全身全霊で箱根にかける 慶大・鈴木輝(下)
連載「いけ!! 理系アスリート」の第8弾は、発足2年目の「慶應箱根駅伝プロジェクト」のメンバーである慶應義塾大学理工学部1年の鈴木輝(ひかる、浦和)です。鈴木は競走部に入って最初の夏合宿で、大いなる自信を得ました。
予選会はほかのレースとは違う
鈴木にとって初の夏合宿は、本当につらかった。序盤には山形の蔵王で500m×15の坂道インターバル。踏ん張っているわりに前に進まず、「こんなにキツい練習が続くのか」と、肉体的にも精神的にも参ってしまった。北海道で紋別の空港コースを使った30km走は、大学に入って最長の距離走だった。アップダウンがあり、日差しも強い日だった。その年の箱根駅伝で関東学生連合の一員として8区を走った根岸祐太(4年、慶應志木)に離されないよう必死に食らいつき、最後は根岸に励ましてもらいながら走り切った。練習後の昼食では、内臓疲労で食事が喉を通りにくくなるほどだった。
夏合宿では1日平均30km以上走り込んだ。いきなり練習量が増え、けがをしないか心配だった。実際、先輩や仲間の多くがけがを抱えていた。その中でも、鈴木は多少痛みが出ても長引くことはなく、継続的に練習を積めた。合宿に入るまで、レースは5000mにしか出ていなかったが、合宿での経験が自信になり、長距離に挑戦する意欲も湧いてきた。
そして迎えた昨年10月の箱根駅伝予選会。鈴木はメンバー表の抱負を記す欄に「全身全霊で走る」と書いた。どの大学も一段と気合いが入っていて、スタート前は、ほかの大会や記録会にはない緊張感が漂っていた。昨年、予選会は20kmからハーフマラソンの距離に変わり、鈴木は1時間7分9秒で254位だった。慶應のチーム内では5番目だった。満足のいく走りはできなかったが、これほどまでに絶え間なく応援を受けながらのレースは初めての経験だった。
箱根と言えば、3学年先輩の根岸が、自分が走ったときの経験をよく語ってくれた。沿道の応援が、とにかくすさまじいと。茅ヶ崎から戸塚まで走る8区でずっと左側から応援を受けていたため、根岸は左耳がおかしくなってしまった。根岸が走ったその瞬間、鈴木はセンター試験を直前に控えた受験生だったため、沿道では見られなかった。今年の箱根駅伝では、鶴見中継所に走路員として立った。
東大の近藤に心酔
鈴木には根岸ともう一人、尊敬するランナーがいる。今年の箱根駅伝で関東学生連合の1区を走った東大の近藤秀一(4年、韮山)だ。鈴木は高校のときからどうしても東大に行きたいという思いがあり、現役のときは東大しか受験しなかった。浪人しても東大志望を貫いた。浪人中はつらいことも多かったが、東大で陸上に取り組むのを夢見て、勉強に励んだ。東大陸上部長距離パートのブログを読んでは、モチベーションを高めていた。その分、不合格と分かったときのショックは大きかった。
近藤も鈴木と同じ理系。さらに浪人して東大を目指していたという点も同じだった。「近藤選手は自宅浪人をしながら陸上の練習もして5000mのベストを更新し、東大にも合格した。本当にすごい方だと思います」と鈴木。近藤は東大入学後も、学業と両立させながら科学的なトレーニングを中心に効率的に練習し、1年生のときから箱根の関東学連チームに毎年選出された。鈴木はそんな近藤を心から尊敬している。
長距離に向いた性格の持ち主
鈴木の現在の課題を慶大競走部長距離ブロックの保科光作コーチに聞いた。
「鈴木は堅実で真面目な選手です。派手さはないですが、一つひとつコツコツ積み上げられる性格で、けがが少ない。長距離選手に向いてる性格で、将来的に長い距離で活躍してくれるんじゃないかと期待しています。精神面が非常に強い一方で、体がまだまだ華奢(きゃしゃ)なので、そこを改善することが当面の課題です。それでも伸びしろを考えると、楽しみな選手です」
メンタルよりフィジカルの改善が課題だ。鈴木は上半身の筋力が総じて弱いので、朝練のあとの懸垂、練習の前後の腹筋、さらには合宿所の自室で体幹トレーニングにも取り組んでいる。
直近の目標は5月の関東インカレのハーフマラソンに出ること。3月10日の日本学生ハーフで、参加標準記録突破を狙っている。箱根駅伝に出ている大学は、関東インカレでも活躍している。箱根駅伝へのファーストステップとして、まずは関東インカレで戦える力をつけたいと考えている。
まずは関東インカレの1部復帰を
理工学部で学ぶので、学業と競技の両立の厳しさはこれからも続いていく。まだ自分の将来については漠然としているが、食品系の企業で働くのであれば、自分自身が陸上をしている経験を生かし、アスリートのパフォーマンス向上や疲労回復に役立つ食品を作りたいと考えている。また少子高齢化を受けて健康志向が高まっている中、それらのニーズに合った健康食品づくりにも関心がある。
勉強と陸上の両立を助けてくれるのは仲間たちだ。同じ1年の仲間からは、いい刺激を受けている。練習ではよきライバルであり、日常では陸上以外のことも語り合う。保科コーチは「全員が同じ釜の飯を食うこと」を理想に掲げ、全員ではないものの、多くの選手は合宿所で共同生活をしている。共同生活は難しい側面もあるが、ともにすごす時間が長い分、密度の濃いつき合いができていると、鈴木は言う。
慶大は昨年、関東インカレで2部に落ちた。種目の違いを越えて、多くの仲間たちと1部復帰を目指す。1年生の鈴木は個人としてもチームとしても、まだまだたくさんの試合に挑める。
箱根へつながると信じた道を、仲間とともに走っていく。