陸上・駅伝

特集:第98回箱根駅伝

駿河台大・徳本一善監督「幸せだな」、監督就任10年目に箱根駅伝初出場をつかむまで

徳本監督(右)は、中学校教師で4年生の今井はチームをまとめる上で大きな存在だったと話す(撮影・松永早弥香)

第98回東京箱根間往復大学駅伝競走予選会

10月23日@陸上自衛隊立川駐屯地周回コース(21.0975km)

1位 明治大学    10時間33分22秒
2位 中央大学    10時間37分38秒
3位 日本体育大学  10時間39分32秒
4位 山梨学院大学  10時間41分15秒
5位 神奈川大学   10時間41分57秒
6位 法政大学    10時間42分12秒
7位 中央学院大学  10時間43分08秒
8位 駿河台大学   10時間44分47秒
9位 専修大学    10時間44分58秒
10位 国士舘大学   10時間45分41秒

箱根駅伝予選会の結果発表を前にして、駿河台大学の選手たちは落ち着きのない様子だった。その選手たちから少し離れたところで、徳本一善監督は選手たちにスマホを向けて動画を撮っていた。「8位、駿河台大学」。発表の瞬間、選手たちは目に涙を浮かべながら喜びを爆発させ、その様子を徳本監督はほほえみながらスマホ越しに見ていた。徳本監督就任10年目の今年、駿河台大は箱根駅伝初出場をつかんだ。

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徳本監督「いい方向で荒れた1校でありたいね」

駿河台大は2年前の箱根駅伝予選会で12位となり、昨年は15位だった。順位こそ落としたが、今年6月の全日本大学駅伝関東地区選考会では次点の8位となり、自信を深めて夏の走り込みに臨んだ。そして10月23日、箱根駅伝予選会当日の天候は晴れ。強い風が吹くことが予報されていたこともあり、「きびしい戦いになるだろうし、荒れるなというのはどこの大学の監督さんも言ってて、僕もそう思っていました」と徳本監督。だからこそ選手たちには「荒れた中で、いい方向で荒れた1校でありたいね」と声をかけ、レースに送り出した。

4年生のブヌカ(右)にとっても、今年がラストチャンスだった(撮影・松永早弥香)

箱根駅伝予選会は今年も無観客開催、コースも自衛隊立川駐屯地の周回コース(1周2.567km)を8周するハーフマラソンとなった。各チーム12人まで出走でき、上位10人の合計タイムを競う。スタートすると各校の留学生たちが先頭集団を形成し、日本インカレ10000mを2連覇しているジェームズ・ブヌカ(4年、リルタセントラル)はトップを狙う。日本人エースの清野太成(3年、飯能南)も単独で走り、各校のエースに挑んだ。

5km地点での暫定順位は7位。集団でレースを進めていた中央大学や日本体育大学、法政大学などがそこから順位を上げるが、10km地点で駿河台大は暫定5位につけていた。会場に吹く風が次第に強くなっていき、選手たちは向かい風の中、前傾姿勢で風をやり過ごす。レースの序盤ではチーム内5位につけていた31歳の今井隆生(4年)は、次第に苦しい表情に変わる。それでも後ろにいたチームメートが前に出ると、今井も歯を食いしばりながら食らいつく。

清野(中央)は単独でレースを進め、54位でブヌカに次ぐチーム内2位に入った(撮影・藤井みさ)

15km地点では暫定10位とボーダー上。11位の専修大学との差は5秒と迫っていた。最後の8周目、強い向かい風が吹く直線を走りきる。ブヌカは留学生と競り合いながら、1時間02分15秒での6位でフィニッシュ。清野は54位となり、205番の今井までの10人のタイムが集約され、駿河台大は9位の専修大とは11秒差、10位の国士舘大学とは54秒差での8位につけた。

あえて「才能ないよ」と言う理由

「持ってましたね。最後に運をつかんだなという感じでした」。徳本監督はそう口にしたが、もちろん運だけでは勝てない。「最後につかむために実力をちゃんとつけないといけないと伝えています。その実力は準備できたと思ってて、それでスタートラインに立たせられたので、あとはもう、どんな結果になっても悔いはないよね、という思いで走らせました」

徳本監督は2011年にまずはコーチとしてチームを指導し、翌12年から監督に就任。学生とともに寮で生活し、学生一人ひとりと向き合ってきた。「当時はいろんなことが同時多発的に起きて、どうしようもなかったんです。だから自分が監視役でいくしかないなって……」。次第に立ち位置は“監視役”から“相談役”に変わり、練習だけではなく学業や日常生活など、昼夜問わず様々な悩みを抱える学生たちの相談に乗った。

今井(前から2人目)はチーム内10位と苦しんだが、「本戦では挽回してくれるでしょう」と徳本監督は期待している(撮影・松永早弥香)

そして昨年、トライアスロン経験者で中学校教師の今井が、2年間の自己啓発等休業制度を利用して駿河台大に入学。指導陣と学生をつなぐ役目を自ら買って出てくれ、チームを支えてくれた。今井は入学した時に「絶対に徳本さんを箱根駅伝に連れて行く」と決心し、ときには強い言葉で学生たちを檄(げき)を飛ばした。そんな今井に徳本監督は、「どこの大学にもない立ち位置だと思うんですけど、1つのチームにまとめることができたのは彼の力が大きいですし、それは学生にとっても今井にとっても、もちろん僕にとっても、成長するきっかけになりました」と話す。

徳本監督は選手たちにあえて「才能ないよ」と口にしてきたという。「才能がないからこそ、才能がある選手にどうやって勝つのか、というところからうちは始まるんだよと言い続けています」。選手たちは勝つために今、何が必要なのかを考えて行動し、努力を続ける。そんな選手たちが4年生になり、チームの柱となる。昨年の4年生は主将だった石山大輝が中心となってチームビルディングに取り組み、今年の4年生も自らの走りで箱根駅伝初出場をたぐり寄せた。「才能にあらがうではないですけど、そういった強いメンタリティーをもった学生たちを僕も誇らしく思っています」と徳本監督は学生たちをたたえる。

初出場らしく思い切って

そして来年1月2、3日には第98回箱根駅伝に挑む。徳本監督は第96回大会では関東学生連合チームのコーチとして挑み、第97回大会には町田康誠(3年、白鴎大足利)が関東学連チームとして9区を走っている。もっとさかのぼると、02年の第78回大会、徳本監督が法政大の選手として出場した最後の箱根駅伝がある。「僕は現役時代、どうやったら面白くなるんだろうなと考えながらスタートラインに立って走ってた記憶があります」。徳本監督からすると、箱根駅伝は1区区間賞と途中棄権という“天国と地獄”を味わった舞台ではあるが、だからこそ、学生たちに期待を寄せる。

「選手はこの日のために、本当につらい練習を耐えてきて、それが報われる瞬間だったので、本当に選手の顔を見てよかったなと思いました」と徳本監督(撮影・松永早弥香)

「プレッシャーしかないんで。その中で思い描いた走りができるかどうか。そこは強さ。(箱根駅伝予選会を突破した)強さを持っているのはうちの武器になると思うので、このまましっかりと箱根駅伝まで気持ちを切らさず準備していきたいです。うちは初出場だから怖いものはない。初出場らしく、何かやってくれるんじゃないのという期待をさせられるような走りができればと思っているので、選手たちには思い切ってスタートラインに立ってほしいです」

監督に就任してから10年目。「長かったようで短かったようで」と徳本監督。僕が言うのもなんですけど、と言いながらこう話す。「いいチームになったなって。僕は正直にポロっと言ってしまうんですけど、いいチームなんですよ。僕自身幸せだなと思います」

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