ラグビー

連載:令和のアオハルリアル~東京都立大学ラグビー部物語2024~

なぜ、若者は部活する? タイパもコスパも度外視で……東京都立大学ラグビー部物語1

2024年のチームスローガンは「AHEAD(前へ)」。その「A」をみんなで表現(すべて撮影・中川文如)

ちょっと前の話になるけれど、年に1度のゴールデンウィークの出来事だ。

4連休の真ん中の、5月4日のことだった。

文字通り、雲一つない青空。これ以上ない休日だ。どこへ遊びに行こうか……。

そんなプレシャスな一日に、律義に学校のグラウンドへと集まる学生たちがいた。

人工芝の照り返しは厳しい。体感気温、余裕で30度を超えていた。

東京都立大学ラグビー部。関東大学リーグ戦3部に所属する。昨年はリーグ戦でたった1勝しかできず、8チーム中の7位に終わった。4部2位との入れ替え戦行きを強いられて、終了間際の大ピンチを何とか耐えて、引き分けて、ギリギリで3部残留を果たした。

昨年12月10日、駒澤大学の入れ替え戦。3部残留を果たして抱き合って喜ぶ選手たち

あの入れ替え戦から、もう、5カ月が経とうとしていた。

あんなにも冷や汗で綱渡りの時間、もう、懲り懲りだ。

それでも、彼らは、グラウンドに帰って来た。

彼らは、何を部活に求めているのだろうか。

何を、探しているのだろうか。

戻った「日常」

後輩の様子が気になって、練習を手伝おうと駆けつけたOBたちがいた。

目の前に、新入生を加えた選手たち。今年は多いぞ。30人ほどに達している。

思わず、つぶやいた。

「日常の景色、戻ったな」

決して強いわけでもなく、有名なわけでもないラグビー部だ。部活をまっとうすれば就職が保証されるわけでもない。ラグビーのために都立大の門をたたく学生は、まず、いない。

そういう部だから、コロナ禍であっというまに存亡の危機に追い込まれた。「コロナ元年」だった2020年と2021年の新入部員は片手で数えるほど。コロナそのものはもちろん、世間を覆う自粛ムードの打撃をまともに食らった。

新歓のあり方を翌年から見直した。楕円(だえん)球に触れたことすらない初心者にまで、声をかけてかけてかけまくる。誘い文句は「ラグビーやろうよ」じゃなくて、「友だち、つくろうよ」。そうやって、先細る部の歴史をつないできた。

そして、ようやく、「日常」は戻って来た。

今年の新入部員、選手は11人。そのうち競技経験者が8人を占める。試合に先発する15人をそろえるのさえ苦労した時期を知るOBたちが、感慨にふけるのも無理はなかった。

ひとりぼっちのアイツ

活気を取り戻したグラウンド。目の前の「日常の景色」に、目を凝らしてみる。

練習の輪に入れない、ひとりぼっちがいた。

時にバーベルを上げながら、時にストレッチで体をほぐしながら、ピッチを走り回る仲間たちを見つめていた。

田島直弥(日野台)。「友達、つくろうよ」に誘われたラグビー初心者の2年生だ。

手術した右ひざをいたわりながら練習を見つめる田島直弥

小中学生の頃はサッカー、高校でハンドボールに打ち込んだ。ハンドボールを続けるつもりだった大学で、ラグビー部の新歓攻勢に見舞われた。

「練習、のぞいてみようか」。高校時代の友達と一緒に、軽い気持ちでグラウンドを訪ねた。「独特の雰囲気」が心地良かった。いち早く友達が入部を決めた。「誘ったオレが、やらないわけにはいかないよな」。引くに引けなくなった。

そんな経緯で始めたラグビー、思いのほか、自分に合っていた。「サッカーでたくさんボールを蹴ってきて、ハンドボールでたくさんボールを投げてきて、その両方を生かせるなって」

昨年6月、練習試合デビューを果たした。3Kスポーツ「キツイ、汚い、危険」の代表格の洗礼を、いきなり浴びるハメになった。右ひざに大けがを負って、即、手術。「復帰は早くて1年後」。そう、医師から告げられた。

辞めるのは簡単だけど

「嫌な思い出しかない。ていうか、まだ、まともにラグビーやったことがない」苦境での戦線離脱。そのまま、部を辞めたくもなった。でも、辞めなかった。

「なぜだろう……。何となく、中途半端が嫌だったんです。どうせ辞めるなら、一度はちゃんと、ラグビーできるようになってから辞めようって」

ひとりぼっちの日々が始まった。

最初にできたことと言えば、上半身のウェートトレーニングくらい。それしかできないから、とことん鍛えて、とことん食トレもした。気づけば体重は88kgに。高校時代より、筋肉増量で10kg近く増えた。

孤独な努力を、仲間たちは温かく見守ってくれた。練習の前後、あえて明るく話しかけてくれた。昨年の最後の練習の後。マネージャーたちから「1年生MVP」に選ばれた。

「1年間、何の役にも立たなかったのに。気を使ってくれただけだと思うんですけどね。でも、そういう気持ちも含めて、この部の雰囲気が好きなんです」

入部を決めた「独特の雰囲気」って、ただ、仲が良いだけのことじゃない。上級生と下級生、選手とマネージャーの間に、壁みたいなものがない。誰とでも、何でも、感じたことを言い合える。風通し抜群、リアルなコミュニケーションが、そこにある。

練習開始前の恒例、チームビルディングタイムで笑顔をこぼす選手とマネージャー。こうやって組織の絆を深めていく

実は田島、日野台高ハンドボール部時代に「伝説」をつくっている。3年生でキャプテンを任された。やはり、部員不足で部は存亡の危機に立たされていた。「友達、つくろうよ」。声をかけてかけてかけまくって、18人もの新入部員を確保した。

「部活って、辞めようと思えば、いつでも辞められるじゃないですか。極端な話、顧問の先生や部長に電話1本で。でもね、それじゃあ、もったいない。何もしないで大学4年間が過ぎ去っていくのって、すごく、もったいない気がするんです」

無事に復帰できたら、ほろ苦いデビュー戦のFW(フォワード)からバックスにポジションが変わりそうだ。どんな形でも、仲間たちがくれた気持ちに応えたい。

ひとりぼっちは、たくさんの仲間たちとワイワイガヤガヤああだこうだと、楽しく、真剣に、過ごす時間が大好きなのだ。

令和の部活って?

費やした時間の効率を重視するタイムパフォーマンス、略してタイパ。費やした労力やお金の効率を重視するコストパフォーマンス、略してコスパ。タイパとコスパ最優先の、令和という時代だ。タイパとコスパに追い立てられる、令和という時代だ。

ある意味、部活って、タイパやコスパとは対極にある。特に、ラグビーはそう。地味で痛い練習を積み重ねて、その成果を示すべき試合はたった80分間。けがはつきものだ。勝負の行方は時の運にも左右される。マネージャーに至っては、その勝負の舞台にすら立つことができない。いまどきの学生、勉強もバイトも忙しい。

それでも、日本列島のあちこちで、部活に青春を託す若者たちがいる。

選手32人とマネージャー16人、みんな一緒になってスタートを切った、東京都立大学ラグビー部のアオハル。

2024年を走り終えた先に、どんな景色が待っているのだろう。

チームを束ねるのはプロコーチの藤森啓介(左から3人目)。ラグビーの戦術はもちろん、チームマネジメントの理論にも精通する

日常が戻りつつある令和の時代。決して強いわけでも、有名なわけでもない東京都立大学ラグビー部の日々を通じて、いまどきの若者のリアルな姿を追います。次回は6月7日、いまどきの新歓のリアルを探ります。

令和のアオハルリアル~東京都立大学ラグビー部物語2024~

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