなきゃっていう思いからだろうけど、かなりグッと人間的に成長する。信じられないぐらい(の成長幅)で、卒業して1年経って久しぶりに会ってもまた違ってる。本当の意味で社会人になっている。

社会に出ていろんなことにもまれる中で、もまれる準備を4年間でしているんじゃないかなっていうことをすごく感じる。

―グッと成長できるというお話ですが、大学ラグビーのどういった要素が成長させるのでしょうか?

他の大学に携わったことがないからわからないけれども、僕が思うのは(その成長には)結構伝統も大事かなって思っていて。明治も100年の伝統があって、明治大学の部員として何か背負っているんだと思う。その背負うものがあるから、自分が4年生とか上級生になった時には「こうじゃなきゃいけない」っていうのが多少なりともあるのかなと思う。

伝統って、(聞き手の所属する)慶應にだってあると思うけど、それは何かと聞かれたら、答えるのは難しいでしょ? でも、それぞれ(の大学)に、絶対ある。それを自分なりにどこかで頭の中で理解してて、「自分が4年生になったときはこうなっていたいな」とか「こういうクラブになってほしいなあ」とか想像しながら3年間を過ごして、4年生の時に行動が変わっていくのかなと思う。

2019年1月、大学選手権優勝を決め、胴上げされる明大の田中澄憲監督(撮影・西畑志朗)

「学生時代に苦しさを乗り越えた同期は、一生の付き合い」

―チームのカラーに合わせるのも、ラグビーの一つの魅力でしょうか?

スタイルって大事だと思う。スタイルがないとやっぱ立ち返る場所がないし、自信持って「俺たちはこれで戦うんだ」っていうのってすごく大事。結局、リーグワンとか、昔のトップリーグとかもそうですけど、スタイルがあるチームが勝っていた。スタイルがないチームは、勝てない。僕は大学ラグビーでもそうだと思う。自分たちのスタイル、伝統を、しっかり前面に自信を持って出せるチームというのが強いのかなと思うし。

―スタイルは伝統によって積み上げていくものもあれば、4年間で仲間と一緒に積み上げるものもあると思いますが、キャプテンなどを経験された中で、仲間はどういった存在でしょうか?

大学ラグビーの、特に同期は、一生付き合う存在。ラグビーの練習とか伝統とかプレッシャーとかを共にした仲間だから、なおさら一生付き合える仲間になるんじゃないかなと思う。

社会出てからも仲間がいる。同僚とか、同じ部署の人とか。でも社会出たら一緒になることって絶対ないと思う。大学ラグビーとか高校ラグビーは、ちょっときつい練習して乗り越えたからこその信頼関係。僕らが社会出てから仕事で何か大きなものを達成してないからかもしれないけど、仕事仲間と泣きながら「よかったな」とか「悔しいな」みたいな経験ってないと思う。それは学生時代にしかできない。

社会人になっても、もちろんサンゴリアスってクラブにいるんで、そこでも同じように泣いたり悔しがったりとかしますけど、例えば営業の仕事をしていて同じチームでとか、その同じ部署で仲間たちと仕事で泣くかって言われると、多分泣かない。営業成績日本一取りました、って泣かないと思う。でも(サンゴリアスで)日本一取ったら泣くと思う。

「スタイルがないチームは勝てない。自分たちのスタイル、伝統を、自信を持って出せるチームが強い」

「大学ラグビーも改革は必要。でも伝統は大切にしてほしい」

―これからの大学ラグビーに期待することはありますか?

大学ラグビー含めラグビーの環境がこの何年かで大きく変わっていると思う。社会人で言うと、トップリーグからリーグワンっていうもっとプロフェッショナルなリーグになって、世界から現役で代表選手が来ているし。どんどんラグビーもレベルアップしてるけど、今の大学ラグビーには、それを追っかける風潮がある。日本のラグビーのことを考えたら、大学ラグビーも伝統だけに縛られるんじゃなくて、もうちょっといろんなことを改革する必要があるかもしれないけど、ただやっぱり僕はそうじゃない部分もすごく大事かなと。

大学ラグビーの魅力っていうのは、僕いつも「4年生のもの」と言うんですけど、4年生がさっき言ったような伝統をどう引き継いで、どういうクラブにしたいのかっていう思いがあって、その思いをその1年に込める中で成長している。そういう姿を見て、OBOGの人が感動したり、元気をもらったりする。それが大学ラグビーの一番の魅力だと思うからこそ、そこは変わってほしくない。もちろん改革が必要なものもある。世の中はどんどん変化していくので、変化に対応していくことも必要だと思うけど、やっぱりそういう部分は普遍的なものと思う。

(聞き手:慶應義塾大学蹴球部)

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