逆転トライの早大・佐々木尚は信念と努力の男
大学選手権準々決勝
12月22日@東京・秩父宮
早稲田大(関東対抗戦Aグループ1位=2位扱い)20-19 慶應義塾大(同3位)
ラグビーの大学選手権では11シーズンぶりの早慶戦だった。ラストプレーでアカクロのジャージーに逆転勝利をもたらしたのは、この大一番で先発に起用された4年生WTB(ウィング)だった。
早稲田が12-7とリードして折り返した試合だったが、後半は動きのよくなった慶應が2トライを重ねて15-19と逆転。試合残り2分、早稲田はラインアウトでノットストレートの反則を犯し、慶應ボールのスクラムに。残り30秒、慶應はボールキープし、タッチに蹴り出せば勝てたはずだった……。
しかし、絶体絶命の中、早稲田のFW陣が踏ん張る。慶應のペナルティーを誘って命拾いした。ラストプレーを告げるホーンが鳴った。早稲田がラストチャンスを迎える。ミスや反則があればノーサイドとなる緊迫した状況。ただ早稲田は直前の1週間、選手たちの提案により、4点差で負けている状況を想定した練習をやっていた。その成果が出る。
ラインアウトからFWとBK一丸となってアタックを継続。23次攻撃でアドバンテージをもらう。24次攻撃は右に展開。最後はSO岸岡智樹(3年、東海大仰星)、WTB長田智希(1年、同)とつなぎ、最後は左サイドから右タッチライン際に回り込んでいたWTB佐々木尚(4年、桐蔭学園)へとボールが回り、タックルを受けながらも右隅に飛び込んだ。一瞬の間があったあと、レフリーの手が上がった。
持ち味のランで試合を決めた佐々木はトライシーンを振り返り「外が空いてたので、自分からコールしてボールを呼び込みました。あそこでまたタッチに出たりノックオンしたりしてしまうと、本当に自分のプレーで4年間が終わってしまう。本当に絶対取りきるという思いが強かった。4年生の思いをフィールドで体現できました」と、安堵の表情で話した。
早稲田が逆転勝利を収め、5シーズンぶりに年を越し、新年2日の準決勝進出を決めた。
腐らず準備
前半3分にも先制トライを挙げていた佐々木の起用は、抜擢に近かった。3年で先発の座を射止めたが、この秋は2年生のWTB古賀由教(東福岡)、さらにルーキーWTB長田、FB河瀬諒介(東海大仰星)といったU20日本代表経験のある下級生の台頭により、ベンチを温める時間が増えた。先発したのは対抗戦の成蹊大戦、青山学院大戦の2試合のみだった。
「ディフェンスからチームを作る」「実力主義」という指針を貫き、相良南海夫監督は早明戦では4年生を2人、この試合でも3人しか先発で使わなかった。大舞台で佐々木を先発させた理由を尋ねると「練習のパフォーマンスが非常に上がってました。早慶戦、早明戦とリザーブから投入されたときに、流れを変えるディフェンスをやってくれた。また彼は高校時代、慶應高に負けて終わってますので、それにかけたいと思いました。4年生の思いと彼のパフォーマンスのよさで起用しました」と説明した。
2トライを挙げただけでなく、この試合でも佐々木はタックルでも輝いた。前半11分には左サイドから右サイドまで戻って、相手WTBがトライする直前でタッチに押し出し、20分過ぎにも、頭を打つほどの激しいタックルで相手を止めた。何度も体を張った。
努力のたまものだった。
佐々木は振り返る。先発で出られなくなったあとも腐らなかった。早稲田は今年から流れて相手をタッチラインに追い込むシステムから、前に出て間合いを詰めて相手の判断の時間とスペースを奪うディフェンスに変更。それに対応するため、佐々木は海外のビデオを見てイメージをつくり、練習した。「成果が出たと思います」、佐々木は誇らしげに言った。
いつ試合に出られるか分からない中、準備も怠らなかった。中学から高校にかけて右ひざの手術を3度経験している佐々木は「人一倍努力をしないといけない」と日々の生活から意識していた。食べるものにも気を配り、毎日のように練習後にウェイトトレーニングを重ねて体脂肪率は一桁台をキープ。この日も朝6時半に起き、軽く筋肉に刺激を与えてから試合に臨んだ。キャプテンのFL佐藤真吾(4年、本郷)は佐々木について「130人の部員の中で一番ストイック」。相良監督も「ストイックでゴーイングマイウェイ」と評した。
4年前のリベンジ
また、「本当に思い入れがすごくある試合なので、先発できてよかった」と言うように、相手が慶應ということで試合前からリベンジに燃えていた。佐々木は神奈川の強豪・桐蔭学園高出身で、高3のときは、現在慶應4年の中心選手たちがいた慶應高に花園行きを阻まれていた。
「花園に出られず、すごく悔しい思いをしました」という佐々木は思いきった行動に出る。すでに慶應の総合政策学部のAO入試に合格していたが、それを辞退。「ジャージーを替えてリベンジするなら、やっぱり赤黒を着て早慶戦で慶應に勝って優勝したい」。昨年まで監督を務めていた桐蔭学園の先輩である山下大悟氏に声をかけられていたこともあり、社会科学部の自己推薦入試を受けて早稲田に入学。昨年も早慶戦に先発して勝っていたが、「それは先輩の代の実績なので、自分たちの代で先発して勝ちたかったです」と、4年前のリベンジを果たし、会心の笑みを見せた。
佐々木は6歳のとき、兵庫県の芦屋ラグビースクールで競技を始めた。中学2年時に東京に引っ越し、ラグビー部のある世田谷区の千歳中を経て、桐蔭学園高に進学。50m5.8秒の快足でトライゲッターとして活躍し、高校日本代表候補にも選ばれるほどだった。慶應の4年生たちとは中学時代から何度も、何度も対戦してきた仲だった。そのため、友人である慶應のキャプテンのSO古田京(慶應)らには「次も絶対に勝ってほしい」と言われたという。
早稲田の準決勝の相手は、再び対抗戦のライバルである明治となった。佐々木にとっては芦屋ラグビースクールの同期のFL井上遼(4年、報徳学園)や桐蔭学園高で同級生だったPR祝原涼介(4年)もいる。佐々木は「本当に手強い相手だと思います。早明戦で早稲田が勝っているので、相手がチャレンジャーとして来る。より一層強くなってると思いますし、それに負けないように準備していきたい」と、静かに闘志を燃やした。
好きな言葉は桐蔭学園時代のスローガンだった「初志貫徹」だ。佐々木は卒業後、ジャージーを脱いで銀行マンになることを決めている。「個人的な目標は達成できてうれしいですが、チームとしての目標は(日本一になったときにだけ歌う)『荒ぶる』を歌うことです。慶應の選手たちの思いも背負って優勝したい」。早稲田が10シーズンぶりの頂点に立つまであと2勝。自らの意地を通してまで早稲田に入った男が、高校時代に抱いた日本一という目標を自らの足とタックルで実現させる。