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特集:第89回日本学生陸上競技対校選手権大会

競歩東洋大コンビの池田&川野、五輪代表としての歩きと最後の日本インカレへの思い

第89回日本学生陸上競技対校選手権大会
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圧倒的な速さで歩く池田(前)に川野は周回遅れとなり、一時ともに歩く場面があった(すべて撮影・藤井みさ)

第89回日本学生陸上競技対校選手権大会

9月12日@新潟・デンカビッグスワンスタジアム 
男子10000m競歩決勝
1位 池田向希(東洋大4年)38分41秒45☆大会新記録 
2位 古賀友太(明治大3年)40分19秒90
3位 川野将虎(東洋大4年)40分35秒20

日本インカレ2日目に男子10000m競歩決勝が行われ、20km競歩東京オリンピック代表の池田向希(東洋大4年、浜松日体)がレース序盤から飛び出し、一人旅に。大会新記録の38分41秒45で優勝を果たした。チームメイトであり東京オリンピック50km競歩代表の川野将虎(東洋大4年、御殿場南)は3位だった。2人にとって最後のインカレとなった今大会、思うことを聞いた。

レース展開に現れた五輪代表らしさ

男子10000m競歩は、20km競歩東京オリンピック代表の池田が圧倒的な強さを見せた。スタートから飛び出し1周目を1分28秒3(筆者計時)で通過。2位集団に15秒、約60mもの差をつけていた。

「オリンピックや世界陸上の代表として、学生だけの大会では負けられないと思ってスタートしました。代表の意地というか、責任感と自覚を持ってレースに出ました」

池田は6500m付近で、2位争いをする川野と古賀友太(明治大3年、大牟田)を抜き去った。川野も東京オリンピック50km競歩代表だが、50kmの練習に軸足を置いているため、現時点のスピードでは池田に分がある。

池田は38分41秒45と、東洋大の先輩である松永大介(現富士通、リオ五輪7位入賞)が2015年に出した大会記録(39分18秒04)を大きく更新。残暑に加え、60%を超える高い湿度のため自己記録には惜しくも届かなかったが、「最低限ではまとめられた」と安堵の表情も見せた。

手を広げて笑顔でゴールする池田

川野は今大会にエントリーした時点では、池田と真っ向勝負をしようと意気込んでいた。ライバルとして、同じ静岡県出身の友人として、学生最後の日本インカレは真剣勝負をしたかった。

だが川野は夏まで、スピード面で強度の高い練習ができていなかった。左脚の大腿裏に軽い痛みが続いていたからだ。その後も50km競歩のトレーニングをする中で、10000m競歩の1km4分00秒を切るスピードを出すと、歩型にわずかな乱れが出ると判断。

競歩は3人の審判から警告を出されると失格してしまう(大会によっては4人)。今大会1週間前に「2位狙い」で歩くことを決めた。「日本インカレの優勝は池田に託して、自分は今やるべきことに徹しました。50km競歩でもレース展開によっては1km4分くらいにペースが上がることもあります。2位争いに勝つことで、50km競歩のペース変化に対応することができます」

だが、2位争いは残り1000mでスパートした古賀が、40分19秒92で制した。川野は40分35秒31。「古賀君が強かったですね。何回スパートしてもついて来られてしまいました」と、完敗を認めざるを得なかった。それでも、「ペースの変化があった中でも、警告は1枚も出されませんでした。東京オリンピックにつながると思います」と、1年後に向けて好材料も得た日本インカレになった。

4年間の思いを胸に歩いた40分間

オリンピック代表という自覚で歩いた2人だが、「学生最終学年のインカレ」という意識もあった。高校時代の実績で劣り、長距離ブロックのマネジャーとして入学した池田は、「川野がいなかったらここまで強くなれなかった」と言う。川野も「池田が僕を抜いていったから、どうやったら池田の上に行けるかを考えた」と話す。

最後のインカレにかける2人の思いは強かった

また東洋大の競歩選手たちは、箱根駅伝優勝争い常連の長距離ブロックと、同じブロックとして行動していることも特徴だ。

池田は歩いていた間の気持ちを聞かれ、次のように話している。「感謝と喜びの気持ちを持って出ようと、2人の間で話して出場しました。コロナの影響で無観客になり、声援も自粛する大会でしたが、指導スタッフやチームメイトがいるスタンドの場所は正確に把握して、一緒に戦っている気持ちで歩きました。特に昨日の10000mで5位(日本人2位)となった西山(和弥)は、4年間一緒にやってきて、苦しんできた時期も知っています。西山の積極的なレースがうれしかったし、いい刺激となって、次は自分の番だと勇気をもらいました」

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川野は池田に周回遅れにされたときに、思うところがあった。「改めて池田の強さを感じることができました。この池田と一緒にやってきたから、自分も強さが身についた。池田の背中を見てそんなことを感じていました」

6500m付近で池田(左)が川野(5番)を抜いていった

実際には大学4年生としての思いは頭の片隅にあったくらいで、勝負や記録への集中力の方が勝っていた。競歩だから当然、歩型への注意も必須である。オリンピック代表としての意識も強かっただろう。だが、恩師や仲間に支えられて成長してきた4years.への思いも噛みしめながら、おそらく学生最後の対決となる40分のトラックレースを歩ききった。

スタートからの飛び出しに現れた池田の意思

池田のスタートからの飛び出しは普通のこと、と誰もが思ったに違いない。昨年のドーハ世界陸上6位の池田と、他の学生選手では力の差がある。だがインカレで池田が最初から独歩したのは、今回が初めてだった。昨シーズンよりも単純に力を付けた、という見方もできるが、池田が自身の殻を破り始めた、という見方をした方がよさそうだ。

池田は大学2年時5月の世界競歩チーム選手権で個人優勝し、オリンピックや世界陸上でも代表候補と見られるようになったが、3週間後の関東インカレは先頭を歩くことができなかった。練習過程の問題もあったかもしれないが、大学1年時までは全国タイトルを取ったことがなく、自信を持てなかった。

その後もインカレでは後半のペースアップで優勝はできても、代表選考会や昨年のドーハ世界陸上では山西利和(愛知製鋼)に主導権を握られ、勝つことができない。2年時の世界競歩チーム選手権では最後のスパートで勝ったため、そのレースパターンにこだわる部分も出てきていた。

池田はスタートから飛び出した。それは自分の殻を破れた成長の証でもある

マネージャーからオリンピック代表へ成長したのだから、池田の学生競技生活は大躍進、大成功の4年間だった。一方で、世界一を目指す上での課題もはっきりしてきた。そして世界陸上金メダルの山西がいるため、山西が出場しなかった今年3月の全日本競歩能美大会には優勝してオリンピック代表を決めることができたが、2月の日本選手権では日本一になれなかった。世界陸上に続き、力の差があることを突きつけられた。

どのくらい力をつければレースの主導権を握ることができるのか。世界レベルのレースであれば先頭を歩き続けることよりも、勝負どころでレースを動かす能力が主導権を握ることになる。だが学生レベルなら、集団での勝負よりも先頭を歩き続けて圧勝する力が、世界で勝負をするために必要になる。

その点で東洋大の酒井瑞穂競歩コーチは、今回の池田の歩きを高く評価した。「歩きにくい天候でいつもなら『どんな展開にする?』とレース前に確認しますが、今回の池田はまったく迷いがなかったので、何も言いませんでした。昨年の世界陸上で、“心から変わらないと世界では戦えない”と理解できたからだと思います」

最後の日本インカレで池田が見せた飛び出しは、これまでの自分と、学生の枠を超えようとする意思が現れていた。それが池田流の、4年間の感謝の気持ちの表し方だった。

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