開幕戦で突きつけられた絶対評価と相対評価の「溝」 東京都立大学ラグビー部物語10
練習と本番は、違う。
例えば、受験や定期テスト。何冊もの問題集をこなしても、何冊もの参考書の中身を頭にたたき込んでも、過去問を数えきれないほど解き直しても、いざ本番になれば、それは別モノだ。
必ずと言っていいほど、未知の問題にぶち当たる。かと思えば、正解して当たり前な問題で、なぜか迷ってしまう。あれ、この答え、どっちだったっけ?
それが、本番のプレッシャーだ。それが、本番というものだ。
絶対評価と相対評価は、違う。
オレ、頑張って勉強した。準備は万全だ。そうやって自分で自分をほめるのは、絶対評価だ。自分で自分をほめることができるまで、頑張った。間違いなく、その努力と満足感には価値がある。
でも、その絶対評価が、必ずしも相対評価に反映されるとは限らない。
定期テストなら、他者との点数比較で、1位から最下位まで順位がつけられてしまう。受験なら、たった一つの順位の違いで、合格と不合格が残酷なまでに染め分けられてしまう。それが、相対評価というものだ。
勉強だけじゃない。世の中の大抵のことは、相対評価で染め分けられていく。自分で自分をほめることのできた、その満足感の先にある評価で。
自分で自分をほめた先、その満足感の先、もっともっと、努力が必要な局面。それは往々にしてある。
そう、スポーツも。
練習と本番。
絶対評価と相対評価。
東京都立大学ラグビー部が、その現実を知った。
小さな綻びが……
9月15日、関東大学リーグ戦3部開幕戦でのことだった。
相手は東京工業大学。同じ都内の国公立校として、勝ったり負けたりを繰り返してきたライバルだ。3部8チーム中で「5位以上」という目標を定める都立大にとって、どうしても勝っておきたい、勝たなければならない一戦だった。
8月の夏合宿を終えてから、この一戦にターゲットを絞り込んで、分析を重ねて、対策を打ってきた。準備は万全、のはずだった。
が、思惑通りに事は運ばない。
開始早々、警戒していたはずの肉弾戦、モールで機先を制された。春先からこだわって強化を重ねてきたはずの1対1のフィジカルで、ことごとく後手に回った。シンプルに力負け。先制トライを許す。
反撃のチャンス、何度もつくった。相手陣でマイボールのラインアウト。それは都立大のトライパターンだ。なのに、スローインがぶれてしまう、ジャンパーがキャッチし損ねてしまう。
スクラムを押し込まれて、苦し紛れのアタックでボールを手放してしまう。キックミスで、自ら流れを断ち切ってしまう。どれも、自分で自分をほめることができたはずの練習で、実は、ないがしろにしてきた小さな綻(ほころ)びだった。その小さな綻びが、本番で、大きな致命傷になっていく。
そうやって、じりじりと水を空けられた。ウェートトレーニングで追い込んで自信を携えたはずのフィジカル勝負は、最後まで勝てなかった。終わってみれば、12-35。一つ一つの小さな綻びが、一つ一つの決定的なビハインドを招いて、それが積み重なった末の23点差だった。
練習と本番。絶対評価と相対評価。そのギャップに、準備段階で自ら気づく。自ら気づいて、そのギャップを準備段階で埋めて、勝負に挑む。それが、いかに、厳しく難しいことか。思い知らされる開幕戦だった。
試合後、選手たちは淡々と結果を受け入れているように映った。プロコーチの藤森啓介(39)は、円陣で、まずベクトルを自分に向けた。「正直、もっとできると思っていた。悔しいよ」。そして、続けた。「みんなも、もっと、自分にベクトルを向けてほしい。心から悔しい、これからもっと成長しなければ。そう、思えるかどうか」
ある者はうつむいたまま、ある者は表情を変えず、そして誰もが無言のまま、藤森の言葉を受け入れた。キャプテン中原亮太(4年、湘南)の総括は、こうだった。
「みんな、自分たちの甘さに、気づいたと思う」
「本当に悔しい?」
そんなチームを俯瞰(ふかん)している者がいた。センター(CTB)青木紳悟(川和)だ。
2年前、都立大史上最高の3部3位という結果を残した代のキャプテンは、いま、大学院2年生。研究や学会に忙しい日々を送る。本格的に練習に加われるようになったのは、9月に入ってから。この日は緊急事態に備えてリザーブ(控え)に入っていた。
実際、まさかの大劣勢という緊急事態が起きた。後半途中から出場。的確なパスさばき、よく通る指示で、後輩たちを鼓舞した。試合展開と雰囲気を立て直して、一矢ならぬ二矢を報いる2トライにつなげた。
「練習で手を抜いたり、さぼったり。誰も、そんなこと、全然、なかったと思うんですよ。それが、こんな形で負けてしまった。負けた後、みんなの表情を見て、感じました。本当に、悔しいのかな?」
薄氷の勝負を制しに制した末、3位にたどり着いた2年前を思い起こした。
「僕たちの代も、最初は、こうでした。どこか練習を『こなす』感覚で、うまくなったつもりで、そのまま試合に入って、負けてしまった。で、思い描いた理想と現実のギャップに気づいたんです。それからがむしゃらになって、シーズン終盤になると、みんな、泣きながら練習でタックルしていました。そういう熱さ、やっぱり、必要だと思う。根性論を振りかざすつもりはないけれど……」
「練習で出しきるのは、当たり前。練習以外の時間で、どれだけ真剣にラグビーのことを考えられるか。気持ちを胸の内に秘めるタイプが、今年のチームには多いのかもしれない。でもね、目に見える『熱さ』って、必要だと思うんです。そういう熱さって、周りに、みんなに、伝わっていくものだから」
シーズンが深まるにつれて、院生の経験値にも導かれながら、その年その年のチームを築き上げていく。それが、近年の部員不足と向き合う都立大のスタイルでもある。
先輩の、言葉と思い。
後輩に、届くだろうか。
次回は10月4日公開予定。昨年王者との第2戦をリポートします。熱く、巻き返せるのか?