陸上・駅伝

特集:第95回箱根駅伝

東海大・小松陽平 「黄金世代」の影から光へ

小松の快挙を誰よりも驚いていたのが小松自身だった(撮影・藤井みさ)

第95回箱根駅伝

1月2~3日@東京・大手町読売新聞社前~神奈川・箱根町芦ノ湖駐車場入口の10区間217.1km
1位 東海大 10時間52分09秒(新記録)
2位 青山学院大 10時間55分50秒(新記録)
3位 東洋大 10時間58分03秒
8区区間賞 東海大 小松陽平 1時間03分49秒(22年ぶりの区間新記録)

箱根前の12月10日、東海大の両角速(もろずみ・はやし)監督は15kg減量し、「胴上げに備えてます」と話していた。1月3日、さらに2kg減量した両角監督は選手たちに支えられながら、大手町のゴールで宙を舞った。「監督を胴上げしたことがなかったので、軽くなったかどうかは分かりませんでした」と、主将の湊谷春樹(4年、秋田工)は笑みを見せた。第95回箱根駅伝で東海大は初めて総合優勝を果たし、2位には往路6位から追い上げた青山学院大、3位には往路1位の東洋大が続いた。

一気にしかけ、22年ぶりの区間新

往路は1位東洋大が5時間26分31秒、2位東海大は1分14秒差で5時間27分45秒と、2校ともに往路記録を更新。復路に向けて両角監督は前回も6区を走った中島怜利(3年、倉敷)に期待を込めた。青山学院大の小野田勇次(4年、豊川)が57分57秒の区間新記録の走りを見せたが、中島も区間2位でトップの東洋大との差を詰めた。7区の阪口竜平(3年、洛南)が東洋大と4秒差で8区の小松陽平(3年、東海大四)につなぎ、小松はすぐに東洋大の鈴木宗孝(1年、氷取沢)の後ろにつくと、しばらく併走してチャンスを待った。鈴木の苦しそうな顔を読み取ると、15km手前で一気にスパート。差はみるみる広がり、51秒差をつけて9区の湊谷に襷(たすき)リレーとなった。以降は首位を譲らず、箱根初出場の郡司陽大(3年、那須拓陽)が人生初となるゴールテープを切った。

小松と同じく3年で初箱根の郡司がゴールテープを切った(撮影・松嵜未来)

箱根の最優秀選手賞にあたる金栗四三杯には、4区館澤亨次(3年、埼玉栄)や5区西田壮志(2年、九州学院)も候補に挙がったが、1時間3分50秒の快走で区間記録を22年ぶりに更新し、総合優勝を大きく引き寄せた小松が選ばれた。「こんな光栄な賞をもらえるなんて。22年前はちょうど僕が生まれた年なので、何か縁があったのかもしれません」と小松は言った。

小松は今回が初の箱根であり、今シーズンは出雲も全日本もけがで走っていない。両角監督は小松を「高校時代はそれほど有名ではなく、附属高校から努力で上がってきた選手だった」と言う。「黄金世代」と評される東海大3年生の中で、館澤や鬼塚翔太(大牟田)、關颯人(佐久長聖)、阪口等の強烈な光の影にいた。ただ小松自身は「1~2年生のときは力の差があったんで全然かなわないと思ってましたが、3~4年生あたりから彼らと同じ、むしろ越えていく存在になりたいと思ってやってきました」と言う。目指していたところにやっと立てた。

主将の湊谷へ、小松はガッツポーズで襷リレー(撮影・松永早弥香)

「『黄金世代』を一緒に食ってこうぜ」

小松は小学校ではバスケ部で、札幌の厚別中学校でもバスケ部でシューティングガードだった。小学生のときには北海道大会で準優勝を果たしたが、中学校では札幌大会でベスト8止まり。そんな中、校内の陸上競技大会で1500mに出たところ、4分39秒で学校記録が出た。「バスケをやりながらだったのに。もしかしたら陸上のセンスがあるかも」と感じ、東海大学付属第四高校では陸上部に入部した。その頃の小松にとって箱根は「知ってはいる」程度だった。

高3の夏前には、鬼塚や關など強豪校からの選手が東海大に入学すると知った。そんな全国に知られた選手が自分の同期になることにプレッシャーがなかったわけではない。実際、5000mで13分台だった彼らに比べ、小松は14分20秒と力の差があった。それでも、1~2年目は力を蓄えて3~4年目で力を発揮できればと考え、自ら望んで東海大に進んだ。

スピードには自信があった。ただ、スタミナがなかった。両角監督にハーフマラソンやロードレースの実績がないと言われ、前回の箱根はメンバーから外された。奮起して練習に取り組んだものの、夏に左足首をねんざし、1カ月まったく走れなかった。左足首の強化のためにストレッチと筋トレを重ね、10月中旬に練習に合流。集中力が切れやすいところがあると自覚していたこともあり、とくにこの2カ月は練習1本1本に集中して取り組んだ。

小松はスタミナ不足を克服して箱根に挑んだ(撮影・松永早弥香)

そうした小松の姿に、両角監督は箱根にかける熱意を感じ、直前の合宿でも調子が良かったことを理由に、小松の箱根起用を決めた。小松はもともと10区を走る予定だったが、郡司の調子もよかったため、郡司は10区、小松は8区を走ることが12月28日に決まった。両角監督は今回の箱根に関して、「關は走れてましたけど、小松や郡司に比べると調子は悪かったので、実績はあるものの今回はメンバーから外しました。いままで私自身がタイムや実績にとらわれ過ぎていたところがあったので、今年はそういう考えはなくしました」と話している。郡司とは「『黄金世代』を一緒に食ってこうぜ」と話す仲だ。今回の箱根をともに走れることが楽しみだった反面、10区でゴールテープを切れることをうらやましく思っていたそうだ。いまは「8区でよかった」と笑う。

湊谷は小松のことを「『これぐらいの練習しているから本番はこれぐらいでくるだろう』という予想をいい意味で裏切って、期待以上の走りをしてくれる」と評価している。それでも「黄金世代」を差し置いて一気に脚光を浴びたシンデレラボーイっぷりに、一番驚いているのは小松自身のようだった。実のところ、走り終わった直後も自分が区間新記録を出したことを自覚しておらず、走り終わって着替えているときに携帯で中継を見て、「え? 区間新じゃん! うそでしょ」と思った。走っていたときはタイムを取っておらず、ラスト3~4kmあたりで両角監督に「おまえすごいぞ! 区間新いけるぞ」と言われたが、自分を元気づけるためのうそだと思っていたぐらいだ。

走り終わって小松は、改めて陸上の楽しさをかみしめている。大学進学の際、体育の高校教師を目指していたが、2年生の後期で単位を落として断念。いまは箱根で得た自信から、5000mや10000mで実業団を走り、2024年のパリオリンピックへ思いが湧いてきた。少しでも長く実業団で走り、ゆくゆくは指導者になれればと夢見ている。「いまの喜びを誰に伝えたい? 」と質問したら、「親です」と小松。今回の箱根には両親と兄、弟が沿道で応援してくれ、あすの4日には家族に会える予定だ。「直接会って『ありがとう』と言いたいですね」とはにかんだ。

両角監督はタイムや実績よりも、選手の調子のよさでメンバーを選んだ(撮影・藤井みさ)

両角監督は「追われる立場とは思ってません。総合では勝ちましたが往路優勝も復路優勝もしてないし、出雲、全日本をも勝ってるわけじゃないから王者ではない。『謙虚に、挑戦者としてやっていこう』と学生に伝えてます」と言う。来シーズンはいよいよ「黄金世代」が最終学年になる。小松や郡司たちもその輝きに加わり、東海大がどんなチームになっていくのか楽しみだ。

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