ラグビー

連載:令和のアオハルリアル~東京都立大学ラグビー部物語2024~

コーチこそコーチャブルに 「幸せ配達人」が語る(下)東京都立大学ラグビー部物語8

2023年の最終戦で関東大学リーグ戦3部残留を決め、当時のキャプテン船津丈(仙台三)と抱き合う藤森啓介(撮影・中川文如)

勝敗を超えるスポーツの価値、勝敗を超える部活の価値を何より尊ぶプロコーチの藤森啓介(39)。「幸せ配達人」として、東京都立大学ラグビー部の指導に足場を置きながら、全国を行脚する。

そんな彼が自らのコーチング・マインドセットを語るインタビューの後編をお届けします。今回のテーマはこちら。

大切な「居場所」とは?

コーチこそ、学べ。

【前編はこちら】自責の文化こそ主体性の源 「幸せ配達人」が語る(上)東京都立大学ラグビー部物語7

「素人7割」に教えられた

勝敗を超えるスポーツの価値、部活の価値って何だろう?

そんなことを考えるようになったきっかけは、僕が本格的にコーチを始めた大阪・早稲田摂陵高での出来事です。

2010年に体育教師として赴任し、9年間、ラグビー部を指導しました。「素人7割」の集団を鍛え上げて、就任して7年で花園(全国大会)予選の決勝までたどり着きました。

早稲田摂陵高を指導していた頃の藤森啓介。順調だった強化の一方、当時の自分の限界にも気づかされた(本人提供)

でも、気になることがありました。

試合に勝っても、心から喜べていない学年があったり、選手やマネージャーがいた。卒業後、ふらっとグラウンドに遊びに来てくれない部員がいた。僕の顔を見たり、話したりしたくないのかなって。

その時、本当の意味で初めて、指導者として自分で自分にベクトルを向けることができました。目の前の勝利だけにこだわりすぎていた。このままじゃ、ダメだと。自分が成長しなくては、何も変えられないのではないかと。

学び直し、気づいた

早稲田大学時代の恩師、中竹竜二さんらが立ち上げた一般社団法人「スポーツコーチングJapan」に移って、自らのコーチングを見つめ直しました。ビジネスや組織マネジメントの理論も学びました。

「幸福感を抱ける社員が多ければ多いほど、会社の生産性は上がる」との定説が、ビジネスの世界にはあるのだと知りました。自分の指導に足りないのは、この「幸福感」なのではないか。試合に勝っても、みんなが幸福感を抱けないチームなら、それは真の「勝ち」とは言えないのではないか。そう、自分に問いかけました。

そして、勝利の意味を、再定義しました。部員全員が、このチームにいて幸せだと感じることができるなら、それも一つの「勝ち」のカタチなのではないかと。

それが、いまの自分のコーチングの根っこにあるマインドセットです。

それぞれの居場所

みんなが幸せになるためには、一人ひとりの「居場所」をつくることが大切だと感じています。

ラグビーなら、試合に出られるのはリザーブ(控え)を含めても23人。もちろん、マネージャーは、試合に出ることはできない。そういう制約がある中、どうやって、一人ひとりの居場所を確保するか。

練習でボール出しを任される1年生マネージャーの林瞳俐(あいりい、左手前、立命館慶祥)と永井さくら(中央、桜美林)。こうやって、居場所をつくっていく(撮影・中川文如)

選手の場合、シーズンの最後の最後まで、全員でポジションを争ってほしいし、僕も最後の最後まで平等に接します。それでも、誰かが試合に出られなくなるのがスポーツの世界。出られない選手にも、このチームには自分の居場所があるのだと実感してほしい。

対戦相手の分析を任せる、練習で「仮想・相手チーム」をやりきってもらう、声を出して雰囲気を盛り上げる選手をリスペクトする、仲間に思いを伝えるスピーチの場を設ける。そうやって、一人ひとりに、その人だけの居場所をつくろうと心を砕いています。

マネージャーに対しても、同じです。試合に出られなくても、選手のパフォーマンスを上げる、勝利に貢献する。マネージャーは、必ず、できるはずなんです。道具や水の準備、けがの応急処置だけが仕事ではない。モチベーションビデオを編集したり、おそろいのオリジナルグッズをつくって一体感を高めたり、能動的に探せば探すほど、できることは増えていくはずなんです。

「練習MVP」を発表する岩井春菜(左、1年、北園)と丁野真菜(4年、厚木)。手作りの色紙を贈る(撮影・中川文如)

マネージャーの人数を絞る部もあると聞きます。都立大では、そういうことはしません。いま、2年生に5人、1年生には7人のマネージャーがいます。その分、やるべきことも多い。昨年から、マネージャー選定の「練習MVP」を毎回表彰するようになりました。今年は、マネージャーと選手のユニットをつくって、ウェートトレーニングや食事管理へのコミットを深めました。「こういうこともできるよ」と提案しながら、さらに気づきを促そうと取り組んでいます。

その意味でコーチには、チームをマネジメントする立場から一人ひとりの居場所をつくり出す「プロデュース力」も求められるのだと思います。僕自身、新しい発想をほしくなった時は、スポーツ以外の分野のメソッドを採り入れることを意識しています。

ネガティブ評価こそ糧に

時代の変化は加速するばかりです。人の考え方も変わります。コーチの価値観や育った環境と、部員たちのそれは違います。部員たちの世代は、どんなことに興味があるのか、どんな考え方をするのか。そういうことを理解しようとせずに指導するのは、ありえません。

コーチと部員の関係も、人と人とのつきあい。スポーツ指導のみに、コミュニケーションはとどまりません。自分がどう思うかだけではなく、自分のことが相手にどう思われているのか把握することは大切です。すべてを部員に合わせればいいという話ではないけれど、どう自分が見られているのか、どんな意見を選手は持っているのかを知ったうえでコーチングをアップデートしていく作業は必須。その視点がないと、いつのまにか、コーチである自分が主体になってしまう。やらされていると感じる選手が増えてしまうのだと思います。

「Coachable(コーチャブル)」という言葉があります。コーチングを受けられる状態にある、他者のフィードバックを受け取れる状態にある、という意味です。コーチこそ、コーチャブルでなければならないのだと思います。

毎年のシーズンが終わると、部員たちにアンケートを取って、コーチングに対するフィードバックをもらうようにしています。アンケートの中で、僕の指導の良かった点、悪かった点を挙げてもらう。ネガティブな評価を受け入れるのは、痛みを伴うフィードバックです。でも、その作業を避けてしまったら、成長はない。

結局は、自分にベクトルを向けられるかどうか、なのだと思います。前編のインタビューでも触れましたが、降りかかってくる試練を、「自責」ととらえるか、「他責」ととらえるか。それによって、成長度は大きく変わってくる。ベクトルを自分に向けなければ、永遠に人は変われない。

コーチングの試行錯誤を重ねて、気づいたことです。

2022年の夏、マネージャーたちは藤森啓介と選手全員に手作りのお守りを渡した。私たちも一緒に戦う。そんな気持ちの象徴だった(撮影・中川文如)

次回は9月13日公開予定。たった一人の3年生マネージャーの思いに迫ります。

令和のアオハルリアル~東京都立大学ラグビー部物語2024~

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