青山学院大で突きつけられた実力差、それでもチームのために 佐々木クリス・2
大学生アスリートは4年間でさまざまな経験をする。競技に強く打ち込み、深くのめり込むほど、得られるものも多いだろう。学生時代に名をはせた先輩たちは、4年間でどんな経験をして、社会でどう生かしているのか。「4years.のつづき」を聞いてみよう。シリーズ9人目は、バスケットボールBリーグの公認アナリストで、解説者の佐々木クリスさん(38)。連載2回目は一般入試で飛び込んだ「最強」青山学院大学バスケ部での日々についてです。
「あいつはやめる」と思われたくなかった
各学年4、5人で構成される少数精鋭集団の青学バスケ部において、スポーツ推薦組と一般入試組の学生との実力差は歴然だった。男子バスケ部の部室は青山キャンパス体育館の地下にある。暗い階段を上り、練習するフロアに向かうときの様子を、佐々木さんは「1歩ずつ足の裏を階段からはがしながら上った」と表現する。毎日、練習前は吐き気におそわれた。「スリーメン」という基礎練習ですら、先輩たちのレベルについていけず、ミスを連発。自信のあった筋力トレーニングでも「お前は見た目だけだな」と笑われた。
ハードな日々だった。自宅から2時間かけて神奈川県厚木市内のキャンパスに通い、東京・青山キャンパスに移動して夜10時ごろまで練習。1日の移動時間は6時間半に及んだ。帰宅するころにはいつも、日付が変わっていた。
1年生の5月初旬、ついに佐々木さんは限界に達した。熱が下がらず、食事もほとんど摂(と)れない。1週間ほど自宅で静養することを余儀なくされたが、不思議とバスケ部をやめたいとは思わなかった。逆にチームメイトに「あいつはやめる」と思われるのが嫌で、フラフラの体で体育館に足を運び、現状を監督に報告した。
体調が回復し、ほどなくしてシーズン最初の大会となる関東大学選手権を迎えた。青学は破竹の勢いで勝ち上がり、応援席にいた佐々木さんもテンションが上がった。髪を刈り込み「必勝」「優勝」の文字を浮かび上がらせ、大声で応援した。青学はこの大会で初優勝を飾った。「このチームは日本一になれるチームなんだ。自分も続けていれば、それを実現できるかもしれない」。日本一を目指せるチームでプレーしたいとの思いで青学に進学した佐々木さんにとって、大いに勇気づけられる優勝だった。
必死に食らいつき、チームのために尽くす
佐々木さんと同じく一般入試で入部し、力を発揮していた2学年先輩の竹田謙さん(現・横浜ビー・コルセアーズ)の存在も大きな励みだった。「一つ上には一般生がいなくて、退部したと聞いてましたし、僕を含めて4人いた一般生の同期のうち、1人はすでに退部してました。もし自分たちが全員退部してしまったら『やっぱり一般生は無理だな』と思われてしまう。そういう責任感もあって、残った2人とは『がんばろうぜ』と励まし合ってましたね」
「自分の能力は明らかに足りてない。周りをどうやって生かし、サポートするかを考えよう」。入部直後のショックから頭を切り替えた佐々木さんは、誰よりも声を出しながら練習に取り組み、雑用も率先してこなした。そんな姿勢は、次第に上級生からも好感を持たれるようになった。佐々木さんの1学年先輩にあたる佐藤賢次さん(現・川崎ブレイブサンダースヘッドコーチ)は、こう証言する。
「推薦組との実力差に気持ちが引いてしまう一般生が多い中、クリスにはそれがまったくなかったですね。一般生が嫌がる『声出せ! 』とか『走ってこい! 』なんていう体育会のノリも平気でしたし、めちゃめちゃキツい練習にもついてきてました。実力的には少し苦しかったかもしれませんけど、それでも必死に食らいつこうと努力してました。人間として、いまだに尊敬してます」
チームの仲間たちに守られているという安心感
佐々木さんはことあるごとに上級生から食事に誘われるようになり、実業団に進む4年生とは自主トレーニングのパートナーとして親しく付き合うようになった。練習前の吐き気は、いつしかなくなっていた。
アメリカ人の母を持つ佐々木さんにとって、部活やチームという「集団」は、幼少期から自分を救ってくれた大きな存在だった。「当時はまだハーフが珍しくて、街を歩いてるときに周りを見渡すと、外国人に見えるのは僕と母くらいでした。そういう状況にあって、スポーツの仲間たちは常に自分を守ってくれたんです。そんなときに感じた一体感や兄弟愛のようなものは、僕にとってとても大切でした」
上級生たちとの触れ合いの中で、青学バスケ部もまた、佐々木さんにとって確固たる居場所となった。「先輩のために全力を尽くしたい」。佐々木さんにはそんな気持ちも芽生え出していた。
結局、佐々木さんを含む3人の同期の一般生は、バスケ部員としての学生生活を最後までやり抜いた。「監督に直接聞いたわけではないんですけど、そこから『一般生をとるのも、なしじゃないよね』っていう風潮になったみたいですよ」。佐々木さんはそう言って、誇らしげに笑った。