ラグビー

連載:令和のアオハルリアル~東京都立大学ラグビー部物語2024~

主将は気づく、後輩に伝わる 大勝より大切な「自我」 東京都立大学ラグビー部物語6

横浜市立大戦の終盤、帰って来た田島直弥がトライをねじ込んだ。覆いかぶさるようにサポートしたのは1年生の谷口樂(すべて撮影・中川文如)

梅雨と真夏の境目にあった、不快指数全開な一日。蒸し暑い、の一言じゃ表現しきれないような。灰色の雲と湿った空気が、体全体に、のしかかってくるような。

東京都立大学ラグビー部が春のシーズンを締めくくった7月14日は、そんな一日だった。横浜市立大学との定期戦。気だるい天気と目の前の相手だけじゃない。心の内のモヤモヤとも、4年生たちは戦っていた。

その10日ほど前に話はさかのぼる。

練習後、4年生の選手4人が、チームを導いてきたプロコーチの藤森啓介(39)に呼び出された。そして、諭された。

「もっと、みんなが引っ張っていかなきゃいけないと思う。最上級生の、4年生が」

部活という場を最大級にコロナ禍に妨害されてしまったのが、今年の4年生の世代なのかもしれない。高校3年生の青春をほぼほぼ失った。続く大学生活のスタートダッシュの年も、何かと制約を強いられた。高校と大学の境目の2年間、暮らしの中心はオンラインであり、巣ごもりだった。それがデフォルトになってしまった世代だ。

都立大の選手4人のうち、入学時から継続的に練習に関わって、試合にも出続けてきたのは、キャプテンの中原亮太(湘南)ただ一人。リーダーシップが物足りなく映ってしまうのは、ある意味、仕方のないことでもあった。

キャプテン中原亮太(右)とロック高橋一平(3年、海老名)。2人でフォワード(FW)を盛り上げていく

それは、彼ら自身も、わかっていた。わかってはいたけれど、それを誰かから言葉にして伝えられることで、実感は増した。信じるコーチの言葉だったから、なおさらだ。中原は、気づかされた。

「真っ正面から藤森さんに言われて、改めて、気づかされました。意識、変えなきゃって」

怪しい雲行きを…

藤森と話した後、もう一度、4人は4人だけで確認し合った。意識、変えていこうと。練習中の声かけ、ジョグバック(だらだら歩かない)。そういう小さな一つ一つの行動の積み重ねが、「引っ張る」こと、すなわちリーダーシップにつながるのだと。そういう一つ一つの行動で4年生が示していくことが、下級生の自覚を促すことにもつながっていくのだと。

そうやって迎えた、横浜市立大戦だった。試合前、中原は円陣で語りかけた。

「みんな、自我を示していこう」

自我を示すとは、行動で自分を示すこと。自分自身に向けた、同期の4年生に向けた言葉でもあった。

開始から2分。いきなり先制トライを奪われた。怪しい雲行きを、選手たちは行動で吹き飛ばす。すぐに追いつき、フランカーに入った中原が勝ち越しトライ。4年生の代表が、行動で示した。その後もトライを積み上げた。

プロップとして定着しつつあるオリモブ・ムハマドオリム(右端、3年、日大藤沢)、チャンスを生かそうとボールに絡んでいったナンバー8尾高晃一朗(中央奥、3年、逗子開成)とフランカー植山光貴(左端、3年、相模原)

終わってみれば、73-7の大勝だった。正直、相手と力の差はあった。ただ、大勝の過程で、4年生も3年生も2年生も1年生も、誰もが学年に関係なく行動で示そうとし続けた姿が、大勝以上に大切なことだった。

「3年生が前に出よう」。そんなかけ声が聞こえた。4年生に引っ張られた、学年ごとの「自我」の表れだった。

「動きを合わせましょう」「外が空いている!」。1年生や2年生が、そうやってバックスをリードしようとしていた。下からの突き上げ、組織の活性化に欠かせない。

試合後の円陣。再び、中原が語りかけた。

「勝てて良かったけど、『良かった』で終わりじゃない。今日は、最初にトライを奪われたことを、一番、重く受け止めなきゃいけない。めざすところは、ここじゃないから」

秋の関東リーグ戦3部で格段に厳しい相手が待ち構えていることを、忘れてはいない。このままじゃ太刀打ちできないことを、忘れてはいない。

それでも、モヤモヤし続けた春のシーズンに、一つの区切りをつけることはできた。

春のモヤモヤは、夏本番を迎える前に、晴れた。

ヤツが帰って来た

横浜市立大戦では、もう一つ、忘れられない出来事があった。

試合終了の10分前。フィールドに投入された交代選手は、CTB田島直弥(2年、日野台)だった。

右ひざは白いテーピングでぐるぐる巻きだった。

大学でラグビーを始めた初心者。昨年6月のデビュー戦で、いきなり右ひざに大けがを負った。手術を受け、全治1年。せっかくラグビーを始めたのに、満足に楕円(だえん)球にさわることすらできず、リハビリの日々を送るしかなかった。練習場の隅っこで、みんなが走り回る姿を尻目に、筋トレに励むしかなかった。

そんな日々を乗り越えて、ほぼ1年ぶりに、田島が試合の舞台に帰って来た。帰って来た田島の一挙手一投足に、ベンチの視線が集まる。

2トライを奪った田島直弥(手前)。フランカーに入った先輩の船津丈(左、院1年、仙台三)や後輩のCTB押村俊希(右、1年、金沢二水)らが支えてくれた

フィールドに送り込まれて、わずか1分後のことだった。ゴール前で、田島にパスが回ってきた。もう、突っ込むしかない。追いすがる相手がタックルに来た。

オレの右ひざ、大丈夫か?

後輩がサポートしてくれた。大丈夫だ!

帰って来た田島がトライを決めた。

盛り上がるベンチ。「田島、おめでとう」「田島、ヤバい」「田島、この試合のMVPでしょ」。控え選手から、マネージャーから、次々とそんな声が聞こえる。調子に乗った田島、なんと、その8分後に2個目のトライも決めてしまった。

「芝にバーンって」

「トライした選手がいて、その選手の周りに祝福の輪ができる。いままでの僕は、その輪の、もう一つ、外側にいました。それが、その輪を飛び越えて、いきなり輪の中心になってしまって……。うれしくてしょうがないんですけど、どこか、変な感覚でもあります」

笑顔というより、どこか不思議そうな表情を浮かべる田島だった。

「でもね、スポーツやってて良かったな、部活やってて良かったなって改めて思えました。芝にバーンってボールをたたきつけて、トライできる。で、こうやって、ものすごく、みんなが喜んでくれる。先輩も、後輩も、同期も、マネージャーも。こんなこと、普段の生活じゃ、絶対に味わえないじゃないですか」

決して強くはない、ごくごく普通の体育会、東京都立大学ラグビー部。

でも、そこには、かけがえのない部活の風景がある。

それは、例えば、こんな風景。

厳しい秋のシーズンが待っている。個々の自律と伸び率が、その結果を大きく左右する

次回は8月16日公開予定。チームを導くプロコーチの藤森啓介が、自身の専門分野でもある組織マネジメントについて語ります。

令和のアオハルリアル~東京都立大学ラグビー部物語2024~

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