箱根駅伝監督トークバトル、「パワフル」か「チャレンジング」か、それとも「流れ」か
12月10日に第98回箱根駅伝のチームエントリー・記者発表会、そして恒例イベントとなった「監督トークバトル」が開催された。昨年に引き続き今年もオンライン開催となったが、各校の監督たちは箱根駅伝が開催できることへの感謝を述べ、大会を前にして火花を散らした。
青学・原監督が自ら切り出した「パワフル大作戦」
トークバトルには例年、前回大会で5位までに入った監督が出席していたが、今年は今シーズンの活躍も踏まえた“有力5大学”の監督が集結。青山学院大学・原晋監督、順天堂大学・長門俊介監督、創価大学・榎木和貴監督、東京国際大学・大志田秀次監督、東洋大学・酒井俊幸監督がオンラインで参加した。
トークバトル初出場の榎木監督は「経験のある監督さんたちにはたくさんいじされると思うので、ボコボコになる覚悟で臨んでいます」とコメント。また、榎木監督が中央大学の選手だった時にコーチを担った大志田監督との“師弟対決”にも注目が集まり、大志田監督が「作戦を引っ張り出したいと思います」と言うと、榎木監督は苦笑いを浮かべるシーンもあった。コーディネーターは今年も山梨学院大学陸上部監督で関東学生陸上競技連盟の駅伝対策委員長でもある上田誠仁さんが担い、「エントリーリストを見るだけで胸が高鳴ってきます」と笑顔で口にした。
前回大会では4位で、今年は出雲駅伝でも全日本大学駅伝でも2位だった青山学院大。現状についてたずねられると、原監督は「非常にいい仕上がりを今のところしています」と答え、自ら恒例の作戦名を発表。
「この場で言わないと始まらないでしょう! 青山学院、昨年は無冠で終わりました。今年も出雲も全日本も準優勝、あと一歩のところに落ち着きました。しかし我々は力があります! コロナの中、日本は経済も心も少し低迷しています。しかし、そんなもんではありません! 力を結集して第98回箱根駅伝、優勝に向けて頑張りたいと思っております。名付けまして……ドン! 『パワフル大作戦』。パワフルな走りを青山学院は箱根路で見せたいと思います」
16人のチームエントリー全員が10000m28分台という記録を持ち、原監督は「青学史上最高、(他校を含む)登録メンバーでも過去最高だと思います」と言い切る。そんなメンバーで挑む今大会、青山学院大は「往路1位・復路1位・総合1位」という“完全優勝”を目指している。「指揮官が2番、3番と言っていては駄目です。指揮官がパワフルにいかないといけない。今のところ順調にきているので、前回は山登りでブレーキがありましたが、その穴埋めは十分できるとと思っています」
特に今シーズンは近藤幸太郎(3年、豊川工業)がエースとしての力を見せつけ、1年生の時にエース区間の2区を任された岸本大紀(3年、三条)も長いけがを乗り越えてメンバー入りを果たした。「彼(岸本)は駅伝力がありますので、3週間でしっかり仕上げていきたい」と原監督は期待を寄せる。コンディションが整えば、大会新記録も狙えるのでないかと原監督は考えているが、「それは青山学院大だけではない」と加え、各大学も“過去最高”の力を持っていることを肌で感じている。
順大・長門監督「令和のクインテット」に期待
「原監督に指摘された後に非常に出しにくいんですけど……」と順天堂大の長門監督は苦笑いを浮かべながら、目標順位は「往路3位・復路3位・総合3位」と発表。「まだまだ上位チームとは力の差があるのかなと思います、駅伝はデコボコしてしまうので、往路も復路も安定した走りで3番。優勝を目標にパワフルにいけたらいいんですけど、3番でよろしくお願いします」。前回大会では7位で2年ぶりのシード権を獲得。今年の出雲駅伝では10位と苦しんだが、全日本大学駅伝では3位となり、20大会ぶりにトップ3に食い込んだ。原監督が「パワフル」と話す一方で、長門監督は「チャレンジング」な走りで上位争いを目指す。
特に注目を集めたのは、東京オリンピック3000mSC7位入賞の三浦龍司(2年、洛南)がどの区間を走るかというところ。だが長門監督は「彼がどういう走りをしてくれるのか楽しみですけど、その他の選手もそろっていますので」と強調。特に野村優作(田辺工)や伊豫田達弥(舟入)、四釜峻佑(山形中央)、平駿介(白石)など、3年生に力がある選手が多く、2003年頃にその強さから「クインテット(岩水嘉孝/入船満/野口英盛/奥田真一郎/坂井隆則)」と呼ばれてきた先輩たちにならい、「この世代は『令和のクインテット』になってほしい」と長門監督は期待を寄せている。
創価大・榎木監督、この先5年を見据えたメンバー
前回大会では10区の終盤まで首位を走っていた創価大。今大会では「往路優勝・復路3位・総合3位以上」を目標に掲げており、「前回は勢い半分のところがありましたので、次回は狙って往路優勝をとりたいと思っています」と榎木監督。前回大会を経験した選手も多数残っており、その経験者も10000mで自己ベストをマークするなど、前回大会以上の厚みをもって箱根駅伝に挑めるという確信がある。
「往路優勝」と同じ目標を掲げることになった青山学院大・原監督は、「我々もアクセルを緩めませんよ~」と真っ向勝負。両校の選手たちは記録会で一緒になることも多く、特に秋以降の創価大の選手たちの走りを見て、「これはマークしないといけない大学だ」と原監督は思うようになったという。榎木監督は「記録会とかでは胸を借りて走らせていただいて、勝負することが恩返しになると思うので、挑ませていただきます」と原監督に言葉を返した。
16人のチームエントリーでは各学年がバランスよくメンバー入りをしている。榎木監督は今大会で総合3位以上を狙うだけでなく、この先5年、しっかりと上位で勝負できるようなメンバーを思い描きながら選手を選んだという。その中に4年生は嶋津雄大(若葉総合)、中武泰希(向上)、三上雄太(遊学館)と3人いる。「覚悟をもって箱根に合わせてきた3人を選んだ」と榎木監督は言う。
東京国際大・大志田監督「駅伝では流れをつくるのがセオリー」
東京国際大は前回大会、アンカー勝負で10位に滑り込み、ギリギリでシード権をつかんだ。だか今年は出雲駅伝で「初出場初優勝」という偉業を達成し、全日本大学駅伝は途中で首位に立った上での5位と、強さを見せつけている。ただ「2冠」を期待する声に対し、大志田監督は「まずは選手たちの力を信じて、選手たちが100%の力を出し切れば結果がついてくると思います」と笑顔で応えた。また、「私はどうしても4年生にこだわるところがあるので」と加え、最後の箱根駅伝にかけてきた4年生の力に期待をしている。
掲げた目標は「3位以内・流れ・3位以内」。特に“流れ”に関しては、「駅伝では流れを作るのがセオリーであり、一番大切だと思っていますので、往路でしっかり順位を獲得して、復路はのびのびと走って、最後は3位以内に入ってくれたらいいな」と説明した。上田さんが「イェゴン・ヴィンセント(3年、チェビルベレク)や丹所健(3年、湘南工大付)など、駅伝で流れを変えられる選手がいますので、『流れに乗っていっちゃいますよ』と捉えた方がいいかもしれない」と言えば、「例年よりも力をつけていて、選手もその気になっていますので、選手の気持ちを大事にしてやりたいと思います」と大志田監督。“3位以内”には確実に1位も視野に入れているのが伝わった。
東洋大・酒井監督、宮下の5区区間新「狙っていきたい」
前回大会で往路2位・復路9位・総合3位だった東洋大。今シーズンは宮下隼人主将(4年、富士河口湖)などエース級の故障が続き、出雲駅伝では3位だったが、全日本大学駅伝では10位と14大会ぶりにシード権を逃すなど、苦しいシーズンが続いていた。
だが箱根駅伝5区区間記録保持者でもある宮下も復調傾向であり、宮下を含む往路経験者が4人残っている強みもある。「宮下も最終学年ですし、最後は悔いが残らないよう、自身の区間記録に挑みたいと言っています。(箱根駅伝出場選手に)山梨県出身者が少ない中、宮下への応援がすごく多いんですよ。ぜひ多くの人の応援を背に頑張ってほしい」と酒井監督も期待を寄せる。また、出雲駅伝と全日本大学駅伝でルーキーながら区間賞を獲得した石田洸介(東農大二)には「箱根も含めてルーキーが3つとるのは大変なことですけど、挑戦権を持っていますので、狙っていきたい」と言い、どの区間に配置されるのか注目したい。酒井監督が掲げた目標は「往路優勝・?・総合3位」。復路は「流れでしっかりと狙っていきたい」という思いを込めての“?”のようだ。
今回のトークバトルに参加していない大学も虎視眈々(こしたんたん)と優勝を狙っている。特に各大学の監督が口にしたのは、前回大会優勝校で全日本大学駅伝で2連覇を果たした駒澤大学だ。12月4日の日体大記録会10000mで日本歴代2位の記録となる27分23秒44をマークし、来年のオレゴン世界選手権の参加標準記録(27分28秒00)を突破した田澤廉主将(3年、青森山田)に対し、原監督は「やはり田澤選手の力は実業団選手も含めて非常に怖い存在」とコメント。その上で、「芽吹選手の存在が優勝に近づくかどうかになる」と言い、けがで今シーズンの駅伝を回避してきた鈴木芽吹(2年、佐久長聖)の状態に注目が集まっている。
「チームを作る上で一番大切にしていることは?」
今度は司会から「チームを作る上で一番大切にしていることは?」という質問が投げかけられた。まず原監督は「情報のオープン化」と回答。「トレーニングそのものも何のためにやるのかを具体的にかみ砕いて伝えますし、選手が一番気にするのは選手選考だと思うんですが、どう行われているのか、何を頑張ればいいのかを情報開示して、私の頭の中と学生の頭の中が可能な限り一致するようにしています。やはり人ですから、心に響かすコミュニケーションが大切です」。学生たちが自分の言動をどのように受け取るのか。厳しい指摘となった時も、叱られたのではなくアドバイスをもらったと受け取れるよう、日々のコミュニケーションを大切にしている。
長門監督は短く「個性」。順天堂大にはオリンピックを目指す選手や箱根駅伝を目指す選手など、十人十色の考え方を持っている選手たちがいる中、長門監督は指導者として「一人ひとりが持つ個性を生かせる指導」「個性を認め合えるような環境作り」を心がけてきた。「個性が強ければ強いほどいいチームになっていくのかなと思っています」と言い、個性あふれる選手たちのこれからの成長を楽しみにしている。
榎木監督は「風通しのいい組織作り」を挙げ、これは以前、実業団時代に原監督の企業講演会を通じて学んだことでもあると言う。もちろん、中央大時代に大志田監督(当時コーチ)から学んだものもベースになっている。「選手間、スタッフ間、選手とスタッフ間でしっかりと情報を共有し、しっかりと目標の確認をする。選手もいろんなことを私に相談してくれます」と榎木監督は言う。
その大志田監督は「組織を作る、正しい生活」と話す。これは実際に青山学院大や東洋大の寮を訪れ、原監督や酒井監督の指導を目の当たりにする中で肌で感じたことだという。大志田監督は実業団や中央大で指導をした後、10年ほど間があいてから東京国際大の監督に就任した。「(東京国際大で)5年目に入り箱根に出るぞという時に、原さんにお願いして学生と一緒に行き、役割分担が大事だということを教わりました。正しい生活は酒井さんの合宿に泊めてもらって感じたことです。10年ほど現場を離れていたので、トップのチームに話を聞くのが一番だと思いましたし、先達の意見を聞くことはとても役に立ちます」。そうした大志田監督の姿勢が今、東京国際大の強さにつながっているのだろう。
最後に酒井監督が挙げたのは「共感・共鳴」。チーム作りは心を作るところから始まり、監督は選手の気持ちを知ることから始める。「私の思いと選手の思いが一致した時にすごい力になる。これはもう、テクノロジーが発展しても変わらないところだと思います。各学年の選手、エース、サポート、マネージャーなどが何も言わなくてもいい循環になり、監督がワクワクするような結果になる」。そんなチームを目指し、酒井監督は学生と向き合っている。
前回に引き続き、今回の箱根駅伝も沿道での応援自粛が求められている。4年生にとっては集大成となる舞台。様々な思いを胸に、いざ箱根路へ!