大学野球

連載:野球応援団長・笠川真一朗コラム

近畿大学の谷本甲仁主将、やることやったら何かが起こった! 関西王者で幕

関西王者のチームを引っ張った近畿大学の谷本甲仁主将(撮影・すべて笠川真一朗)

4years.野球応援団長の笠川真一朗さんのコラムです。この秋、関西の学生野球の中心は近畿大学でした。なぜ、強かったのか。理由を探ろうと、奈良県生駒市の近大グラウンドを訪ねました。

関西選手権でも逆転サヨナラ勝ち、その秘密は

関西学生野球秋季リーグ戦で3季ぶり47度目の優勝を果たした近大は、続く関西地区大学野球選手権大会でも優勝し、関西王者に輝いた。今秋の近大の魅力は何と言っても終盤の粘り。劣勢に立たされても簡単に折れない。リードを許しても逆転で何度も勝利をつかんできた。最後まで決して諦めない。その姿勢は関西選手権でも変わらなかった。決勝の関西国際大学戦では0-0で迎えた延長11回。1点を失ったが、裏の攻撃で2点を奪い逆転サヨナラ勝利で優勝を決める。最後まで近大らしい戦いで栄光をつかんだ。

僕はこのチームの戦いぶりを不思議に思った。野球は最後まで何が起こるかわからないスポーツなのは重々承知している。それでも、見ているこちらが「今日は厳しいなぁ……」と感じるほど流れが悪くても、最後には勝利を手にする。異常なまでの粘り強さを持つチームをどのようにしてつくってきたのか。恐らくこれは主将の力が大きく働いているんじゃないかと感じた。それがどうしても気になったのでリーグ戦優勝を決めた翌日、谷本甲仁(かつひと)主将(4年、福井工大福井)に会いにいった。

すぐわかる主将の存在感

近大グラウンドに到着して遠目で練習を見ていて、谷本がどこにいるのかすぐにわかった。元気で明るくハキハキと物事を伝える。その動きや所作を見ていると他の選手とは少し違った主将らしさをしっかりと感じる。話を聞くのが楽しみになった。「練習や試合中に主将がどこにいるかすぐにわからないチームは大したことがない」。これは僕の経験から大切にしている持論だ。良いチームには存在感のある主将が必ずいる。谷本からは野球に魂を捧げたかのような雰囲気を感じた。谷本だけじゃない。グラウンド全体の雰囲気は選手一人ひとりがつくり出すもの。良い雰囲気が僕にも伝わってきた。

打撃練習を終えた谷本にベンチで話を聞いてみた。グラウンドでは他の選手がまだ練習している。「練習の雰囲気めちゃくちゃいいね」と伝えると、「いやぁ、今でこそ雰囲気は良いですけど、最初はこんな感じじゃなかったので。こうして見るとほんまに変わったなと思います。一日、一日、『やりきった!』と心から言える練習を繰り返してきたのでうれしいですね」とグラウンドを見つめながらこれまでの時間を思い返すように答えた。

チーム内の投票で主将に選ばれた

小学校から大学まで主将を務めた谷本は「名門、近大で主将をしたい。社会人で野球を続けられるような選手になりたい。その二つの思いでここに来ました」と近大の門をたたく。1年からベンチに入っていた谷本は近大の強さを身を持って知った。1年の春には全日本大学選手権に出場、2年の秋には明治神宮大会に出場と入学から2年連続で全国大会を経験した。

しかし、3年で勝てない厳しさを知る。春と秋、ともに2位だった。「実力は間違いなくありました。でも勝ち切れない。秋は、勝てば優勝の最終戦で2点リードしていて負けたんです。冗談抜きで『これ負けるな。ボロが絶対出る』と思ってベンチで見ていて。実力があっても勝てないということは野球以前の部分、技術以外の部分に隙があるんです。技術があるからみんな近大で野球をしている。だからこそ技術以外も大切だと昨年の負けから改めて学びました」と当時を振り返る。

新チーム結成時に谷本は投票で主将に選ばれた。オープン戦では連敗が続いて勝てなかった。昨年から試合に出ているのは捕手の井町大生(4年、履正社)と佐藤輝明(4年、仁川学院)のみ。

「まずいなと思いました。このまま普通に練習していても勝てない。チームの雰囲気を変えていかないと昨年の経験は生きないと思いました」

高校時代の失敗を生かす

そう語る谷本は根本からチームづくりに着手。野球以前のことから徹底事項を増やした。時間厳守、全力疾走、グラウンド整備、掃除、整理整頓、身だしなみを整える。誰でも簡単にできる当たり前のことから見直すことにした。「打って走って守るのは当たり前。やることをやっていれば必ず何かが起こるから。誰かが見ている。全員で一体感を持って戦える強いチームを作ろう」

谷本は自ら率先して動き、真剣にチームメートに訴え続けた。新しいことを始めると組織の中からは大体、反発の声が上がる。しかし不思議ともめ事も反発の声も無かった。みんなが谷本の言葉や姿勢を聞き入れた。上級生も「めんどくさいなぁ」と言いつつもしっかり動く。谷本はチームメートを信頼していたし、チームメートも谷本を信頼していた。それがうれしかった。谷本には主将を務めるうえで大切にしていることがあった。それは高校時代の失敗だ。

「高校時代にガッチガチのチームをつくってしまったんです。強く言い過ぎるところがあって……。大学ではそれで失敗したくなかったんです。みんな色んな高校から色んなやり方と色んな性格を持って大学に来ています。そういう目で今のチームを見たら、今年は明るいやつが多いので厳しく伝えても効果的ではないと思いました。一人ひとり性格は違う。それぞれに合ったコミュニケーションのとり方があるんです。伝え方を変えるだけであって。そうやって関わりを多く持ちました」とかつての自分の経験を生かしてチームメートとの信頼を深めた。

この秋、先発出場は1試合もなかった

谷本はこの秋、スタメンでは1度も試合に出場していない。守備や代打など途中出場での起用が多かった。新チーム結成時は二塁のレギュラー争いに加わっていた。でも徐々に結果が出なくなり、一人の選手として葛藤が生まれる。でも試合に出られないことを自分の中でプラスに捉えた。「ベンチにいればチームのことをもっと集中して見れると思いました。社会人野球をやりたい気持ちが強くありましたが、チームが勝ったほうがうれしいので。もう自分の成績や気持ちは捨てました。おかげでよりチームを作ることに集中できたので自分にとってはプラスになりました」と谷本は選手としての自分よりも、チームの勝利を優先した。

決して諦めたわけではない。練習は熱心に打ち込み、いつでも試合に出られるように準備はしてきた。谷本は「途中で試合に出ても緊張はない」と言う。「ベンチからみんなが声をかけてくれるので、気持ちよくグラウンドに向かえます」と胸を張った。

関西学生の優勝に向けて大一番となった最終週の関西大学戦。0-4のビハインドで迎えた八回の攻撃では代打で3点目をかえすタイムリーを放つ。谷本の次の打者は1番の梶田蓮(2年、三重)。この緊迫した場面で、谷本がチームメートに言い続けていた「やることやってたら何かが起こる」が実現した。

梶田の放った当たりはライトへの平凡な飛球。薄暗くなってきた空と照明の明かりで打球が見づらい。関大のライトは打球を見失い、適時打になった。この回、一気に5点を奪い逆転。試合は延長タイブレークまでもつれ込んだが、新リーグ記録となる佐藤の通算14本目の本塁打で勝利をつかんだ。「努力を積み重ねたらこういうことが起こる。梶田の打球が落ちた瞬間にそれを実感しました。やっぱり大事なんです、野球以外のことが本当に。あの場面がこのリーグ戦で一番印象的です」と谷本は真剣なまなざしで語った。

チーム全体の底上げを確信

この秋、優勝をつかめた要因を「技術だけじゃない」と口にした。「リーグ戦は絶対にチーム力です。打率3割を超えてるのも坂下(翔馬、1年、智辯学園)だけ。佐藤はたしかに打つけど、他に突出した選手がいるかと聞かれたらバッテリーも含めて正直いない。経験も少ない。だからこそチーム全体の力を底上げすることにはこだわってきました。それは野球以前の姿勢です。調子に乗っているわけじゃないけど、練習してるから打って当然、守れて当然。技術はみんな持ってます。優勝は奇跡の結果じゃありません。確信を持ってグラウンドに立てました。僕も確信を持ってみんなをグラウンドに送り出せます。チームは変わりました。そこに関してはめちゃくちゃ自信がある。少なからずメンバーは全員そう思ってます。そういう確信を持って挑んだから逆転勝ちが多かったと感じてます」と谷本は力強く答えた。

野球以前の面で成長した人間が何人もいるそうだ。例えば一塁手の森田貴(3年、神戸国際大附)。「僕から見ていて最初は野球に対して適当でした。でも今ではミーティングで発言するくらいまで変わりました。そういう後輩の成長を見るとうれしいですね。自分の考えだけを押し付けない。感情でモノを言わないように気を付けました。そうやって伝えていくことで、みんな素直で良いやつだから、きっかけさえあれば変わるんです」とほほ笑んだ。一人が変われば、二人が変わる。二人が変わればまた増えていく。そうやってチームは束になる。近大は全体の底上げに成功したのだ。

4年間、汗を流したグラウンドで胴上げをしてもらった

谷本にも当初は不安があった。「僕がベンチにいるのって単純に実力が無いからだと思うんです。そんな試合に出てない主将が何か言っても伝わるのかなと思う時もありました。言い方に困りましたし、本当に難しかったです。でもそんなことにビビってたらあかんと思いました。それで怖がらずに言ってみたらみんなが素直に聞いてくれたんです。色々と計画を立てて実行していこうと思った矢先にコロナのせいで練習できなくなって。これでまたグチャグチャになるかと思ったら、みんなしっかり意志を持って戻ってきました。みんなに助けられました」と振り返る。

不安を消し去ってくれたのはチームメートの存在だった。でも僕は思う。谷本が頑張っている姿勢をみんなが見ていたから周りも谷本の言葉を信用できたのではないかと。主戦で投げる投手の小寺智也(2年、龍谷大平安)は「野球のことだけじゃなくて私生活から目配りをされいます。終盤に追いついたり、逆転したりできる粘り強いチームを作ったのは間違いなく谷本さんです」と厚い信頼を口にした。

己の「社会人で野球をやりたい」という目標を犠牲にしてでも、チームを最優先に考える主将の気持ちは他の選手にもしっかりと届いていた。

「野球を続けたくても続けれへん主将がこんなに頑張ってんのに、おれら4回(生)はもっと頑張らんとあかんやろ」

あるミーティングで向凌平(4年、金光学園)がみんなの前で口にした。谷本は「野球がこれからできないのは悔しいし、寂しいです。そう思ってました。でもあの時、向の言葉にすごく救われて楽になれたんです。僕以外のメンバーの4回生は全員、野球を続けます。だからこれから続ける人のことは心から応援しますよ。チームメートにはすごく感謝してます」とうれしそうな表情で語った。

指導者への夢

谷本は卒業後、スポーツメーカーに勤める。その先には夢もある。通信課程で教員免許を取得し、母校の福井工大福井高の指導者として帰り、生徒に野球を通して大切なことを教えることだ。「自分自身、野球しかない。野球が好きなんで。ずっと野球のことばかり考えてきましたし、真剣に取り組んできました。気持ちで捕って、気持ちで打って、常に全力。そうやって必死にやることで野球を楽しんできました。やっぱりそういう当たり前にできることって大切だと思うんです。僕は野球に育てられたのでそれを伝えていきたいです」と谷本は自らの経験で得たものを次の世代につなげていく。野球への深い愛情を感じた。

かけがえのない仲間たちと

高校での失敗を大学で生かし、主将としてチームに好影響を与え続けた谷本の考えは子どもたちにも良い影響を与えるだろう。「真面目なやつはそのまま伸ばしたらいいし、ちゃらんぽらんなやつに真面目にやれって言っても無理なんですよね(笑)。みんなそれぞれに魅力や個性があるから否定せずに肯定してあげたいんです。近大で主将をやってその大切さを学びました」と谷本は言う。

凄(すさ)まじいキャプテンシーを持った男が先陣を切り、近大はみんなの力を集結させて戦った。そしてつかんだ関西王者の座。
最後まで絶対に折れない屈強な姿勢は次の代にも継承されるだろう。
僕もこんなに偉大な主将をきっとこれからも忘れない。
谷本くん、優勝おめでとう。そして4年間、本当にお疲れさまでした。
この秋の近畿大学、めちゃくちゃかっこいい集団でした。
またグラウンドで会いましょう。

野球応援団長・笠川真一朗コラム

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