陸上・駅伝

連載:M高史の陸上まるかじり

早稲田大学は選手自身が考える「大人のチーム」、戦力充実で駅伝シーズンの台風の目に

2025年の大学駅伝シーズンが楽しみな早稲田大学さんを取材させていただきました(箱根駅伝と学生ハーフを除きすべて撮影・M高史)

今回の「M高史の陸上まるかじり」は早稲田大学競走部の長距離ブロックのお話です。第101回箱根駅伝では総合4位。2月の日本学生ハーフマラソン選手権では工藤慎作選手(2年、八千代松陰)が1時間00分06秒の好タイムで優勝し、FISUワールドユニバーシティゲームズに内定しました。駅伝主将に就任した山口智規選手(3年、学法石川)がチームを引っ張るだけでなく、この春には超大型ルーキーも入学予定。2025年の大学駅伝界で台風の目となりそうな早稲田大学の皆さんを取材させていただきました。

駅伝主将が不在の中、トラック練習を引っ張ったのは

私、M高史にとって早稲田大学の所沢キャンパスは、学生時代に駒澤大学の主務として早稲田大学競技会に出場する選手の付き添いで伺って以来。実に18年ほど前になります。今回、取材に伺った日は前日に雪が降り、吐く息は白く、3月とは思えないような肌寒いコンディションでした。

この日はポイント練習で、ウォーミングアップを終えた選手の皆さんは、極寒の中でも走りやすい軽装に着替え、それぞれの練習メニューに向かっていきました。ハーフマラソンに向けた選手たちは、1周700mのロードでの練習。春からのトラックシーズンを見据えた選手たちはトラックを使ってのスピード練習となりました。

所沢キャンパス内のロードで練習を行う選手の皆さん。花田監督(手前)も雨の中、見守ります

トラックでは工藤選手や年始の箱根駅伝3区で快走を見せた山口竣平選手(1年、佐久長聖)をはじめ、主力メンバーや時期エース候補の皆さんが軽快な走りを披露。季節外れの寒さもあり、花田勝彦監督は「ラストを上げすぎないように」「競走しないように」と声をかけられていました。

少し離れそうな選手がいると、山口竣平選手が走りながら気合の入った声かけをする場面も。そんな山口竣平選手の姿を見た花田監督は「高校時代に優勝を経験しているので、優勝するチームの強さも知っていますし、どうしなければいけないのかも知っています」と高く評価されていました。

先頭を引っ張る山口竣平選手。後半、離れそうな選手に声をかける熱い走りでした

この日は不在だった駅伝主将の山口智規選手は、海外で武者修行中です。「山口智規の場合、競技能力が高いですし、大学2年生から海外遠征を経験しています。今回1人で飛行機に乗って、1人で移動して食事も自炊です。通訳もいないので言葉も自分で話さないといけないです。練習しているメンバーと英語での日常会話はだいぶできるようになってきたようです。強くなって帰ってくると思います」と花田監督。競技力だけでなく、人間的にも成長して帰国することを期待されていました。

M高史は都道府県駅伝で福島県チームのサポートをさせていただいており、2年連続で山口智規選手の付き添いを担当しました。今年は強い選手たちが前後にいてガンガン追いかけてくる中、クレバーな走りでチームは3位に。表彰台獲得に大きく貢献する快走でした!

山口智規選手、谷中晴選手も快走!全国男子駅伝3位の福島県チームをサポートしました
都道府県駅伝の福島県チームで2年連続アンカーを務めた山口智規選手。M高史も2年続けて付き添わせていただきました

3位が見えた箱根駅伝「悔しいという気持ちの方が大きい」

練習後には、花田監督にじっくりお話を伺いました。

――2024年度の3大駅伝を改めて振り返っていただけますか。

「7月からじっくり脚作りをして、すごくいい合宿ができました。ただ、その分、出雲駅伝は少し疲労が出て、チームとしては6、7割の力しか出せませんでした。全日本に向けては気持ちを引き締めて、目標の3位以内には届きませんでしたが、きっちりと後半上げていって5番に入りました。チームの持てる力の8割くらいは出せたと思います」

「箱根は1~3区をトータルで考えていて、4区をつないで、『5区の工藤で』と思っていました。1区が理想的な形で、2区の山口智規には気負いもあったと思います。2区の前半は運営管理車がつかないですし、車が追いついた時にはすでに5kmが経過していました。前半あれだけのハイペースで入ったら普通は後半に落ちますが、1時間7分前半の想定ギリギリのラインはクリアしてくれて、なんとか踏みとどまってくれました。3区の山口竣平は期待以上の走りでした」

「5区の工藤は年間を通して良かったです。夏以降もいい練習ができていましたし、普通に行けば70分を切れる状態だったところから、少し上乗せしてくれました」

「6区は夏から3、4人で準備していました。復路に4年生を4区間並べて、プレッシャーのかかる位置ということもあり、なかなか思うような走りができなかった選手もいましたが、それでも10区の菅野雄太(4年、西武文理)はきっちり走ってくれました。ホッとしたところもあったかなと思いましたが、3位が見えての4位だったので、チーム全体としては悔しいという気持ちの方が大きかったかなと思います」

4位で大手町のフィニッシュテープを切る菅野雄太選手(撮影・吉田耕一郎)

指示待ちの選手はいない、駅伝スタッフはアシスタントコーチの役割も

――運営管理車からの声かけを〝しない〟のが理想とお聞きしました。

「世界大会に行ったら監督がそばにいないので、自分でレースをマネジメントしなければいけない。運営管理車からはタイム差などを少し伝えますが、本来監督は見守っているだけ、というのが理想だと思っています。声かけが励みになる選手もいるので、基本的には本人たちをリラックスさせるような声かけをしています。ひょっとしたら箱根に勝つのであれば、もう少し戦略的な声かけが必要なのかもしれないですが(笑)」

――取材では「大人のチーム」という印象を受けました。

「主将の山口智規、主務の白石幸誠(3年、八幡浜)を中心に月に1度、学生でミーティングをしています。私が監督になった時から「毎日は来ないよ」という話をしていて、監督が見ていなくても自分たちが目的意識を持ってやることが大事という話はしてきました」

「あまり指示待ちの選手はいないですね。常に高いところを目指すという早稲田大学のカラーでもあります。練習は『設定タイムを守ろう』というより、『少しでも強くなろう』という意識が強いです。止めないとやりすぎてしまうので(笑)。どんどん強くなるためのアドバイスをこちらに求めてくれるのはうれしいですよね。箱根だけが目標ではなくて、その先を目指したいという選手が多いです」

練習を引っ張る工藤慎作選手(左)と山口竣平選手(右)

「専任のコーチがいない分、駅伝スタッフという立場で各学年の2、3人がマネージャー業や学生トレーナーをしています。選手からスタッフになるにあたって、補強トレーニングやケアなどを勉強してくれています。選手時代も真面目に取り組んできた子が多いので、ただタイムを計るだけではなく、下級生にストレッチやトレーニングを教えるといった『アシスタントコーチのようなことまでやってください』と伝えています。監督は私だけど、いなくても回るチームが理想です」

上武大学とGMOでの経験、どちらも生かせる

――トレーニングや取り組み方について教えてください。

「チームのレベルは確実に上がっています。学生ハーフで工藤がワールドユニバーシティゲームズ内定を決め、トラック種目でも今後、選ばれる可能性があります。9月の世界陸上も、入学予定の佐々木哲(佐久長聖高校3年)が3000m障害でチャンスのある位置にいますし、山口智規も5000m、10000mで選考対象の位置にいます。彼は精神的にも成長していますし、4年生になってどこまでいけるかですね」

「将来的に日の丸をつけられるような選手が入ってきますし、チームの取り組みも毎年レベルアップしています。来年ぐらいから、自分自身が現役の時にやっていたような質の高いトレーニング、海外のトップ選手がやっているようなトレーニングを採り入れたいです。やっとそれができる下地ができてきました」

「一方でベースを作らなければいけない選手たちもいるので、バランスをうまく取っていければと思います。自分の経験では、上武大学の時のように、ベース作りが中心のときもありましたし、GMOでトップ選手たちの指導もしてきました。両方の知識がある中、今はその真ん中のような早稲田を指導しているので、合っているかなと思います」

2月の学生ハーフで優勝し、FISUワールドユニバーシティゲームズ内定をつかんだ工藤慎作選手(撮影・井上翔太)

――クラウドファンディングをされたり、著書も書かれたり、色々な挑戦をされていますね!

「自分も大学3、4年のときに海外遠征を経験させていただき、『世界にはもっと強い選手がいる』とマインドセットすることができました。今の早稲田の選手にも経験させてあげたいと思い、クラウドファンディングを実施しました」

「2023年2月の第一弾では、2025万円もの寄付が集まりました。そのおかげで2023年9月には、プラハとコペンハーゲンに選手数名を派遣することができましたし、箱根駅伝に向けた強化合宿も充実させることができました。この2年でいただいた寄付をほとんど使ってしまったので、今後も強化を継続していく上で第二弾にチャレンジしているところです」

第二弾・早稲田大学競走部駅伝強化プロジェクト 箱根の頂点へ、世界へ

「書籍については小さい頃から本を出すのが一つの夢で、50歳を超えた今、これまで学ばせていただいたことを形に残したいと思いました。ほとんど自分の経験したことなので、自叙伝みたいになっていますが(笑)」

学んで伝える ランナーとして指導者として僕が大切にしてきたメソッド(徳間書店)

今年はトップ3が見える、目標は「優勝」

――今後の目標や目指すところを教えてください。

「能力ある選手には強くなるための環境作り、卒業してからさらに伸びるように、けがをしない体作りをさせてあげたいですね。監督に就任した当初は、以前に箱根で優勝した頃のメニューなど、かなりハードな練習をしていましたし、ウェイトトレーニングもやっていました」

「それをいったん白紙にして『まずは走ることをちゃんとやりましょう。次に走るための体幹の補強、ベースの補強をしましょう』と取り組んできました。徐々にけがが減ってきたので、就任2年目の後半からは、シューズを使いこなすためのウェイトトレーニングをやっています」

「次は自分の持っている力を生かすために、ランニングエコノミーを高めたり、プライオメトリクストレーニングをしたりといった段階に進んでいるところです。私が言わなくても、チームの中で結果が出ている山口や工藤らがそれぞれ考えてやっているので、良いお手本がチームにいるのはいいことだなと思いますね」

「今回の箱根が終わって、やっと上の3強が見えてきました。昨年までは周りから優勝と言われても、なかなか現実的に届かない位置でしたが、今年は少なくともトップ3が見えています。優勝を目標に掲げて取り組むのも大事ですので、1月3日の箱根駅伝が終わった後の関係者慰労会では『今年は優勝を目指してやります!』と宣言しました」

指導への思いを丁寧にお話してくださいました!

監督や学生さんからも「優勝」という言葉が自然と出てくる2025年の早稲田大学。3大駅伝はもちろん、トラックシーズンから注目です!

M高史の陸上まるかじり

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