野球

4季ぶり東京六大学を制した慶應義塾大学 未知数のチームから柱が生まれ、栄冠つかむ

4季ぶり40回目の優勝を果たした慶應義塾大の選手たち(撮影・大宮慎次朗)

東京六大学秋季リーグ戦は、慶應義塾大学が2021年秋以来となる40回目の栄冠をつかんだ。ともに優勝をかけた早慶戦を2勝1敗で制し、全チームから勝ち点を挙げる完全優勝を果たした。春の開幕前は戦力的に「未知数」だった慶大。いかに変貌(へんぼう)を遂げたのか? その裏側に迫った。

苦しんだ春、中心となる選手が台頭

大学野球は毎年、選手が入れ替わる。慶大はそれが顕著に表れたシーズンだった。投手では昨秋6勝の増居翔太(現・トヨタ自動車)らが、野手では昨秋三冠王の萩尾匡也(現・読売ジャイアンツ)らが抜けた。前年のレギュラーで残ったのは、主将の廣瀬隆太(4年、慶應義塾)と捕手の宮崎恭輔(4年、國學院久我山)の2人だけだった。

早稲田大との2回戦で適時三塁打を放ち、派手にガッツポーズする宮崎(撮影・井上翔太)

慶大の堀井哲也監督は、春のリーグ戦を前にこう話していた。

「戦力が未知数ということは、それだけ可能性がある、ということなんですが、見方を変えれば、やってみなければわからない。経験がない布陣で戦う不安もあります」

堀井監督の不安は露呈してしまった。開幕から2カード連続で勝ち点を献上し、早々に優勝争いから脱落した。2018年春から昨秋までの10季で4度優勝し、4位以下は1度もなかった慶大にとって、屈辱的な展開だったに違いない。

だが、ここからチームを立て直し、粘り腰を見せた。残り3カード全てで勝ち点を挙げ、3位に食い込んだのだ。秋の優勝は春の粘りから始まった。そう言っても過言ではないだろう。

台頭してきた選手もいた。打者では栗林泰三(4年、桐蔭学園)だ。一浪を経て入学した栗林はリーグ4位の高打率をマーク。シーズン途中からは四番を任されるようになった。

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最終学年で飛躍した栗林。秋は「三冠王」に輝いた(撮影・井上翔太)

投手では外丸東眞(あづま。2年、前橋育英)が3勝をマーク。空席だったエースの座をつかんだ。また、3年秋までベンチ入りもなかった谷村然(4年、桐光学園)が2勝。その投球には3年間の下積みで培ってきたものが裏打ちされていた。

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主砲の廣瀬と、司令塔の宮崎は「経験者」らしい働きを見せた。廣瀬は5本塁打を放ち、リーグ通算本塁打記録まであと5本に迫った。経験値が低い投手陣をよくリードした宮崎は、打撃でも好成績を残した。2人は「日米大学野球選手権」の日本代表にも選出され、さらなる経験を積んだ。

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慶應高校の甲子園優勝も大きな刺激に

チームの成長を感じていたのだろう。秋のリーグ戦に臨む頃には、堀井監督が発する言葉も春とは違っていた。「柱となる選手が何人も出てきて、骨格が整ってきました。優勝を目指せるチームになったと思います」

「弟分」の快挙も大きな刺激になっていた。夏の第105回全国高校野球選手権大会で、慶應高校が107年ぶりに優勝。「KEIOフィーバー」を巻き起こした。慶大は「塾高」の出身者が多い。主将の廣瀬もその一人。高校2年時は春夏と連続で甲子園に出場した。後輩たちに負けてはいられない――。慶應高校の全国制覇は廣瀬の心にも火をつけたようだ。

今夏は慶應高校が107年ぶりに甲子園を制し、歓喜の輪ができた(撮影・林敏行)

「源流」としてのプライドもあった。世の中の耳目を集めた慶應高校の「エンジョイ・ベースボール」というフレーズは、もともと古くから慶大野球部のモットー。堀井監督は慶大の選手時代、当時の前田祐吉監督から、「エンジョイ」の真の意味を教えてもらったという。

ちなみに堀井監督は2020年の4years.のインタビューで、「エンジョイ・ベースボール」について、次のように語っている。

「慶應といえば『エンジョイ・ベースボール』が代名詞ですが、私にとってはひたすら野球に打ち込むことがエンジョイであり、『エンジョイ・ベースボール』だったのです。好きな言葉の中に、慶應の元塾長である小泉信三先生が残した『練習ハ不可能ヲ可能ニス』という名言があるんですが、これは『エンジョイ・ベースボール』と同義だと思ってます」

「エンジョイベースボール」の精神で 慶應義塾大野球部・堀井哲也新監督(上)
「4年生力」を引き出し秋春連覇を 慶應義塾大野球部・堀井哲也新監督(下)

痛恨のサヨナラ負けを引きずらなかった

春のシーズンで、「未知数のチーム」から「粘り強いチーム」へと成長した慶大。秋は「ここ一番での勝負強さ」が加わった。法政大学戦、明治大学戦、そして早稲田大学戦と、山場は3度訪れたが、苦しみながらもその全てを乗り越えた。

最初は2カード目の法政大学戦。春は2位だった相手との対戦は4回戦までもつれ込み、逆転勝ちで勝ち点をもぎ取った。

首位同士の対決となった明大戦も勝負強かった。慶大が勝ち点を落とせば、明大に85年ぶりとなる4連覇を許す可能性が高まる中、1勝1敗で迎えた3回戦をものにした。打線が初回を一挙4点のビッグイニングを作り、援護を受けた先発の外丸は完封。重要な試合で投打の歯車がきっちりとかみ合い、単独首位に立った。

2年生ながらエースの座をつかんだ外丸(撮影・井上翔太)

この結果、優勝の行方は早慶戦の結果次第となった。翌週、明大は法大に1敗したため、優勝の可能性が消滅。伝統の早慶戦は天皇杯をかけた直接対決になった。もし慶大が明大戦を落としていたら、3試合でトータル7万3千人の観衆を集めた「大一番」は実現しなかった。

早大の小宮山悟監督は1回戦の試合前、堀井監督にお礼を伝えたという。

「このような舞台で戦えるのも、慶應さんのおかげですからね。『明治を倒してくれて、ありがとうございます』と」

迎えた最後の山場。その1回戦は早慶戦にふさわしい、逆転に次ぐ逆転の大熱戦になった。慶大は九回に1年生の上田太陽(國學院久我山)の適時打で試合をひっくり返した。だが、その裏、頼みの谷村が打たれ、逆転サヨナラ負け。早大に「王手」をかけられた。

相手に勢いを与えてしまった結果になり、試合後は廣瀬主将も沈痛な面持ちだった。「明日を(幼稚舎時代から着ている)KEIOのユニフォームを着る最後の日にしたくない」という言葉にも悲壮感が漂っていた。

それでも翌日、慶大ナインは堀井監督が驚くほどに明るく、前日のことを引きずってはいなかった。堀井監督は1回戦の後「これまで何度、谷村にチームを救ってもらったか」と話したといい、選手たちはそのことをよくわかっていた。

揺るがなかった谷村然への信頼

負ければ後がない2回戦、先発のマウンドを託されたのは1年生の竹内丈(桐蔭学園)だった。春の早慶2回戦でリーグ戦初登板を果たした竹内は、抜群の制球力とテンポの良さが持ち味。大事な秋の法大と明大のカードでも先発を担っていた。

1年生右腕は「得点にすれば200点」(堀井監督)という投球で応え、六回を無失点に。そして、2点リードで迎えた七回、救援のマウンドに立ったのは谷村だった。堀井監督の脳裏には一瞬、前日のことがよぎったが、それでも信頼は揺るがなかったという。

「谷村への継投は、昨日の試合が終わった時点で決めてました。本来の力はそんなものではないだろう、と送り出したんです」

谷村は早稲田大との1回戦で味わった悔しさを見事に晴らした(撮影・井上翔太)

谷村は終始攻めのピッチングで得点を許さなかった。九回、最後の打者を内野ゴロに打ち取ると、雄たけびを上げながら、大きなガッツポーズを繰り出した。前日の悔しさ、起用に応えてリードを守り切ったうれしさ。一気にいろいろなことがこみ上げてきたのだろう。

「優勝がかかった早慶戦でホームランを」かなえた廣瀬

そして、1勝1敗で迎えた3回戦。序盤の三回に飛び出したのが、廣瀬の一発だった。廣瀬はホームランの魅力について「一発で試合の流れを変える力がある」と語るが、言葉通りの先制2ラン。9月23日の法大1回戦以来となるアーチは、リーグ史上4位の早大・岡田彰布(現・阪神タイガース監督)に並ぶ通算20本目の本塁打となった。

「優勝がかかった早慶戦でホームランを打つ」という自身の目標を、最後の試合でかなえた。ドラフトで福岡ソフトバンクホークスから3巡目指名を受けたスラッガーは、やはり千両役者である。

今年は春も秋も徹底的にマークされた。秋は慶大先輩の高橋由伸氏(元・読売ジャイアンツ)が持つ、通算23本塁打の記録更新も期待されたが、当然ながら、甘いボールはほとんど来なかった。廣瀬のホームランは球場全体の雰囲気まで変えてしまうと、他校が警戒していたからだ。

秋はマークが厳しく、死球を受けて痛そうな表情を見せる廣瀬(撮影・井上翔太)

結果的に秋は2本で終わり、打率についてもやや物足りない数字になった。だが、今年の慶大打線を引っ張ったのは間違いなく廣瀬だった。相手投手はどうしても廣瀬に神経を注ぐ。それが次打者への思わぬ失投につながったこともあっただろう。

堀井監督は「世代ナンバーワンのバッターがチームにいたことは、打線の底上げにもつながった」と口にする。昨秋から3季連続で3割以上の打率を残し、秋は初のベストナインに選ばれた宮崎も「廣瀬は別格なので」と一目を置いている。

大一番を制し、通算40度目のリーグ優勝を果たしたが、まだ野球シーズンは終わっていない。明治神宮大会で優勝し、秋の大学王者になる。ゴールはあくまでもそこだ。

日本一になった慶應高校に続け――。「KEIOイヤー」のエピローグはまだ先だ。

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