「0-104」は問いかける 素人タックラーの覚醒 東京都立大学ラグビー部物語11
昭和の時代、「スクール☆ウォーズ」って青春ドラマがあった。
主役は、山下真司さんが演じる熱血教師。落ちこぼれの高校生たちとガチで向き合って、弱小ラグビー部を日本一に導く熱いストーリーだ。そのドラマの序盤、高校生たちが心を入れ替えるきっかけになる、ある大敗がある。
その試合のスコア、0-109。
さて、リアルな現代。9月22日、関東大学リーグ戦3部第2戦。東京都立大学は、昨年王者の新潟食料農業大学に、これ以上ない大敗を喫してしまった。
その試合のスコア、0-104。
ドラマに迫る勢いの、大敗だった。
相手ボールのキックオフ。最初に仕掛けた攻撃で仰向けに倒されて、逆襲から最初のトライを奪われた。ノーホイッスルのまま過ぎ去った、瞬く間の36秒。後は、だいたい、似たような展開が繰り返された。終わってみれば、16トライを失っていた。
シンプルな素人
時計の針が進むにつれて、覇気を失っていった都立大の選手たち。それでも、沈鬱(ちんうつ)なムードに流されず、異彩を放つ者はいた。
フランカー、山田晃大(2年、茗渓学園)。
そのプレースタイル、極めてシンプルだ。無理もない。ラグビーを始めて、まだ1年半も経っていない「素人」なのだから。
目の前のボールを追いかけて、ただひたすらに走り回る。ボールを持った相手を射程圏にとらえたら、ただひたすらにタックルを見舞う。数少ない攻撃のチャンスをとらえたら、ボールを手にした仲間に1秒でも素早く駆け寄ろうとする。自らボールを手にしたら、臆せず前へ突き進もうとする。
何をやっても、うまく転がらない時。得てして、そういうシンプルな行動と思考がきらりと光ることがある。小さくまとまろうとするのではなく、一点突破で突き抜けようとする、シンプルに尖(とが)った行動と思考が。
「僕、タックルとサポートしかできないんで。だからこそ、もっとタックルして、もっと仲間をサポートしなきゃならなかった」
試合後、そう、素人は悔しがった。
ラグビーを始めて1年半足らずの素人は、個対個なら、昨年王者と互角に戦っていた。
オーストリアのウィーンから、ドイツのデュッセルドルフへ。エンジニアの父の仕事の都合で、欧州を渡り歩きながら幼い頃を過ごした。自分というものを前面に出さなきゃ、「その他大勢」に埋もれてしまう空気感。だからなのか、感情表現は豊かだ。チームビルディングを兼ねた練習前のレクリエーション、いつだってムードメーカーになれる。練習中に時折、謎に大声でドイツ語を発して場をほぐす。
高校進学を機に日本に戻り、ラグビーで有名な茗渓学園へ。強いラグビー部に憧れもしたけれど、それ以上に、その時の興味関心はバスケットボールにあった。いまとなっては、その理由は定かではないけれど。で、バスケ部の門をたたいた。で、どこか窮屈さを感じる自分に気づいた。
え、バスケって、相手にぶつかっちゃいけないの?
欧州での日々、スポーツとは縁がなかった。だから、帰国したらスポーツをやってみたいと思った。なぜ、スポーツをやってみたくなったのか。思いきって、相手にぶつかってみたかったから。その爽快感と、怖さと隣り合わせの勇気を奮い立たせるヒリヒリ感に、浸ってみたかったから。
相手にぶつかっちゃいけないバスケを始めてみて、スポーツを通じて自分が探し求めていたものは何なのか、ようやく気づいた。
ラグビー部に入っていれば……。そんな葛藤を抱えつつ、物事を途中で投げ出すのも性に合わなかった。高校3年間、バスケ部を全うした。
アットホームに誘われて
ただ、大学生になっても、ラグビーを始める気はなかった。ラグビーって、大学で始めるようなものじゃない。そんな敷居の高さを感じていた。
都立大は、違った。
初心者、大歓迎。入学早々、そんなラグビー部の誘い文句が目と耳に飛び込んできた。部員不足に悩むチームの、そんなアットホームな雰囲気が敷居を下げてくれた。最初は様子見程度でバックスに配されて、パスの練習を繰り返した。あれっ、やっぱり窮屈だな。1年生の夏合宿でフォワード(FW)のフランカー転向を言い渡された。チームの先頭に立ってタックルするのが、唯一無二のミッション。探し求めていたものが、そこにあった。
これだよ、これ!
タックルと筋トレに明け暮れた。練習は週3日。残る4日間、やることもなくて、ジムに通って、ご飯をたくさん食べた。入学した頃に70kg前後だった体重は半年で5kg増量し、昨秋の公式戦8試合のうち5試合に出場できた。さらに87kgまで増量して、迎えたこの秋。開幕戦で漏れた先発の座が、2戦目で巡ってきた。期する覚悟があった。
タックル、刺さりまくってやる!
0-104の80分間は、その覚悟を体現しようとした80分間でもあった。
そこに悔しさはあるのか
「0-104、どう感じる?」
大敗の後。
プロコーチの藤森啓介(39)は、選手たちに問いかけた。
「悔しい、恥ずかしい、マネージャーたちに申し訳ないと感じるのか。仕方ない、と感じるのか。いま、この時の感情。メチャメチャ、大事だよ」
選手たちから、反応は、ない。
「いま、この時の感情を、大切にしてほしい。それを、みんなで、行動で示していかなきゃならないと思う。それが、このチームの未来を決めていく」
円陣がほどけた。山田は一人、しゃがみ込んでいた。
「これまでは自分のことで頭がいっぱいだったけど、この結果に、気づかされました。自覚が足りなかったって。もう、自分のことだけじゃ、ダメなんだって。2年生として、1年生を、巻き込んで、引っ張っていく。2年生として、上級生を支えていく。そういうことまで、考えていかなきゃダメなんだって。自分が、リーダーになったつもりで」
学年なんて、関係ない。そんな新たな覚悟を、素人ながらに胸に刻んでいた。
リーダー?フォロワー?
フォロワーシップという理論がある。オレがオレがと先頭に立つよりもむしろ、一歩引いて仲間の背中を押しながら、チームの強みを最大化させようとする振る舞いのことだ。藤森と都立大は、このフォロワーシップとリーダーシップを組み合わせることで組織を回してきた。
ただ、今年のチームに関して言えば、色合いが違うのかもしれない。総体として、リーダーシップの色が薄い。だから、フォロワーシップも生きてこない。そんな悪循環に陥っている。
巻き込んで、引っ張って。
自分が、リーダーになったつもりで。
一人ひとりのリーダーシップが、問われている。
0-104という現実が、問いかけてくる。
次回は10月11日公開予定。もう一人の「素人」の物語を、第3戦のレビューとともにお伝えします。