ラグビー

特集:大学から始まり世界へ 日本ラグビー125周年

早稲田大・相良南海夫元監督(中) 「荒ぶる」を目指した経験こそがエネルギーに

早慶戦への思い入れを語る相良南海夫元監督(インタビュー写真は提供・慶應義塾大学蹴球部)

「赤黒」「荒ぶる」は、早稲田大学ラグビー部にとっては、欠かせないシンボルです。今回は、選手、監督双方の立場で活躍した相良南海夫さんに、その二つが持つ意味について聴きました。赤黒を着る、荒ぶるを歌う、それ自体よりも大事なことを学んだと相良さんは明かします。

早稲田大・相良南海夫元監督(上) 仕事をする上でも染みついているラグビーの価値観
大学から始まり世界へ 日本ラグビー125周年
第101回ラグビー早慶戦

「荒ぶるは本気で向かうシンボル」

―相良さんにとって「赤黒」と「荒ぶる」とはどんな存在でしょうか?

赤黒を着ることは、誇りでもあり名誉でもある。赤黒を着た責任は、現役当時も当然、感じていた。「着られなかった人の分を背負う」という重みを感じたし、監督としてはメンバーを選ぶ側になる。好き嫌いで選ぶわけじゃないので、選んだ選手には、「その重みを感じてほしい」と、すごく思ったし、それだけ重い。代表になったという意味で、自信を持って欲しいと思っていた。

「荒ぶる」は・・・。僕は歌って卒業していない。卒業した時、なんとなく否定された存在というか、歌っていない世代だということが、「OBになった時に居場所が無いんじゃないか」とか、そういう気分になるぐらいの重しだった。

だけど、冷静に考えてみると、大学選手権は(早稲田大学は)16回しか優勝していない。確率で言ったら4年に1回歌えるか歌えないか。そういう意味だと、歌っていない事実よりも、本当に歌うためにどれだけ向き合ってきたか、努力を積み重ねたかということが大事。
歌えた世代は、めちゃくちゃ努力したかっていったら、巡り合わせもある。いい選手がいる時に大して努力もしないで取れたかもしれない。めちゃくちゃ努力したけど、慶応大学や明治大学、帝京大学が強すぎて取れなかった時もあるかもしれない。それはもう、勝負の世界の勝ち負けしかない。だから、荒ぶるに対してどれだけ本気で向かったかっていうことがすごく大事になる。そういう本気で向かうことができるシンボルという意味では、早稲田にとってありがたいものになっている。

僕は卒業する時に歌えなかったので「一生懸命やったけど駄目だった」と思った。後々、考えてみると「もっと、ここはできたよね」みたいな原因もあった。そういうことが、卒業後のラグビー以外の部分で、すごく役立っている。荒ぶるを目指した貴重な4年間の経験で、結果を得られたかどうかは別にして、「これじゃあ成し遂げられないよね」ということに置き換えられた。そのことが、今の人生の中ですごく大きな経験になっている。

20年1月、大学選手権優勝を決めて早大の選手たちといっしょに部歌「荒ぶる」を歌う相良南海夫さん(中央、撮影・西畑志朗)

「次の目標への頑張りにつながる」

―荒ぶると赤黒の重みを背負って、どういう風に成長するのでしょうか?

その時に成長するというよりも、結構、後で気づくことが多いのだと僕は思う。でも、学生時代とか、その一瞬一瞬は、その重みというよりも、ただ赤黒を着たいとか荒ぶるを歌いたいということに向かっているんじゃないかと思う。

その4年間の蓄積をもとに、リーグワンに行ったり、社会人になったりした時、次の目標に対する頑張り方につながるんじゃないかな。それが成長なのかなとも思う。だから、僕は荒ぶるを歌えなかったとか赤黒を着られなかったことは、それはそれで、荒ぶるを歌えたことよりも、実は貴重な経験だった。卒業した瞬間は、多分否定的になるけど、その先においては、もしかしたら成し遂げた選手より、すごくエネルギーになっている可能性はある。僕も歌ってないから、半分、負け惜しみもあるけど。だけど、そういう選手の方が次の成長の過程というか、エネルギーをもらっている気がする。

「早慶戦はとにかく負けられない」

―ちょっと、話題を変えます。相良さんにとって早慶戦とはどんな存在ですか?

ラグビーに限らず、どの競技においても早稲田と慶應はライバルだし、たぶん、一番最初に始まった定期戦みたいなところもあると思う。「とにかく慶應にだけは負けられない」という試合ですよね。伝統もあるし、すごく重いし、負けられない試合。相手が強いとか弱いとか、そういうことは関係ない。とにかく負けられない試合、もうそれに尽きる。

―慶応ラグビーは、相良さんにとって、どのように目に映りますか?

愚直だし、ひたむきだし、早慶戦に命を懸けている感じがすごく伝わってくる。狂気じみたところをすごく感じる。試合前と試合中、すごく怖さを感じることもある。普段、持っている以上の力が出るのが早慶戦というイメージがあるので、そういった意味での怖さ。

僕は、早大学院出身なので、高校の時から定期戦があった。周りは、「慶應は永遠のライバルだ」「慶應には負けるな」みたいな感じで。だから、その時は、ただただ擦り込まれたように「負けちゃいけない相手なんだ」と考えていた。「早稲田と慶應ってライバルだよね」という思いで戦っていたのが正直なところ。

大学選手権で優勝を果たした際、トロフィーを前に笑顔を見せる相良南海夫さん(撮影・福留庸友)

「早慶戦だけは、慶應が化ける」

だけど、監督1年目の早慶戦を迎えるにあたって、今までの歴史を振り返ってみた。その時は勝敗で、早稲田の貯金が50くらいあった。でも、早稲田の100周年にあたる早慶戦を迎えると、すごいプレッシャーがあった。

早慶戦の慶應は、普段以上に力を出して、命を懸けて戦ってくる。どんなに調子が悪くても、成績ではそんなに負けていなくても。そういうイメージが自分の中にあって、早慶戦3年間やっていて、その前だけは本当に何があるのか分からない。自分たちの方が相対的に見たら力はあるだろうと思っても、やっぱりすごく嫌だったし、早慶戦の前の学生に対するミーティングは、凄く入れ込んでいる自分がいた。「とにかく隙(すき)を見せたら駄目だ」とか、「実力だけじゃ分からないものがある」とか、そういう余計なこと言っていたなっていう気がする。
だから変に学生も意識させたというか、もしかしたら僕の学生時代と同様に、彼らもそんなに感じていなかったかもしれないのに、「慶應って怖いんだぞ」と、すごく言い過ぎちゃったかなっていう気がしている。でも、それぐらい分からない。慶應は、早慶戦だけは化けるんじゃないかっていうイメージがすごくあった。

「ルールが変わっても大事にしないといけない」

―昔と今で早慶戦の変わったところ、変わらないところを教えてください。

メンタリティーは、そんなに変わっていないのかもしれない。早慶戦の戦績は、今はどちらかというと早稲田がずっと連勝しているような状態。慶應が変に意識し過ぎて入れ込みすぎちゃっているのかもしれない。すごく愚直にタックルされたり前に出られたり、自分たちの良さを全面的に出される方が僕は嫌だと感じる。早稲田の人間としては、あまり言いたくないが、慶應には強みを思いっきり出された方が嫌だと個人的に思う。

―慶応の強みである愚直さなどを感じるのはどんな瞬間ですか?

突き刺さってくるようなところ、笛が鳴っても転がっているボールに遮二無二に飛び込んでくるところに感じる。早稲田もすごく大事にしているけど、そういうところに慶應らしさを感じる。そういう局面があらゆる場面に出てくると、やっぱり「すごく嫌だな」という気がする。

―相良さんが慶應の監督になった時には、その強みを出すように指導するでしょうか?

誰でも、上手い下手は必ずある。だけど意識すれば誰にでもできることをしっかりやらせることが大事。ラグビーの戦術など、色々なことが変わっても、早稲田と慶應が大事にしてきたことは、やっぱり大事な部分。絶対、変えちゃいけないこともある。ルールが変わっても一対一の勝負やコンタクトの局面は必ずあるので、そういう中で変わらない部分は、絶対ある。だから、特にセービングするとか、最後までサポートするとか、最後までバッキングアップするとか、笛が鳴るまでとか、そういう誰でもできることをしっかりやらせようとしてきた。

赤黒を着る選手も一番下の選手も、それは一緒。赤黒を着る選手は上手いから、そういうのをサボっても目立たないけど、そういうところをおろそかにしたら、しっかり「できていない」と指摘しないといけない。どんなに下手くそな選手でも、そういうことを練習や練習試合で一生懸命やっていたら褒めるとか、そういうことはすごく意識してやってきた。僕は慶應が大事にしていることは分からないが、それは早稲田も慶應も明治も、どこの大学も持っている。ジャパンでもリーグワンのチームでも、そういうことを徹底することは、すごく大事だと思う。

(聞き手:慶應義塾大学蹴球部)

in Additionあわせて読みたい