早稲田ラグビーのそばにAOYAGIあり 「生姜焼&目玉焼」はバランス抜群
早稲田大学ラグビー蹴球部のある選手に「グラウンドの近くでよく行く飲食店あります? 」と尋ねて、真っ先に返ってきた店名が「AOYAGI」だった。西武新宿線「上井草駅」徒歩1分。早稲田ラグビーのグラウンドからだと徒歩4分。内観、外観ともに“ラガーマン御用達”の店にしてはちょっとかわいらしいレストランだ。「ここは早稲田の第2食堂ですか? っていうぐらい、大男たちで埋まることもあるんですよ」と、店員の小菅有子(ゆうこ)さんはうれしそうに教えてくれた。
選手が4人以上で来店した瞬間、炊飯器に着火
もともと有子さんの義理の祖父である小菅繁雄さんが経営していた和菓子店が、いまのAOYAGIの場所にあった。前回の東京オリンピックが開催された昭和39(1964)年、有子さんの義理の母である小菅洋子さんが、和菓子店をおしるこを出すお店にシフト。店はさらに子へと受け継がれ、いまはAOYAGI2代目の有子さん夫婦が切り盛りしている。
AOYAGIと早稲田ラグビーの縁は2002年、彼らの練習グラウンドが西東京市東伏見から杉並区上井草に移転してからのこと。当時の主将で前監督の山下大悟さん(現・日野レッドドルフィンズBKコーチ)の祖母がなんとも偶然に上井草でパン屋さんを開いていた。その店の常連客だった繁雄さんの奥さんが山下さんの話を聞き、チームを応援したいという気持ちからラガーマンを受け入れてきたという。
選手たちはオフや寮での食事がない日は、こぞってAOYAGIを訪れた。ラガーマンに人気のメニューを尋ねると、「一人ひとりに自分の好きなメニューがあるんですよ」と有子さん。だから選手がお店に入ってくると、たとえば「あの子はオムライスだったな」と、オーダーの前から準備に着手することもあるそうだ。
好みはさまざまでも、選手たちに共通しているのはたくさん食べること。通称「早稲田盛り」というのがある。早稲田の選手たちがライスプレートの大盛り(プラス110円=価格はすべて税込)をオーダーすると、普通盛りの約3倍の「早稲田盛り」になる。ラガーマンが4人以上で来店した瞬間、すかさずガス炊飯器の火を着ける。「だんだんと私たちもどのぐらい盛ればいいのか分からなくなっちゃって、普通の大盛りもいつの間にか増えてしまってるんです。だから選手じゃないお客さんに『ちょっと多いんじゃない? 』って笑われちゃうこともあるんです」。有子さんが楽しそうに話してくれた。
37cmもの巨大プレートにライスの山
ラガーマンの一番人気は大盛り仕様の「生姜(しょうが)焼&目玉焼」(1100円+ライスプレート大盛り110円)。37cmもの巨大プレートに、生姜焼きが4枚、キャベツとトマトとキュウリのサラダに目玉焼き。そしてこんもりと盛られたライスが鎮座している。写真だとお皿が大きいので分かりにくいかもしれないが、1.5合はありそうだ。さらに味噌汁とオレンジジュースがセットになっている。
ライスは無料でバターライスに変更可能。私は「だったらバターライスに」と思ったが、「選手は脂分を気にしてライスのままなんです」と言われ、彼らの自制心にならってグッと堪(こら)えた。有子さんが「あっ、お水もそうだ」と言うと、店員の方が小さいコップからロングサイズにチェンジ。ラガーマンへの細かい心配りを感じた。
生姜焼きには継ぎ足しのタレを使っており、生姜の利いたやや甘さ抑えめの味わい。やわらかい豚肉をライスとともに食べれば、誰もが思わず笑顔に。ただ、これだけの量のライスだ。目玉焼きを崩して一緒に食べても余ってしまうので、野菜も食べつつ、味噌汁も飲みつつと、バランスをとりながら食べるのをお勧めしたい。
「生姜焼&目玉焼」が彼らに人気なのは、栄養バランスのとれた組み合わせゆえのこと。肉も野菜も卵もしっかり摂(と)れ、さらにオレンジジュースでビタミンCも補給できる。教育学部数学科4年の「理系アスリート」でもあるSO(スタンドオフ)の岸岡智樹(東海大仰星)も、この「生姜焼&目玉焼」を愛してやまないひとりだ。ちなみに主将のSH(スクラムハーフ)齋藤直人(4年、桐蔭学園)は最近、「とりてりやき丼」(1010円)を「皮なし」でオーダーするそうだ。そんな齋藤のため、肉の大きさも少しアップさせているという。
現日本代表につくった特製朝食、敗戦の涙もAOYAGIで
有子さんに「いまも記憶に残る選手はいますか? 」と尋ねたところ「み~んな覚えてますよ。卒業した後も『これから結婚します』『子どもが産まれました』って報告に来てくれるし。どの代にもそれぞれの思い出があります」と語ってくれた。
たとえば日本代表のFL(フランカー)布巻峻介(現・パナソニックワイルドナイツ)はその昔、開店前の早朝に従業員の出入り口をドンドンとたたいては「何か作ってください」とお願いしてきたという。有子さんは私服で仕込み中だったが、おなかを空かせた布巻を思って「ライスとパン、どっち? 」と尋ねて“朝食セット”を作った。もちろん、AOYAGIにそんなメニューはない。ライスだったら山盛りライスに生卵に残りものの煮物などを添えて、パンだったらトーストにサラダにハムエッグなどを添えて。そんなスペシャル朝食をおいしそうに食べていたそうだ。
うれしいときも悲しいときも、選手たちのそばにはAOYAGIがあった。例えばLO(ロック)の桑野詠真(えいしん、現・ヤマハ発動機ジュビロ)は試合で大敗したあと、開店と同時にひとりでAOYAGIを訪れては隅っこの席に座り、泣きながら何かを書いていた。「きっと試合を振り返って、次はどうしようと考えてたんだと思うんですよ。さすがにそんなときは声をかけられないんで、そっと見守ってました」と有子さん。逆に試合に勝ったときは仲間を引き連れ、肩で風を切って歩くから、すぐに分かるという。そんなときは「勝ったの? よかったね~」と声をかけ、選手たちをたたえた。
元旦に気前よくごちそうして負けた……
AOYAGIの店先を改めて見てみると、早稲田のラグビージャージの胸に描かれているのと同じ稲穂がデザインされており、スタッフの制服もエンジだった。この稲穂はたまたま一緒になったそうだが、制服の方は5~6年前にリニューアルした際、スタッフの満場一致で選んだ色だ。選手たちも「俺たちと一緒だね」と喜んでくれたという。上井草の商店街にはAOYAGIだけでなく、いたる所に早稲田ラグビーのフラッグが掲げられている。「上井草はアニメとラグビーの街だから、街のみんなが早稲田を応援してるんですよ」。有子さんは誇らしげに言った。
そんな有子さんには、ひとつの後悔がある。昨シーズン、早稲田は大学選手権で5シーズンぶりの“年越し”を決め、今年の1月2日に明治との準決勝に臨んだ。当時の3年生メンバーたちはここぞという試合の前にAOYAGIを訪れ、試合に勝ち続けていたという。そして明治との決戦前日の元旦、AOYAGIは正月休みに入っていたが、明治に勝ってほしいという気持ちを込めて彼らに料理をふるまい、「営業日じゃないから」と代金をもらわなかった。翌日、早稲田は27-31で敗れてしまった。「あのとき、ちゃんとお金をもらってたら違ったのかもしれない……」と有子さん。今シーズンは何があってもお金をもらうつもりだ。
もちろんAOYAGIは早稲田ラガーマンに限らず、子どもから年配の方まで、幅広い年齢層の人たちを温かく迎えてくれる。実際、取材で訪れた平日の午後3時には、年配のみなさんがお茶をしながら世間話に花を咲かせていた。上井草で試合があるときには、応援に駆けつけた選手の家族がAOYAGIで選手と待ち合わせをして、一緒に食事することもある。
そんなAOYAGIの“元気メシ”をいただけば、誰だって今日も一日頑張れそうだ。