明大、駒大の体育会学生御用達、お好み焼き「まや徳」の温もり
京王線の仙川駅から徒歩5分。「お好み焼」の赤提灯、さらに「とりあえず にしさん!? 」という謎ののぼりが見えたら、そこが広島風お好み焼き「まや徳」(東京都調布市)だ。店内にはプロ野球選手などのサイン色紙がびっしり。それもそのはず、明治大と駒澤大の野球部員が足繁く通うお店であり、今日では仙川にも近い八幡山を拠点とする明大のラグビー部やアメフト部の学生も訪れるそうだ。
にしさん、お好み焼き、にしさん
まや徳は1988年(昭和63年)12月の創業。熊本出身の竹中好徳(よしのり)さんと、大阪出身のまやさん夫妻が切り盛りしている。店名の「まや徳」は、二人の名前を合わせて好徳さんがつけた。広島風お好み焼きの店にしたのも「広島は熊本と大阪のちょうど真ん中ぐらいだから」と好徳さん。その発想からして親しみを感じてしまうが、加えて「東京の人にとって、広島風はどこか懐かしいものに感じてもらえるんじゃないかって思ったんですよ」という言葉もあったかい。鉄板を囲んでみんなが帰って来られる温かい場所になればという思いも、きっとそこには込められているのだろう。
営業時間は午前11時~午後11時で、定休日は月曜日。取材で訪れたのはランチタイムを過ぎた時間だったが、ちょっと早い一杯をひっかけるお客さんもいた。ふと見ると、お店の端で好徳さんが電話をかけていた。聞けば、最近姿の見えない常連客が心配で電話したとのこと。ここはただの飲食店ではない。そんな思いを強くした。
学生たちが好むメニューをまやさんに尋ねたところ、「とりあえず『にしさん』(350円=価格はすべて税別)ですね。それからお好み焼きを1人1枚ずつ。中には〆にも『にしさん』を頼む子もいますよ」とのこと。この「にしさん」というメニューは、お好み焼きの生地に豚肉とチーズ、ネギ、ニンニクをのせて巻いたもの。その昔、仙川に住んでいた西さんの要望で作り始めた裏メニューだったが、店内に漂うニンニクの匂いにやられた学生たちが「僕もあのメニューが食べたい!! 」と言い出して“レギュラー”に入った。
ほかにも常連客の名前に由来するメニューがいくつもある。その一つである「なべちゃん」(400円)は、まやさんが試しに作っていたメニューを気に入った、明大野球部だった渡辺さんの要望でレギュラー入りしたものだ。餅に豚肉を巻いて醤油で味付け。餅でもっちり、豚肉でカリッ。食感の対比がたまらない。
うどんとそばの“ちゃんぽん”がオススメ
お好み焼きはプラス100円で大盛りにできる。もちろん学生たちは大盛りをチョイス。「せっかくなら“ちゃんぽん”はどうですか? 」とまやさん。うどんとそばを1玉ずつミックスするのだ。今回私がオーダーした「海賊」大盛り(1100円)は、たっぷりのキャベツとモヤシ、イカ、エビ、豚肉、うどんとそば、最後に卵。食べやすいように切り分けてもらい、ソースをたっぷり。鉄板の上でソースがジュージューと音を立て、おいしいに違いない匂いが、店じゅうに広がる。仕上げに青のりとネギ、紅しょうがをのっけて完成だ。
キャベツにはシャキシャキとした歯ごたえがしっかりとあり、どこを切り取ってもイカとエビが飛び出してくる。とろっとしたうどんが、またいい。ただ「にしさん」と「なべちゃん」をいただてからの「海賊」大盛りだったため、さすがに食べきれなかった。「お持ち帰りもできますよ」と声をかけてもらえたので、半分ぐらいを持って帰った。
「そばめし」(750円)もあり、これをベースにした「駒大ライス」(900円)という裏メニューもあるそうだ。駒大野球部の学生が「チーズを入れて大盛りにしてくれませんか? 」と要望したのをきっかけに生まれたもので、大盛りにして卵を2個のせて、さらにチーズがプラスされている。「隣で見ておいしそうだなって思ったんでしょうね。『僕たちもあれ食べたいんですけどいいですか? 』って、明治の子が言ってくることもありましたよ」。まやさんが笑いながら教えてくれた。もちろん、駒大生でなくても注文できるのでご安心を。
プロになっても来てくれる
おなかがいっぱいになったところで、あふれるほどに飾られたサイン色紙について質問した。中には明大と駒大野球部の優勝記念の写真もある。これらはすべてまや徳の常連となった選手や監督たちが寄贈したものだそうだ。よく見ると、明大と駒大出身のプロ野球選手のものがほとんどで、荒木郁也(ふみや、明大、現・阪神)が2010年秋のドラフト会議で指名された喜びとともに書いたサインもある。
荒木は今年のGWにも来店し、とくに示し合わせたわけではなかったようだが、GW中には新井良太(駒大、現・阪神2軍打撃コーチ)や髙山俊(明大、現・阪神)もそれぞれ来てくれたそうだ。「プロになって東京を離れても、東京に来ることがあれば寄ってくれるんですよ」と、まやさんはうれしそうに話してくれた。「明大や駒大からプロ野球にいった子は、ほぼみんなうちに来てくれてるんじゃないかな」と、好徳さんも自慢げだ。
明大野球部1年生が最初の学生アスリート客
駒大野球部の祖師谷寮は、店から徒歩圏内にある。だから学生アスリート客の始まりは駒大だったのだろうと想像していたら、実は明大の方が先だったそうだ。現在の明大野球部の合宿所は府中市にあるが、06年までは仙川駅の隣のつつじヶ丘駅が近くにあった。まやさんは、明大の学生が初めて来たときのことをよく覚えているという。
「お店を始めて2、3年目のころですかね。閉店10分前に1年生が4、5人で来たんですよ。『いいよいいよ、入りなよ』って言って招き入れたのが最初でしたね。それからほぼ毎日来てくれましたね。当時は上下関係がものすごく厳しかったので、つつじヶ丘にいると、『下級生で何やってるんだ』ってことになるから、仙川に来たそうなんです。『まや徳はこの代だけのお店にしよう』って言ってたのに、誰かがポロッと言ってしまったんでしょうね。先輩や監督さんの耳にも入ったようで、しばらくしてみんな来るようになりました」
その後、駒大野球部の学生がひとりで来たのを皮切りに、02年ごろから駒大の学生も毎日来るようになったという。明大も駒大も同じ関東の強豪校のため、両校の野球部の学生はほとんど顔なじみだった。お店で「あの試合はえらかったよなぁ」なんて言い合っていたそうだ。いまは合宿所や寮で栄養の行き届いた食事が提供されていることもあり、毎日のように学生が来ることはなくなったが、たまには学生たちが仲間連れで訪れる。
好徳さんはもともと大の野球ファンではあったが、そんな学生たちに接しているうちに情がわいてきた。「お店が広島風だから『カープを応援してますよ』とは言いますけど、やっぱりお店に来てくれる子たちの大学を応援したくなります」。困るのは、彼ら同士が対戦するケースだ。14年の明治神宮大会の決勝は明大と駒大の対戦になった。両校の学生から「どっちを応援するんですか? 」と聞かれてしまい、困った好徳さんは「真ん中でみんなを応援してるよ」と答えたそうだ。結局駒大が3-0で勝ち、13年ぶりの優勝を果たした。
あの長友との忘れられぬエピソード
好徳さんに「とくに記憶に残ってる学生はいますか? 」と尋ねたところ、「いっぱいいるんだけどね。でも、申し訳ないことをしたなっていまでも思ってるのは、やっぱり長友くんだね」とのこと。明大サッカー部にいた長友佑都(現トルコ・ガラタサライ)だ。学生時代にはよく、まや徳を訪れていたそうだ。明大在学中の08年にFC東京とプロ契約を結んだ長友は、その年の4月に東京ダービーで東京ヴェルディと戦い、最後に彼の粘りのプレーが実って逆転勝利をつかんだ。その足で、長友は「東京のお父さんとお母さん」と慕う二人と一緒に、まや徳を訪れたという。
しかし好徳さんは当時、サッカーにあまり興味がなかった。そのため「長友くんは陸上だっけ? サッカーだっけ? 」と聞いてしまった。「はい、サッカーです」と長友。「今日、長友くんは大活躍したんですよ」と、長友が「東京のお母さん」と慕う女性から教えてもらい、家に帰ってからテレビをつけてビックリ。「ちょうど長友くんのインタビューシーンが流れてて、『そんな有名だったんだ!! 』って……。申し訳なくて、その後すぐに明大野球部の子に長友くんの連絡先を教えてもらってお詫びして、改めて『おめでとう』と伝えました」と好徳さん。それからはサッカーもチェックし、当然長友のことも応援しているという。
現在開催中の六大学と東都もすべてチェックしている。「明大は今週末の慶應戦にかかってますからね。残念ながらお店があるから応援に行けないんだけど、私が行ったら勝つんですよ」と、好徳さんが優しくほほえんだ。スタミナ満点のお好み焼きは、二人の優しさというスパイスとともに、いまも学生たちのパワーになっているのだろう。