寮のバイキングと実家のコメ 日大・阿部敏明
アスリートと食事は切っても切れない関係です。とくに大きなパワーが求められる競技や種目においては、明日の勝利に直結してきます。この連載「私の元気メシ」では、彼ら彼女らが日々の活力にしているメニューを「元気メシ」と命名し、大学生アスリートの元気メシをおいしくお伝えします。第1弾は新潟コシヒカリで育った日大陸上部の阿部敏明(1年、長岡商業、184cm/110kg)です。阿部は砲丸投げと円盤投げで世界と戦える選手になるため、日々食べては体を鍛えています。
投法も体も世界基準を目指す
阿部は全中優勝や高校での全国3冠という輝かしい経歴を手に日大の門をたたいた。1年目は自分の投げ方を見直すことから始まった。コーチや先輩たちから技術を学び、シーズンを締めくくる全日本インカレへ。砲丸投げ決勝の前日は思い描いた通りの動きができていたのに、決勝の舞台で一変。3投目を終えて、4投目以降へ進めるギリギリの8位だった。「自分の投げをやればいいんじゃないのか? 」。コーチの言葉がきっかけとなり、5投目で16m86の自己ベストをたたき出した。17m台の自己記録を持つ徳島の名門・生光学園高出身の3人に続いて4位となった。さらに翌日の円盤投げでも51m00で4位入賞。来シーズンにつながるパフォーマンスだった。
自己記録は砲丸(7.26kg)が16m86、円盤(2.00kg)が51m25。来シーズンは砲丸で17m50、円盤で日大記録を更新する54m00を目指している。日大は現在、全日本インカレで総合7連覇中だ。阿部は「自分が活躍することで連覇を伸ばし、4年生のときは仲間と一緒に10連覇を祝いたい」と話す。個人としては在学中に日本新記録を出し、その先にオリンピック出場を夢見る。
阿部は世界と戦うため、全日本インカレが終わるとすぐに砲丸投げの投げ方を変えた。背を向けた状態から勢いよく振り向いて投げる「グライド投法」から、全身を回転させて投げる「回転投法」へ。投法を変えると、記録はいったん大きく落ちる。阿部も手応えはまだないというが、世界のトップ選手は回転投法だからと変更に踏み切り、冬季練習は砲丸投げに専念している。
体も世界基準を目指す。阿部は130kgを理想の体重と考えている。現状からプラス20kgだ。細かい食事管理はしていない。阿部は陸上を始めた新潟・十日町市立中条中学時代は身長175cm、体重68kgだった。高校時代で181cm、96kgと一気に大きくなった。
阿部は米農家の両親が丹精込めて育てたコシヒカリで育った。多いときは1食で2合。二つ下の弟・直樹と競うように食べた。弟も兄と同じ道を通り、長岡商業高校で砲丸投げをしている。「教えてあげたいなって思うんですけど、弟は気が乗らないような感じなんですよねぇ」。弟にとって、兄の背中は大きすぎるのかもしれない。もちろん兄としては負けられない。「でも、食べる量は全然弟の方が多いです」と、兄は笑う。ときには兄弟そろって農作業を手伝ってきた。
テーブルに山が並ぶ
阿部は現在、東京の桜上水にある日本大学文理学部そばの寮で暮らしており、自分の元気メシとして紹介してくれたのは、この「寮の夜ごはん」。スキー部員と陸上部員の生活する寮の食事は、バイキング形式をとっている。
食堂の入り口には大きなトレイが八つ並び、どれもてんこ盛りだった。この日のメニューは、牛肉コロッケ、シシトウとちくわの揚げ物、煮魚、ゴーヤチャンプル、おでん、牛肉の炒め物、サラダ、リンゴ。米とみそ汁のほか、牛乳と納豆もセルフサービス。牛乳は1Lパックをそのままテーブルに持っていき、自分のおわんに注ぐというスタイルだ。
阿部が寮のおかずで一番好きなのは唐揚げだが、この日のメニューではちくわを勧めてくれた。すると「いや、シシトウだね」と、投てきの先輩。山盛りのおかずにくらべると、ごはんが少ないようにも見えたが、「おかわりするんで」とのこと。笑顔で食べる大男たちの姿に、「寮生活は楽しいですよ」と話す阿部の日常が垣間見えた気がした。
阿部が人生初の寮生活で感じたことは、これまで自分はいかにおいしい米を食べていたかということだそうだ。「寮のごはんはおいしいですよ。いろんなおかずがあって、米もしっかり食べられるし。でもやっぱり、実家のコシヒカリが恋しいですね」
阿部はコシヒカリが好きすぎて、利き米もできるそうだ。そんな息子のために、親はコシヒカリを送ってくれる。1回に20kg。朝と夜は寮の食事があるというのに、その20kgが2~3カ月でなくなる。「新米の季節はいいですよね。いくらでもいけますよ」。そう話す阿部のうれしそうな顔よ。「実家のコシヒカリ」も、阿部の元気メシなのだろう。間違いない。