ラグビー

連載:令和のアオハルリアル~東京都立大学ラグビー部物語2024~

「0-88」がもたらした孤高のハードラーの変身 東京都立大学ラグビー部物語12

東農大戦でスクラムを組む木本悠仁(手前)。彼の頭には「タックル」の4文字しかない(すべて撮影・中川文如)

0-88。

2週間前は、0-104だった。

大敗に次ぐ、大敗。2試合、合わせて、0-192。

10月6日、関東大学ラグビーリーグ戦3部、第3戦。東京都立大学、東京農業大学に、またしても大敗を喫した。

反省は尽きない、光は見えない。でも、そんな時こそ、強引にでもポジティブな何かを見つけ出して次につなげていくことが、負けても負けても試合が続くリーグ戦では大切だ。

おそらく、人生も、そう。

この日の都立大なら、立ち上がりだった。試合の出だしでけつまずいてしまうのは、ここ数年の悪いクセ。この日の都立大は違った。逆説的だけど、ディフェンスで前進する。タックルで、前へ前へ。そうやって相手の攻撃を押し戻し、自陣から敵陣へ。相手ボールで始まったキックオフからの5分間限定だったけど、悪いクセを克服できた。

進撃のタックルの中心に、フランカー木本悠仁(ゆうじん、2年、宮城第一)がいた。

相手がパスを回す、一心不乱にダッシュして間合いを詰める、飛び込むようにタックル。その繰り返し。

大学でラグビーを始めた、ラグビー歴たった1年半の、素人タックラー。

「僕、タックルしか、できないですから」

突破されそうになっても、一心不乱に相手に食らいついた木本悠仁(下)

2週間前。昨年王者の新潟食料農業大学に大敗した時も、やはりラグビー歴1年半の素人タックラー、山田晃大(2年、茗渓学園)が愚直なタックルで王者に抵抗を試みていた。

そして、この日の木本。

何度でも、書く。

何をやっても、うまく転がらない時。得てして、こういうシンプルな行動と思考がきらりと光ることがある。小さくまとまろうとするのではなく、一点突破で突き抜けようとする、シンプルに尖(とが)った行動と思考が。

格好なんて気にせず、一心不乱になれるヤツの、一心不乱な振る舞いが。

またしても、厳しい現実を突きつけられた

自分一人の世界

オレって、チームプレーには向いてないよな。そう自覚しながら育ってきた。

小学生時代、サッカークラブに通っていた。アイツはこう動くだろう。だから、オレはこう動いて、こういう風にパスを出さなきゃ。そんな風に考えながらプレーするのが苦手だった。

中学校で陸上部に入った。専門は110mハードル。仲間が何を考えているのか。そんなの関係ない。やるもやらないも、自分次第。努力するのもサボるのも、自分次第。すべてが、「自分一人の世界」で完結する。そんな競技気質が肌に合った。

でも、やっぱり、チームプレーって、いいよな。

そんな風に気持ちが傾いたのは2019年のこと。まだ世界がコロナ禍に見舞われる前、日本列島を密な興奮で包み込んだラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会が、きっかけだった。ワン・フォア・オール、オール・フォア・ワン。その言葉、初耳だった。一人はみんなのために、みんなは一人のために。そのマインドセット、格好いいな。

ただ、進学した宮城第一高は元女子校。生徒の大半を女子が占めていて、ラグビー部はなかった。

やっぱり、オレって、チームプレーには縁がないんだな。

そんな風にあきらめて、再び陸上部へ。再び、自分一人の世界に浸った。

3年生になると部長を任された。ただ、無理に部を束ねようとしたわけじゃない。部員たちに伝えた。やるもやらないも、自分次第だよ、と。だって、すべてが「自分一人の世界」で完結するんだから。

交通事故で吹っ飛んだ

都立大でのキャンパスライフが始まった。後に仲間となる素人たちと同様、ラグビーに興味はあったけど、ラグビー部に入るつもりはなかった。だって、敷居が高そうだから。でも、後に仲間となる素人たちと同様、部のアットホームな雰囲気にほだされた。

入部した。しばらくは後悔の日々が続いた。「もう、練習がバカきつくって」。きつい練習をきついと感じなくなったのは、後に一緒にフランカーを組む素人・山田と同様、タックルに出会ってからだ。

ボールを手に向かってくる相手への恐怖感、1ミリも抱かなかった。その相手を倒せば、仲間が喜んでくれた。これが、ワン・フォア・オールか。もしかしたら、オレ、タックルの才能があるのかも。

思い当たる節がある。中学3年生の時の出来事だ。自転車をこいでいたら、自動車が突っ込んできた。吹っ飛ばされた、体は宙を舞った。自転車もメチャクチャに壊れてしまう交通事故。死ぬかと思った。でも、まったくの無傷だった。

「あの事故に遭って以来、何かと衝突すること、ぶつかることへの恐怖感が、なくなったんです。冗談みたいだけど、本当の話なんです」

山田と競うように、筋トレして、食べて、体重を増やした。いま、入学時より10kg以上重い83kg。帰省すると、かつてのクラスメートに驚かれるようになった。ちなみに木本と山田、ちょっと長めな髪形も互いに寄せて、おもしろがってもいる。

ボールを持って突進を図るナンバー8船津丈(院1年、仙台三)のサポートに入る山田晃大(中央手前)。奥からフォローするのはCTB(センター)押村俊希(1年、金沢二水)

木本にとって、東農大戦は自身2度目の先発だった。初先発を果たした2週間前の新潟食農大戦で、コーチや仲間がタックルをほめてくれた。意気に感じた。そのタックルに加えて、新たなテーマを設定して臨んだ東農大戦でもあった。

バックス7人のうち5人を1年生が占めていた。チームの苦しい台所事情を物語る陣容。プレーの合間、トライを取られた後、山田は1年生たちに声をかけ続けた。まだ限られたラグビーの知識を総動員して。

「たくさんコミュニケーションを取って、後輩の負担を少しでも軽くしてやりたかったんです。一人だけじゃなくて、みんなで頑張らないと、勝てないから」

「自分一人の世界」に浸ってきたハードラー。気づけば、仲間思いのタックラーに変身していた。

反則の学び

ところで、目下、木本の悩みの種はルール。ラグビーのルールって、あらゆる競技で一、二を争うほど複雑怪奇、しかも毎年のように細かく変更される。どうしても、覚えきれない。

昨年のデビュー戦。後半途中から出場して3分後、いきなりハイタックルをかましてシンビン(一時退場)を命じられた。もちろん、悪気があったわけじゃない。けど、試合に出るたびに異なる反則を犯して、笛を吹かれてしまう。「一つ一つ、反則しながらルールを覚えていく感覚です。それじゃあ、ダメなんですけどね」

決して、ほめられない。

でも、こんな突き抜けたマインドセットが、いまの都立大には必要だ。

何度でも、書く。

シンプルに尖(とが)った行動と思考こそが、苦境を打開する。

格好なんて気にせず、一心不乱になれるヤツの、一心不乱な振る舞いが。

そんな、真っすぐな振る舞いこそが、仲間の心を突き抜ける、チームを結束に導く。

試合中に声を出して仲間を鼓舞する木本悠仁(左から2人目)

次回は10月25日公開予定。今年のリーグ戦で唯一となるホームゲームの様子をお伝えします。駆けつける卒業生たちの応援を、パワーに変えられるのか。

令和のアオハルリアル~東京都立大学ラグビー部物語2024~

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