ラグビー

連載:私の元気メシ

八幡山「味仙」には明大ラグビー部にちなんだ裏メニューも! 学生の笑顔が原動力

味仙にはたくさんの定食があり、「駿太スペシャル」のように選手名がついた裏メニューもある(提供写真以外、撮影・全て松永早弥香)

京王線八幡山駅から徒歩1分。お店の前には自転車が並び、扉を開けると屈強な体格の学生たちがおいしそうにご飯をほおばっている。中華料理「味仙(あじせん)」は八幡山を拠点にする明治大学や日本大学の学生たちに愛され、とりわけ明大ラグビー部にとっては歴代選手たちの名前が入ったスペシャルメニューまであるほど、大切な場所になっている。

始まりは日大のバスケ部と空手部

味仙は2010年に開業。アルバイトをしていた片岡ひかりさんは当時の経営者が中国に帰国した際、13年から経営を引き継いだ。次第にお客さんの中に学生らしき姿も増え始め、片岡さんは日大空手部やバスケ部から学生との交流が始まったという。「元々サッカーをしていたこともあってスポーツは好きでしたし、よく学生の応援に行っています。応援に行き始めた時の日大バスケ部は2部にいたんですけど、2部優勝の瞬間にも立ち会いました。だから1部で戦うってすごいなと思っていましたよ」

今も日大バスケ部の学生はお店を訪れ、主将の若林行宗(4年、日大豊山)も味仙に通う1人だ。日大は今年の関東学生選手権(スプリングトーナメント)を15年ぶりに制し、その大会後に若林は味仙を訪れて報告してくれたという。「『おめでとう!』って伝えました。若林くんはすごく謙虚ないい子。1年生の時から麻婆豆腐が好きで、この前もテイクアウトしてくれました」と片岡さんはほほえんだ。

味仙へは京王線八幡山駅から徒歩1分。メニューが多く、目移りしてしまう

明大ラグビー部との縁は、部員に八幡山ではなく銀座でふと出会ったことがきっかけだった。お店ではなかなか声をかけるタイミングがなかったが、色々と話を聞いている内に彼らの応援に行きたいと思うようになり、すぐにラグビーにはまった。その当時の学生は今では28歳や29歳になり、それぞれ新しい道に進んでいるが、今でもお店に顔を出してくれる。

「僕のメニューにして!」で「駿太スペシャル」が誕生

メニューは昼も夜も一緒で、丼類は600円(価格は全て税込み)から、麺類は650円から、定食は800円から用意している。+1品で春巻き(200円)を加えるのもいいだろう。北京ダックは1/4サイズが980円という破格で、学生には「いつか大事な時に食べるメニュー」になっているようだ。

この日いただいたのは「駿太スペシャル」(800円)。もちろんメニュー表には載っていない。元々は今週のオススメの1つとして「肉とナス炒(いた)め定食」としてたまに展開していたメニューだったが、なかなか注文が入らず、困っていたという。そんな中、ナスが大好きな明大ラグビー部の中村駿太(現・サントリーサンゴリアス)が「これが食べたい! これが一番おいしい!!」と言ってくれ、加えて「これ、僕のメニューにして!」と言い始めたことで「駿太スペシャル」となった。

中村は自分のSNSでも「駿太スペシャル」の写真をアップし、サントリーに進んでからも仲間に大好きなメニューとして紹介したため、今では多くの選手に親しまれている。ちなみに中村は明大卒業後、味仙に通うために近くに引っ越してきたこともあったそうだ。

ニンニクのパンチがほどよく効いた炒めものでご飯が進む

「駿太スペシャル」は大きめにカットされた豚肉やナス、ニンジン、ピーマンがお皿にこんもり盛られた炒めもの。それに日替わりスープとザーサイ、杏仁豆腐がセットになっている。一口食べてニンニクが効いているなと思ったら、スライスよりも大きくカットされたニンニクが隙間から見えた。豚肉とナスという絶対外さないコンビをニンニクがしっかりまとめ、ご飯が何杯でも進みそうだ。そんな気持ちを察してか、どの定食も「ご飯は1杯おかわり無料」となっているのがうれしいところ。「女性は心持ち少なくしているんだけど、普通盛りでよかったかしらね」と片岡さん。もう少し食べたいな、という時はぜひおかわりをお願いしてみよう。

ニラにアレンジした「将太郎スペシャル」「大朗スペシャル」

スペシャルメニューは他にもある。例えば「将太郎スペシャル」(800円)は明大ラグビー部だった松尾将太郎(現・NTTコミュニケーションズ)が命名したメニューだ。元々あった「肉、卵、チンゲンサイ炒め定食」のチンゲンサイをニラに変えたもので、「あの子は照れ屋さんで人見知りな方なんですけど、すっかり打ち解けて『これは将太郎スペシャルね』と言い始めたんです」と片岡さんは笑いながら明かす。

今春から豊田自動織機でプレーしている元明大ラグビー部の齊藤大朗(ひろあき)もまた、「卵とエビ炒め定食」に入っていたチンゲンサイを松尾にならってニラに変え、「大朗スペシャル」(850円)として裏メニューに加えた。齊藤と同期で主将だった箸本龍雅(現・サントリーサンゴリアス)について、片岡さんは「唐マヨ(唐揚げマヨネーズ)が好きでしたよ」と言うが、メニュー表にはない料理だ。学生たちの「これ食べたい!」に応え続けた結果、裏メニューがたくさん誕生した。

店内には明大や日大出身の選手のサインが、味仙の好きなメニュー名とともに飾られている

茶碗片手に決起会

明大ラグビー部には寮があり、学生たちは基本的に寮で食事をとっている。そのため味仙に行くのはオフの日に限られるが、大学選手権前の決起会や学年の食事会などにはみんなそろって味仙に行く。例えば18年度の松尾たちの代は彼らが下級生だった時から親しくしていたこともあり、片岡さんにとっても思い入れは大きいという。その松尾たちの代は味仙で決起会を行った。普段の定食で学生たちが食べないものや好きなものを聞き、2階を貸し切りにして料理を振る舞った。学生たちは各自ご飯を盛った茶碗を片手に様々な料理を味わい、茶碗が空になったら1階に下りてきて、「ひかチュウ、おかわり!」と笑顔で声をかけたそうだ。

松尾(左端)たちの代は味仙で決起会をし、大学選手権に挑んだ(写真は本人提供)

その大学選手権で明大は22年ぶり13回目の優勝を成し遂げた。片岡さんもその決勝を見に行った。「本当はランチ営業があったんですけど、休んじゃいました(笑)。でも行ってよかったです」。学生たちの努力が実を結び、片岡さんも心の底からうれしかった。

「今はラグビーが一番好き。あんなにかわいかった彼らがすごくゴツくなって、一生懸命やってるじゃないですか。トップリーグも見に行きますよ。将太郎と同期の高橋汰地(現・トヨタ自動車)が15人制日本代表選ばれた時とか、久しぶりに連絡しました。『頑張ってね』って言ったら『ありがとう』って。彼らの頑張りに元気をもらっています」

左の明大ラグビー部のポスターはリコー共同主将の松橋周平が明大ラグビー部だった時に持ってきたもので、サントリーのは中村駿太が「これ貼って!」と持ってきたものだ

学生たちのためにもお店をつぶせない

お店は日曜日が定休日。通常であれば11時45分~14時ラストオーダー、18時~23時ラストオーダーで営業しているが、現在は緊急事態宣言を受けて夜の営業は20時までとなっている。それまでは常連客にしか対応していなかったテイクアウトを始め、22時まで注文を受け付けている。学生はコロナ対策として外食を制限しているため、お店を訪れる学生は以前より減ってしまったが、その分、テイクアウトも含め、愛情込めて料理を作る。

もちろん、状況が許せば今年も現地で学生たちの応援に行く予定だ。「あまり強調してはいないけど、八幡山の人たちはみんな、学生たちを応援しています。どんな状況にも負けずに頑張ってほしいなと思っています」と片岡さんはエールを送る。

料理長の李さん(左)も片岡さんも、学生たちが卒業した後も味仙に来てくれることが本当にうれしい

味仙の価格設定には、「学生が気軽にたくさん食べられるように」という思いが込められている。過去には値上げをせざるを得ない時もあったが、「学生たちのためにもお店をつぶすわけにはいかない。苦しいですけど、なんとか頑張っています」と片岡さんは言う。学生たちが喜ぶ姿が見たい。それが片岡さんの、味仙の原動力だ。

私の元気メシ

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