大学陸上・駅伝

連載:監督として生きる

全員がエース、みんなの力で箱根駅伝で勝ちたい 帝京大駅伝部・中野孝行監督4完

今シーズンのチームの姿に、最後まで諦めない気持ちの強さを中野監督も感じ取った(撮影・藤井みさ)

帝京大は今年の箱根駅伝で、過去最高に並ぶ4位という好結果を残しました。駅伝競走部の中野孝行監督(56)は2005年11月に就任し、08年から13年連続で箱根駅伝に出ています。中野さんの歩んだ道を4回の連載で紹介します。最終回は今年の箱根駅伝と、帝京の強さの秘密についてです。

選手の決心固める賭けが実り、2度目の予選会を突破 帝京大駅伝部・中野孝行監督3

選手たちの底力を見た今年の箱根

中野監督はチームの目標を立てない。「やるのは私じゃなくて選手たち。彼らが立てた目標に対して、どうしたらいいのかをサポートするのが私の役目。私が何も言わなくても彼らが勝手に動くのが理想です」

今年の箱根駅伝を前に、選手たちは「優勝」を目標に掲げた。中野監督自身の見立ては「すべてがパーフェクトにいってほかのチームがミスをしたら、3位はあるかな。優勝は本当に奇跡。本当に数%あるかどうか」というところだった。それでも「自分はまだ彼らの能力を把握できていないのかもしれない」「優勝はほかのチームに負けないことをやり続けていれば見えてくる」。そう思いながら選手に向き合い、最後は彼らに任せた。

往路を終えた時点で帝京大はトップと5分59秒差の6位だった。各区間でどのぐらい詰めたら順位を上げられるか。学生たちにタイム差を計算させ、3位を目標に設定タイムを修正した。

復路でなかなか浮上の兆しが見えず、中野監督はジリジリした思いを抱えながら選手たちに檄(げき)を飛ばしていた。9区になってやっと、3位を走っていた東京国際大、4位の明治大、5位の國學院大の背中が見えてきた。「おっ、これはチャンスだな、って思いましたよ。3~6位の集団にいて、最終的に5、6位になるのが例年のパターンなんです。追いついて満足してた。今年は本気で3位を目指していた彼らの底力を見ましたね」。6位で襷(たすき)を受けたアンカーの吉野貴大(4年、東海大望星)は2人を抜いて4位でゴール。吉野は1時間8分43秒の区間新記録で区間2位だった。

振り返れば昨年11月の全日本大学駅伝では1区で18位と出遅れたが、最後は8位まで追い上げ、シード権をつかんだ。「通常だったら1区の時点で“終戦”です。でも、最後まで捨てなかった。全日本でも箱根でも彼らの成長を見られた」と中野監督。“世界一あきらめの悪いチーム”を選手たちが体現してくれた。

國學院大とマネージャーの「交換留学」

それでも箱根のゴール直後に中野監督が口にしたのは「悔しい!」という言葉だった。3位に國學院大が入ったからだ。

國學院大の前田康弘監督(42)はここ数年、「駒澤と帝京が目標」と公言していた。「社交辞令かもしれないけどね。でもこっちとしては『まだまだお前には負けないよ』という思いがあります。彼の強さも認めてますよ。本当に緻密にいろんなことをしてる。でも、目標にしてると言われてたのに負けちゃった……」

國學院大の前田監督に負けたくないのは、中野監督も、駒澤の大八木監督も同じだ(撮影・佐伯航平)

そこで箱根駅伝を終えて早々に、「ウチのマネージャーをそっちの寮で勉強させてくれないか?」と前田監督に提案。國學院大がどんなことをしているのかを知りたいという思いからだ。すると「いいですね。だったらウチも行かせていいですか?」と前田監督。結局、1週間の「交換留学」となった。「向こうの話も聞いたし、こっちの話も伝わってるだろうけど、それでお互い成長できたらいいんじゃないですかね」と中野監督。「ただ、いつまで経っても悔しさは残ってるんですよね」とポツリ。“世界一あきらめの悪いチーム”の逆襲はここから始まる。

岩佐の東京マラソンが新たな気づきをくれた

今年の箱根駅伝が高速レースになった理由の一つに、シューズの進化があると中野監督も認めている。しかし、それだけではないと強調する。

「これまで数字には表れてなかったんですが、練習内容とか学生自身のポテンシャルは上がってるんです。それが堰(せき)を切ったように出たのが今年の箱根駅伝じゃないですかね。一つはシューズもあるでしょう。後半もペースが落ちない。だからみんな勇気を振り絞って前半から飛ばしていった。でも厚底シューズじゃない選手も対等に戦えてました。ここ十数年はたしかに日本マラソン界の黎明(れいめい)期だったかもしれない。でも、明かりが見えてきたのかなと思いました。『箱根駅伝が日本のマラソンを潰した』という声もありますけど、私は全然そうは思わない」

箱根駅伝を終えたその場で「東京マラソンにウチから5人エントリーさせますよ」と明言した。そもそも中野監督は帝京大の関係者から「帝京を箱根に戻してほしい」と頼まれ、05年に監督になった。だからずっとマラソンは視野に入れていなかったが、いま4年生の岩佐壱誠(いっせい、徳島科技)が2年生だったときの走りを見て「もしかしたらマラソンもいけるんじゃないか」と思うようになったという。間に合わせの練習だけで18年の東京マラソンを走らせたところ、初マラソンで2時間14分の好タイムをマーク。だったらもうちょっと本気でやらせたいという思いが中野監督に湧いてきた。もちろん、学生自身が本気でやりたいということが前提だ。

「20kmを走るのとはやっぱり違いますよ、マラソンは。ただ、一昔前の強い実業団でやってた練習を、いまの大学の指導者はやり始めてます。これってもったいないよね。それで岩佐を走らせたら2時間14分だった。学生ももっといけるよね、って勇気をもらいましたね。将来、マラソンランナーを目指してるような選手にとってもモチベーションが上がるでしょう。以前は早いうちにマラソンを走らせるのはよくないと言われてましたけど、そんなことないな。やれるんだったら経験させてもいいと思った。問題はピークをどこにもっていくか。いろんな考え方があってもいい。選手たちも『やれます』って普通に言えるようになったのは、底力がついたってことじゃないですかね」

日本のみんなに「よかったね」と言ってもらえる集団

帝京がどんなチームになれば箱根駅伝で優勝できますか?

「みんながみんなをフォローし合えるチームになったとき、周りのことを考えられる選手がいっぱいになったときに、ものすごい力を発揮するんじゃないかな。一人の大エースの力業で、とは思ってない。みんなで勝ちたい。走った選手だけじゃなくて、大学をあげて喜べるチームにしたいですね。『あれ? こいつらみんなで勝っちゃったよ』っていうチームを目指したい。帝京の教職員も在校生も卒業生も含め、もっと言うと日本国民すべてを交えて『よかったね』って言えたら、箱根駅伝やってる意味があるのかな。それはある意味、夢ですね」

中野監督は学生に対し、「陸上じゃなくてもいいから、日本を動かせるような人材に育ってくれるといいな」と話す(撮影・藤井みさ)

帝京大に対して「大エースがいない」と言う人もいる。その度に中野監督は「いえ、今年は全員が大エース。みんなエースだと思ってます」と返してきた。「でも補欠になった選手もエースだから『でもウチ、エースを使ってないんだよね』とも言える」と言って、ニヤリと笑う。

07年の箱根駅伝予選会で3年ぶりに本戦出場を決めとき、中野監督は選手たちに囲まれて胴上げをしてもらった。ただ、中野監督はこの胴上げを好まない。「チームの中心にいるのは監督かもしれませんけど、私を中心とした求心力じゃなくて、選手たちの中にある何かが求心力であってほしい。私は遠心力で落ちそうな選手を拾い上げるのがベスト。私自身は自分の気配を消したいんですよ。だから箱根優勝のときも、できれば辞退したいです」

箱根駅伝優勝の夢がかなったとき、いつかと同じように「絵的にまずいんで」と請われ、歓喜の輪に加わる中野監督の苦笑いが見たい。

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