後悔のない人生を送るために 青学大陸上部元主務・髙木聖也6完
青山学院大学が箱根駅伝で初優勝したときの主務、髙木聖也さん(26)の「私の4years.」です。最終回となる6回目は、大学を卒業してからの学び、そしていま目指すものについて。
「伝説の営業マン」原監督の影響
大学卒業後は、それまでの私の人生の中心であったスポーツとは関連の薄い金融機関へ就職しました。就職活動をしているときは、明確に行きたい企業や業種があったわけではなく、漠然とサラリーマン、そして営業をしたいと思ってました。それも、いま振り返ると原晋監督の影響です。
ご存知の方も多いかと思いますが、原監督は選手を引退したあと、自称か他称かは不明ですが、会社員として「伝説の営業マン」と呼ばれるほどの働きをしたあとに、青山学院大学の監督に就任されています。会社員時代に学んだノウハウを生かした組織づくりを、就任当初からやってきたことで、現在は常勝とも呼ばれる組織をつくり上げています。
私の在学中は原監督がメディアへ出演される機会もほとんどなく、知名度も現在と比較するとそれほど高くなかった時期です。しかし当時から合宿の食事の際に、一人でお酒を飲みながら「いちどサラリーマンを経験していることが、俺の強み」「サラリーマン時代に学んだノウハウで組織づくりをしてる」「伝説の営業マンと呼ばれとった」といった話を、実際のエピソードを交えながら話して下さいました。そんな原監督の「武勇伝」に大きな影響を受け、社会人としての一歩を踏み出しました。
指導、指導、指導の日々
大学生活最後に箱根駅伝優勝という大きな目標を達成し、冷めやらぬ高揚感と多少の自信を持って始まった新社会人生活でしたが、最初の1年間は私の人生で最も指導を受けた、すなわち怒られた日々となりました。
指導を受けた回数は数知れず、理由もさまざまです。その中でも一番強く指導を受けたと記憶しているのは、お客さまからの依頼事項を「社内ルール」を理由に断った時です。確かに一般的な感覚からすると「ずれている」のはこちらのルールなのですが、自分が所属している組織のルールを優先しました。まさに原監督もおっしゃっていた「常識、当たり前を疑う」という姿勢が足りなかったのだと思います。「ルールや風土、伝統に従う」のは物事を判断する上で楽ですが、本当に正しい選択を自分で考えるのが大切と指導して頂きました。
「自分の名前で勝負しろ」
もう一つ、口酸っぱく指導されていたのが「会社の看板ではなく、自分の名前で勝負しろ」ということです。業種柄、営業先企業の担当者は社長や役員の方をはじめ、目上の方がほとんどでした。そんな中で入社したばかりの新人が面談時間を頂けるのは「それまでの担当者と会社の看板」のおかげ。そのことを理解した上で、お客様から「〇〇社の担当だから取引する」のではなく「髙木が〇〇社だから取引する」と思って頂ける関係を築け、という教えでした。
人と出会うきっかけは、所属組織や立場、人脈の影響が大いにあると思いますが、そこから先、いい人間関係を構築できるかどうかは自分次第だと思います。残念ながら原監督のように「伝説の営業マン」と呼ばれるような成績を残すことはできませんでした。しかし、いまも大切にしたいと思えることを「厳しい指導」によって気づかせてくれた当時の上司には感謝してます。
受けなかったら一生後悔する
2017年12月、社会人3年目も終わろうとしているころでした。充実した社会人生活を送れていたと思います。そんなとき、大学の1学年後輩であり、当時実業団に所属し初マラソンを終えたばかりの神野大地(現・セルソース)から「プロになりたいです。そのためにサポートをお願いしたいです」と連絡がありました。
都内で直接会って、プロになりたい理由やプランを聞いたうえで、その数日後「やらせてほしい」と返事をしました。決断したのは、神野の性格や競技に対する姿勢、ハーフマラソンで日本歴代8位(当時)という競技成績も一つの理由でした。でも、最も大きな理由は「受けなかったら一生後悔する」という感情的な部分だったと思います。
その後、具体的にどのように活動していくかを話しあったうえで、2018年4月の新年度初日に、勤務先へ退職の意思を伝えました。伝えた上司には初め慰留されましたが、私の意思が固いことを理解いただき、引き継ぎなどを終えて最終出社となった6月には、「応援してるからな」「食うのに困ったら連絡しろよ」と、背中を押して下さいました。
世界を目指すトップアスリートのコーチングとマネジメント、さらにこれまでの陸上界では例のない形での取り組み。当時もいまも不安がないと言えば嘘になりますが、「決断したからには覚悟を決めてやりきる」という思いで取り組んでいます。決断に対して「神野に人生をかけたんだね」と言われる方もいます。もちろん、彼からの依頼だからこそ決断できた側面はありますが、私の中では「自分が後悔のない人生を送るための決断」です。
「正しい努力」を積み重ねて
現在の最大の目標は「東京五輪に出場しメダルを獲得すること」。私たちの個人的な目標でもありますし、プロとして活動している以上は競技結果で示す、結果で評価されるという観点からも、必ず達成したい目標でもあります。その目標に向けてやるべきことは「正しい努力の積み重ね」のみです。信頼する「チーム神野」のメンバーやご支援頂いているスポンサー企業、そして応援して下さる皆さんも巻き込みながら、目標を達成したいと思っています。
一方で、人生100年時代とも言われる昨今、その100年をどのように生きるかという視点も持つべきだと思っています。従来の「マラソン選手」という枠に留まらない活動、挑戦をしていきたいと思っています。
最後になりますが、連載をお読み頂いた読者の皆さんと、連載の機会を頂いた「4years.」に感謝申し上げます。改めて「4years.」で貴重な経験や、いまも大切にしている学びを得ていたことに気づけました。
現役大学生アスリートの皆さんも、自分だけの「4years.」を存分に楽しんでください。