目標「四冠」は原点に立ち返るため、勝利に貪欲な主将と共に 東海大・藤井壮浩監督4
春季リーグと東日本インカレを制した東海大学女子バレーボール部。チームを率いるのは、自身も東海大で学び育った藤井壮浩監督(49)です。監督として14年目、コーチ時代も含めれば16年になります。連載「監督として生きる」では現役時代も含め、4回の連載で紹介します。最終回は四冠がかかった今シーズンについてです。
簡単には「日本一を狙いに行く」と言えない
藤井さんが監督として初めての日本一のタイトルを手にしたのは就任から4年目の2011年。主将を務めた山口かなめや、エースの吉村志穂、守備力に長(た)けた近江あかり。卒業後にVリーグでも活躍した選手を多く輩出しているように、個々の技術力が長けた選手も多く揃(そろ)っていたが、何より単純に「次は何をするのか、とこちらが見ていて面白かった」と振り返る。
「彼女たちは学生とはいえ、女子バレーボール選手としてプロですから。僕は教わるばかり。でも振り返ると、勝つ時はそうかもしれない。次は何をするのか、とワクワクさせられる。勝った、なんておこがましいです。勝たせてもらっているんですよ」
今季は春季リーグも制し、東日本インカレも優勝しすでに二冠を獲得。メンバーを見れば「勝って当然」という声も聞こえるが、そんなに甘いものではないと身に染みて理解しているのはほかならぬ藤井さん自身だ。
「僕が現役の頃、学生の頃は関東1部のチームが2部のチームに負けることはほとんどなかったですし、そもそも関東1部6チームの中でも、優勝争いをするチームは限られていました。でも今は違いますよね。関東1部の中でもリーグ戦で上位につけるチームが下位のチームに負けることもあるし、全日本インカレになれば関東だけでなく東北、東海、近畿、九州、全国どこが相手でも強い。『日本一を狙いに行く』とか『優勝します』なんて簡単に言うことはできません」
東日本インカレで1年生が躍動、最後に流した涙
東日本インカレもそうだ。大会直前まで4年生は教育実習でチームを離れる選手も多く、宮部愛芽世(あめぜ、3年、金蘭会)は日本代表として合宿や国際試合に参加し、チームを離れていた。いくら力があり、経験値が高いとはいえ、体力面やコンビの精度を含めた組織力、「必ず勝てる」という確信はなかった。だがトーナメントでの連戦、体力面も考慮し、2、3回戦は1年生中心のメンバーで戦い、勝利を収めた。準々決勝以降は春季リーグを戦ったメンバーが主軸となったが、大学での試合経験がない選手が試合に出場し、勝利を収めたことはこれからのチームを見据える上でも大きな意味があった。藤井さんはそう語る。
「もしかしたら1年生の中には、せっかくチャンスをもらえたのに最後は(試合に)出られず、悔しさが先行する選手もいるかもしれません。でも僕の中ではこれ以上ないぐらいに、チーム全員が自分の力を尽くして戦ってくれた、と思えた。だから、勝ったという結果以上に、素晴らしい貢献と経験値を積み重ねたというプラス材料しかないと思っています」
もう一つ、嬉(うれ)しいサプライズもあった。自身にとっても恩師であり、積山和明さん(前東海大男子バレー部監督)が現在、大学バレーボール連盟の理事長も務めているため、東日本インカレでは優勝監督賞を授与した。特別な言葉を交わすわけではない。だが賜杯を手に、自身を待つ積山さん顔を見ただけで、涙がこぼれた。
「偉大さは、十分すぎるぐらいに分かっていますから。今自分が指導者になり、積山先生が当時、監督としてどれだけ我慢をして、自分たちを認め、育ててくれたかも分かる。顔を見ただけで涙が出ちゃって(笑)、顔を上げられませんでした」
「彼女は死ぬほどバレーボールが大好きです」
二冠を制し、残すタイトルは二つ。9月10日に開幕予定の秋季リーグと12月の全日本インカレ。すべてを制すれば悲願の四冠獲得だ。
「このチームが始動した時から四冠は目標でした。当然、選手も意識しているでしょうし、僕からあえて言うことはありません。余計なプレッシャーをかける必要はないと思っていますから。でも、チームがグラグラした時や、迷った時、“このチームは何を目標にするんだっけ?”という時に、全員が立ち返ることのできるものがあるというのは強い。それだけで、僕は十分だと思っています」
夢を描けばすべて叶(かな)うほど甘い世界ではなく、輝かしい戦績を持つ選手も身長が低い、サーブレシーブが不得手など、できないことや足りないものばかりに着目され、悔しさも味わってきた。現在のチームにとって絶対的な柱でもあるセッターの中川つかさ主将(4年、金蘭会)もまさにその1人。金蘭会高校(大阪)で全国制覇を成し遂げ、アンダーカテゴリーでも十分すぎるほどの成果を残したにもかかわらず、159cmという身長をマイナスに捉えられ、高校を卒業後にVリーグのチームに入ることは叶わなかった。
だが、藤井さんは知っている。彼女がどれほど負けず嫌いで、勝負に貪欲(どんよく)かを。振り返れば、1年生の時の全日本インカレもそうだった。何本もストレート方向にサーブを打って相手を崩し、ブレイクを重ね1点差まで追い上げた。たまらず相手はタイムを取り、その時ふと、中川を見ると手が震えていた。タイム明けの1点がどれほど大切かをこれ以上ないほど理解しているからこそ背負うプレッシャー。しかし、その重圧をも彼女は自分ではねのけた。
「また同じところに、同じようにいいサーブを打った。大したものだな、と思いましたね。彼女が高校から東海大へ入る時、高校時代の恩師が私にメールをくれたんです。『中川は背も低いし、体力も、運動能力も特別優れたところはない選手です。でも、彼女は死ぬほどバレーボールが大好きです』と。大げさじゃなく、その言葉に感動しましたし、何度もその姿を見せてもらった。本当にすごい選手たちですよ」
コート上の6人だけでなく、みんなでつかんだ勝利
勝つことに貪欲で、力も備え、バレーが大好きな選手たちが頂点に立ち、満面の笑みを浮かべる。それが見られるのは指導者としてこの上ない喜びではあるが、実はそれ以上の喜びを感じることがある。
「優勝して、全員で集合写真を撮るじゃないですか。当然その時、前列に来るのはレギュラーだったり4年生だったり、そういう子たちなんですけど、でも後ろの方で試合にも出られず、ユニホームを着られない選手たちが本当に嬉しそうに笑っている。そういう姿を見ると涙が出ますね。誰に強制されるわけでもなく、この仲間と一緒に過ごしてきた時間が、自然に彼女たちの目標を上げ、自信をつけた。だから勝てば本気で喜んで、負ければ本気で悔しがる。試合に出る、出ないじゃないんです。チームとして、同じ目標を目指したからこその感情で、あの笑顔につながる。そういう姿を見るとね、本当に嬉しい。指導者になって良かった、と思うこれ以上ない瞬間です」
自身の現役時代を華々しく振り返るような写真も、ユニホームも手元にない。その理由は明確だ。今が最高だから。指導者として、かけがえのない時間を過ごしている。