ラグビー

連載:いけ!! 理系アスリート

高校3年間オール5でラグビー3冠の主力に 早大教育学部数学科・岸岡智樹(上)

6月30日の関東大学オールスターゲームで岸岡はMVPに輝いた(撮影・谷本結利)

連載「いけ!! 理系アスリート」の第16弾は、早稲田大学教育学部数学科4年生で、ラグビー蹴球部のSO(スタンドオフ)として活躍している岸岡智樹(東海大仰星)です。早稲田ラグビーで、理系の学部・学科の選手は多くても毎年2、3人だけ。2回の連載の1回目では、大学ラグビー界のトップ選手の一人である岸岡が、なぜ理系に進学することになったのか。高校時代の話を中心にお届けします。

ラグビー界のスター街道まっしぐら

岸岡は身長173cmと決して体は大きくないが、パス、ラン、キックのスキルがいずれも高く、ゲームメイクにも長けたSOとしてスター街道を歩んできた。東海大仰星高3年生のときに「高校3冠」を達成。U20日本代表などユース世代の代表に選ばれ続け、進学した早稲田でも1年生から10番をつけ、ゲームをつくってきた。

昨年度の関東大学ラグビー対抗戦Aグループで、早稲田は8年ぶりに優勝した。岸岡は早慶戦で55mの先制ドロップゴールを決め、ラグビーファンを驚嘆させた。今年6月の関東大学オールスターゲームでも対抗戦選抜に勝利をもたらし、MVPにも選出された。

岸岡は教育学部数学科で学び、教職課程もとっていたため、平日は毎日朝から夕方まで授業に出て文武両道を貫いてきた。昨シーズンは土曜日の午前中にも授業があったので、チームは岸岡抜きでは試合前日の準備ができない、と練習を午後に持ってきていた。

相良南海男監督が「あまり『やってます』というように努力を表に出さないタイプ」と評する岸岡。彼はなぜ、比較的時間の融通が利きやすいスポーツ科学部や文系学部ではなく、私立理系の3教科受験で最難関の一つである早稲田の教育学部数学科に進学したのか。

ゲームをつくるのが岸岡の役割だ(撮影・斉藤健仁)

頑張った高校時代の定期テスト

岸岡は幼いころから平日に剣道やピアノを習っていた。小5から、看護師だった母の勧めで土曜日は地元の陸上クラブに参加し、日曜日は大阪の枚方ラグビースクールに通った。枚方市立蹉跎(さだ)中学校に進学し、部活でラグビーに専念した。

岸岡は中学時代、そこまで目立った選手ではなかったという。ただ大阪選抜のBチームに呼ばれたことはあった。地元の強豪である東海大仰星高(現・東海大大阪仰星)に誘われて進学した。中学時代の顧問の黒田義則先生が東海大仰星のOBだったことも大きかった。

勉強の方はどうだったのか? 「中学時代の成績はほとんど覚えてないんですが、中の上ぐらいだったと思います。生徒が1000人を超える中学校だったので、もっと勉強ができるヤツもたくさんいましたね」と、謙遜気味に話した。

高校に入るころには「大学でもラグビーを続けるのなら、やっぱり強豪チームがそろう関東へ進学した方がいいのかもしれない」と思うようになっていた。東海大仰星から関東の大学への指定校推薦枠はそう多くはなかったが、評定平均は高ければ高いほど有利だろうと考えて、定期テスト前にはしっかり勉強した。結局、成績は3年間ずっとオール5を貫き、学年トップクラスをキープした。

2年生になると、英語より数学が得意だったこともあり、特進科の理系コースに進む。全国トップクラスのラグビー部に、特進科は毎年数人しかいない。

そんな中、1学年先輩のWTB小原錫満が、東海大仰星のラグビー部員としては初めて慶應義塾大学総合政策学部にAO入試で合格した。岸岡は「おまえも小原に続け」と言われたという。大阪に住んでいたこともあり、早慶は遠い存在だったが、漠然と「僕も慶應に進学できたら」と思うようになっていた。

MVPの副賞を手に、苦笑いでスピーチ(撮影・谷本結利)

次期監督の勧誘受け、早稲田のAO入試で「2勝1敗」

高校2年生の3月、京都で開かれていた近畿大会に、翌年から早稲田大ラグビーの監督になるのが決まっていた山下大吾氏がやってきた。山下氏は岸岡に「ぜひ早稲田に来てほしい。AO入試なら教育学部、社会科学部、スポーツ科学部と3回受けられるから」と声をかけた。

岸岡が高3のときは2015年のワールドカップイヤーであり、当時のラグビー日本代表にはFB五郎丸歩、PR畠山健介、WTB/FB藤田慶和(当時4年生)と、早稲田の関係者が多く、「日本代表選手をたくさん出してる大学なら、ラグビーに取り組む環境もいいはず」と、志望校を早稲田に絞った。

秋にあった早稲田のAO入試の結果は「2勝1敗」だった。理系だった岸岡は、社会科学部は“社会”という響きだけで何となく敬遠してしまった。そして「中学、高校で恩師に出会えたので、教職にあこがれもありました」と、教育学部に進学することを決めた。学科を選ぶとき、高校の湯浅大智監督に「英語と数学どっちがいい?」と聞かれ、「英語は苦手ですけど、数学はできます!」と、あまり深く考えずに答えてしまった。

当時は花園を控えた時期でラグビーに集中していたこともあり、学科選びは監督にほぼ一任してしまっていた。結局、教育学部数学科に進学することになるが、それが大学進学後に大きな後悔につながるとは、そのときは想像すらしなかった。

昨年度、創部100周年を迎えた早稲田大学ラグビー部の長い歴史において、教育学部数学科の選手は岸岡が2人目である。

教師になることにもあこがれがあった(撮影・斉藤健仁)

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