慶應義塾大・激動の4年間(中)村上健・根津拓斗「絶高の世代」を支えた2人のGK

この春に卒業する慶應義塾大学ソッカー部の4年生は、激動の競技生活を送ってきた。早慶戦勝利、3部降格、2部優勝、1部昇格――。幾多の栄光と挫折が詰め込まれた4年間。その間、同じポジションを懸けてしのぎを削った2人のゴールキーパー(GK)がいた。村上健(4年、國學院久我山)と根津拓斗(4年、慶應)。慶應大ソッカー部の4年生を3回に渡って取り上げる連載の「中」は、性格もプレーも全く異なった2人が縦横無尽に駆け抜けた4年間を振り返る。
それぞれの「期待」を背負って戦った3年間
全国大会の舞台を経験し、全国高校サッカー選手権では2年生ながら自らがPKキッカーとしてゴールを決め、名門・國學院久我山を3回戦へと導いた村上。一方、高校時代に全国のピッチを踏むことはなかったが、190cmを超える圧倒的な高さを武器に慶應義塾高で副将としてゴールを守った根津。異なるバックグラウンドを持ちながらも、それぞれが「期待」を抱き、慶大ソッカー部の門を叩いた。
村上は1年生ながら1部リーグの舞台で15試合に出場。10年ぶりの早慶戦勝利にも貢献した。根津は1年時には出場機会に恵まれなかったが、2年生にあがるとリーグ戦18試合に出場。長年憧れていた早慶戦でもピッチに立つなど、下級生ながら、2人はトップチームで経験を積んでいく。
しかし、3年生は、お互いにとって苦しいシーズンになった。村上は開幕前に膝を負傷。根津も開幕戦にスタメンで出場するも、シーズン途中にケガで離脱。村上は早慶定期戦で復活出場を遂げたが、その後ベンチに戻ることはなかった。村上はこの時を振り返って「自分の存在意義を何度も見つめ直した」という。高校時代からの同期であった山口紘生(4年、國學院久我山)が1年生のときからスタメンでトップチームの試合に出場し続けるなかで、公式戦に出場することなくシーズンを終えた。また根津もケガから復帰し、シーズン終盤には出場機会を得るも、自身のミスから失点。高校時代には主将としてチームを支えた茅野優希(4年、慶應)らが頭角を現すなかで、最後はベンチで2部昇格を見届けた。
2人の間に差した光と影
勝負の年となった4年。監督も変わった。慶應義塾大学在学時には7年ぶりの1部昇格に貢献した中町公祐(2009年卒)監督が就任。攻撃的なサッカーを目指す中町監督が、慶大ソッカー部に求めたのは「攻撃的なGK」だった。
「2部優勝、1部昇格」をスローガンに、4年ぶりの1部復帰に挑んだこのシーズン。開幕スタメンを勝ち取り、背番号1を背負ったのは村上だった。身長178cmとキーパーとしては高くない身長ながらも、エデルソン・モラエスをロールモデルに鍛え上げたビルドアップ能力を活かし、「攻撃の沸点」としてチームの攻撃をアシストする。第4節の早稲田大学戦ではハーフライン付近から直接ゴールを狙うと、ボールは相手GKの頭を越え、鮮やかにネットを揺らした。小学生時代から続けてきたというGKのポジション。GKとして初めてのゴールを、サッカー人生の最終年で、しかも早大戦という大一番で、村上は見事に成し遂げた。村上のプレーは慶大の超攻撃的なサッカーをまさに体現していた。

対する根津は、求められるプレースタイルに苦戦した。空中戦では敵なしの強さを誇るが、「ゴールを守る」だけではなく「攻撃を組み立てる」ことを求められる環境に戸惑った。「GKはゴールを守るポジションなのに、ゴールを開けなければならない。ビルドアップ中心のプレースタイルには苦戦しました」。従来のGK観が覆される日々。それでも、腐ることなく毎日地道に練習をこなしていった。
慶大は前半戦を2位で折り返し、迎えた8月25日。11年ぶりに国立競技場での開催となった第75回早慶定期戦。慶大の守護神としてゴールを任されたのは、ここまで全試合でスタメン出場していた村上だった。慶大優勢と思われていたが、試合が始まると早大ペースで試合が進む。1万人を超える観衆が見守るなか、1点、また1点と失点が積み重なっていく。根津はベンチから声を枯らすも、その声が届くことはなく、スコアは0-4で試合終了のホイッスルを迎えた。失意の中、誰よりも悔しそうな表情を浮かべていたのは、中学時代から憧れていた早慶戦のピッチに立つことすら許されなかった根津だった。

最後に見せた「4年の意地」
早慶戦では敗北したものの、「2部優勝、1部昇格」を達成するため挑んだ後半戦。前半戦に続いて、村上がスタメン出場を続けるも、第18節の法政大学戦で村上が肩を脱臼。ここまでリーグ戦出場がなかった根津にようやく試合出場の機会が巡ってきた。
第19節、宿敵・早大戦。根津は背番号21を背負い、ピッチに立った。苦手だったビルドアップに臆することなく、身長を活かしたダイナミックなプレーでチームを支える。得意とする空中戦では相手をもろともせず、勢いよくボールを弾き飛ばす。今季初出場とは思えない存在感を放った。試合は1-1の引き分けに終わるも、根津拓斗として神髄を感じさせるような一節だった。

慶大は、負ければ2部優勝が難しくなるとされた早大戦を引き分けでなんとか乗り切り、1部昇格を決めたのち、念願の2部優勝をかけて最終節の日本体育大学戦を迎えた。最終節のスタメンは根津。村上もケガから復帰し、ベンチでチームの行方を見守った。試合は拮抗した展開が続き、0-0で前半を折り返す。迎えた後半、ピッチには灰色のユニフォームをまとった背番号1の姿が。ゴールを守り続けた「剛健児」はここで帰ってきたのだ。試合はそのまま0-0で終了。慶大の「2部優勝、1部昇格」が確定した。

最強のライバルだった2人が後輩に残した未来の破片
お互いに境遇やプレースタイルなどは違いながらも切磋琢磨(せっさたくま)し高めあった2人。村上は根津について「本当に最強のライバルでした。身長という才能を持つ根津を見て、羨ましいと思うことも多々ありました。ただ、だからこそ、自分がどう戦うべきか、どう勝利に、チームに貢献すべきかを4年間365日考え続けるきっかけにもなった存在でした。そういった意味では根津には感謝しかないですね」と語る。
根津もまた、村上への想いを滲(にじ)ませる。「俺も健も、自分のことをあれこれ語るわけじゃなかったんですけど、一緒に練習していると、健の中にある強い芯を感じました。毎日、そばで彼の存在を感じながら、一緒に練習できたのは刺激的だったなと思います。間違いなく、最高のライバルでした」
時に泥臭く、時に青臭く、ライバルとして戦い抜いた4年間。前へ前へと進んでいく足音をお互いに聞きながら成長した。その姿、その背中は後輩にも受け継がれるだろうか。2人は、期待する新4年生に洪潤太(東京朝鮮中高級学校 / 三菱養和SCユース)をあげた。彼もまた荒鷲軍団の中で苦汁を飲んだGKの1人だ。偉大な先輩の背中を見続けた3年間。長年待ち続けた彼にもようやく出番が回ってきた。「絶高の世代」が刻んだ夢の軌跡。その未来の破片を拾い上げながら、1部の舞台で活躍してほしい。2人が歩んだスターダムの背中を追って駆け上がれ。
