大学陸上・駅伝

連載:4years.のつづき

現役引退後、スプリントコーチという天職に巡り合った 秋本真吾・4完

Jリーガーの稲本潤一(右)に指導する秋本さん。300人を超えるトップアスリートへの指導歴をもつ(写真は本人提供)

大学生アスリートは4年間でさまざまな経験をする。競技に強く打ち込み、深くのめり込むほど、得られるものも多いだろう。学生時代に名をはせた先輩たちは、4年間でどんな経験をして、社会でどう生かしているのか。「4years.のつづき」を聞いてみよう。シリーズ8人目は、トップアスリートたちに走りの指導をするスプリントコーチの秋本真吾さん(37)。最終回は現役引退からスプリントコーチとして生きるまでの話です。

2012年の日本選手権を最後に、秋本さんは現役生活に別れを告げた。その時点で、セカンドキャリアの方向性は定まっていなかった。学校の教員、あるいはどこかの大学で陸上部のコーチになる。漠然とそう思いながらも、ほかにやってみたいことがあった。「スポーツ選手とか、子どもたちに走り方を教えることを仕事にできないかな」

経験を踏まえて指導、プロ野球選手の足を速くした

秋本さんがそう思ったのは、現役時代の出来事がきっかけだった。2011年にスポンサー契約を結んだ株式会社ペプトワンの担当者から当時、こんな相談を持ちかけられたという。「野球選手に走り方を教えることに興味はある? 」。ペプトワンを通じて打診してきたのは、同社の取引先だったプロ野球のオリックス・バッファローズ。大学院時代に陸上部のコーチとして指導経験がある秋本さんとはいえ、野球選手に走り方を教えたことはさすがになかった。ただ逆に、それが秋本さんの好奇心をかき立てた。「めっちゃやってみたいです!」。こうしてプロ野球選手への指導が実現した。

当時のオリックス・バッファローズは、盗塁成功率が12球団でワースト。その課題を解決するために、選手たちに走り方を指導してくれる人物を探していた。秋本さんは自らの成功体験に基づきながら、選手たちにトレーニングを課した。すると、みるみるうちに効果が現れた。

「事前に測定していた50mのタイムより、全員が0秒3から0秒4も速くなったんです。陸上選手にしか通じないと思ってた指導法が野球選手にも生きるんだ、と。これは発見でしたね。それで球団の方にはかなり気に入ってもらえて、キャンプにも指導に行きました」

プロ野球選手たちに成果が出る中で、秋本さんは自分の指導法に手応えを感じ始めた

反対されてもスプリントコーチに賭けた

それ以来、秋本さんの中にはある思いが芽生えた。速く走るために自分なりに培ってきた技術や経験、知識を、ほかのスポーツ選手や子どもたちにも落としこめるのでは——。現役引退のタイミングで、秋本さんはスプリントコーチになるために動いた。

だが、周囲の反応は冷ややかだった。そもそもスプリントコーチという職業自体が、秋本さんが確立する以前には存在しなかったものだ。秋本さんは言う。「まず、いろんな人に相談したんですけど、全員に反対されましたね。『そんなことやってないで、お世話になったスポンサーのところで恩返しとして働けよ』って言われることもあって……。スプリントコーチなんて職業はないし、そもそもやっている人がいるのか、と。絶対無理だよっていうのは、相談した人ほぼ全員から言われました」

スプリングコーチとして、小中学生にも指導している(写真は本人提供)

秋本さんはあきらめなかった。前例がないのに、あたかも決めつけられたかのように「無理だ」と言われるのに納得できなかったからだ。「スプリントコーチをやるのは自分だし、やってみてダメだったらそこで引き下がれたんでしょうけど……。スプリントコーチを職業にしてる人から『相当厳しいよ。覚悟決めてやらないとダメだよ』と言われるんだったらまだ分かるんですけど、もちろんすべて突っぱねるわけじゃないですけど、そうじゃない人に無理だと言われことで、逆にチャレンジする価値はあるよなって気持ちになれました」

これまでの競技人生でも、秋本さんは高い壁を幾度となく乗り越えてきた。だからこそ、何と言われようとスプリントコーチに人生を賭けてみたいと思った。

案の定、スプリントコーチとしての歩みは平坦なものではなく、いざ現場で指導してみると思い通りにはいかなかった。

「子どもたちに教えていても、みんなポカンと聞いてましたね。たとえばこれまでの競技人生で当たり前にやってきた練習があったとすると、それをなぜやる必要があるのか説明できないんですよ。誰かがやってたのを見て、その練習をしていただけだったので、指導者としてその理由を伝えることができなかったんです」

駆け出しのころは定期的な仕事はなく、ストレスから2度入院した。それでも秋本さんはへこたれず、いちど決めた道を愚直に突き進んだ。自らの存在を知ってもらうためにSNSを活用し、スプリントコーチとしての活動をフェイスブックやツイッターへ投稿。こうした地道な作業を続けていくうち「走り方を教えてくれませんか? 」との問い合わせが舞い込むようになった。軌道に乗るまでの地道な努力は、時間が経つごとに報われていった。

海外にも指導の目を向けたい

スプリントコーチという職業を確立させた秋本さんは、プロ野球選手やJリーガーなど300人を超えるトップアスリートを指導するまでになった。同時に全国各地で、子どもたちへの走り方教室も展開。現役引退後、それまで世に存在しなかった職業はいま、秋本さんにとって天職となった。

スプリントコーチとして、秋本さんは海外での指導も視野に入れている

今後の目標は、スプリントコーチとしての活動の幅をさらに広めること。国内にとどまらず、海外に指導の目を向けるのもそのうちの一つだ。その先に「誰もが走り方を理論的に学ぶ」時代が来ることを秋本さんは望んでいる。

「速く走るためにはどうすればいいのか。まずはその理論を知ってもらいたいです。単に腿(もも)上げが大事なんだと受け取るだけじゃなく、なんで腿上げをしなきゃいけないのか、なんでこの腿上げではダメなのかまで掘り下げてほしい。そうした思いからこのほど『一流アスリートがこぞって実践する 最強の走り方』(徳間書店)という本も出させてもらいました。そのメソッドさえ押さえておけば、誰でも速く走れるようになりますから」

幼稚園のころ、町民体育祭のリレーで父親がトップでゴールするシーンを見て走ることに興味を持ち、自分の足が速くなっていくことが楽しさに変わっていった。そしていま、その情熱はトップアスリートや子どもたちへと向けられている。人の足を速くして、その人の人生を豊かにするのが、生きがいになった。

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