ラグビー

黄金ルーキー、勝ちどきあげろ 慶應・山本

3回戦に1年生で唯一スタメン出場したFL山本(中央) (撮影・斉藤健仁)

大学選手権3回戦

12月16日@大阪・キンチョウスタジアム
慶應義塾大(関東対抗戦Aグループ3位)43-25 京都産業大(関西Aリーグ3位)

アタックよし、ディフェンスよし

タイガージャージーで名高い日本ラグビーのルーツ校に、「慶應の猛虎」と称される1年生FL(フランカー)がいる。それが慶應義塾大蹴球部(ラグビー部)の山本凱(かい、慶應)だ。

慶應は大学選手権の初戦で京産大と戦った。対抗戦で1試合以外はスタメンだった山本は、この日も先発15人中唯一の1年生として7番をつけた。

山本にとって初の大学選手権の舞台であり、しかも負ければ4年生が引退となる大事な試合。さすがのスーパールーキーも「めちゃくちゃ緊張しました」と打ち明ける。ただ、そんな弱気な言葉が嘘のように、この試合でもアタック、ディフェンスで前に出続け、チームを支えていた。

後半11分には21-20と1点差に迫られた。「チームの雰囲気はヤバかったですけど、ディフェンスで止められたのは大きかったですし、安心して攻められました」。後半20分、25分には大学選手権に向けて練習を重ねてきたモールで2トライを加え、京産大を突き放した。

「他の大学でも1年生から活躍している選手もいるし、試合に出れば学年は関係ないですから」と常々語っていた山本は、ラインアウトやスクラムといったセットプレーの前に率先して声を出す姿が目立つ。すでにリーダーの風格さえ感じさせる。副将でFWを引っ張るLO(ロック)の辻雄康(4年、慶應)は「大学のFLの中で一番強いと思います。発言を増やそうと思って、リーダーシップのところも先週からやってもらってます。彼がひとこと話すだけで、伝わり方が違います」と絶大な信頼を置く。

山本にはリーダーの風格も出てきた(中央) (撮影・斉藤健仁)

高校でBKからFWに

山本は玉川学園小学部1年のときにラグビーに出会い、小3から本学的に始めた。「ラグビー部のあるところに行きたい」と、中学から慶應に進学する。転機は高2のとき。「接点でスピードを上げられるのは天性のもの」と高評価していた慶應高の稲葉潤監督にCTB(センター)からFLへの転向を勧められて、そのままFWとなった。

神奈川県内に桐蔭学園というライバルがいたため、花園には出場できなかった。しかし個人としてはFLとして頭角を現し、U17、U18の日本代表、そして高校日本代表と順当に選出されて国際経験を積んできた。さらに体の強さが評価され、今年6月には飛び級でU20日本代表にも選ばれた。同世代のニュージーランド代表、オーストラリア代表、アイルランド代表などとも戦ってきた。

その経験はすぐに生きた。対抗戦が開幕し、相手にトンガ人留学生や4年生がいても、物怖じなんかしなかった。山本は「フィジカル的には問題なかったです。世界を経験していたので、大学でもいいプレーができてると思います」と、涼しい顔で語る。

中3で68kgだった体重は、高校を卒業するときには92kg、いまでは95kgとなり、すっかりFWらしい体つきになってきた。今年8月、2011年ラグビーワールドカップで南アフリカ代表を優勝に導き、現在はトヨタ自動車を率いるジェイク・ホワイト監督は筆者に「2023年のワールドカップで、日本代表になりそうな日本人のオープンサイドFL(7番)はいるか?」と聞いてきたが、答えられなかった。だが、いまではその一人として「慶應の山本です」と即答できる。

言葉より体で示す、と山本 (撮影・斉藤健仁)

好きな言葉は? と聞くと山本は「言葉よりも体で示したい」と語気を強める。試合前には「レッド・ホット・チリ・ペッパーズ」のロックを聴いて気合いを入れる。山本の名前は「戦いの勝ちどき」を意味する「凱」と書いて「かい」と読む。

12月22日、慶應は準々決勝で早稲田と再戦する。山本は自らのプレーでリベンジを果たし、まさに勝ちどきをあげられるだろうか。

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