先輩のため、俺は山下りにかける 日体大・廻谷
駅伝シーズンを前に、日体大陸上競技部駅伝ブロックは前監督の解任で大きく揺れ、箱根までは学生主導で運営することが決まった。「それで大丈夫かとの声もありましたが、いろんな方々からこれまでよりも密度の濃い支援をしてもらえ、われわれとしてはここまで予定通り来られました。日体大の総力をあげて戦う駅伝になるのではと思ってます」と陸上部部長長の横山順一氏。12月17日に日体大横浜・健志台キャンパスで開催された箱根駅伝共同取材で語った。選手たちも初志貫徹、前回19秒差で逃した3位を狙う。
学生主導にシフト
9月以降、陸上競技部監督の小林史明氏が監督に、元西脇工業高校陸上部駅伝監督の渡辺公二氏が総監督に就任。学生主導で、練習メニュー決定からレースメンバーの選抜までやってきた。新体制で最も変わったのはミーティングだ。ミーティング専門講師から指導を受け、一方的だったミーティングが互いに意見を述べられる集まりに変わった。従来は練習前の少しの時間だけだったが、新体制以降はミーティングを練習の一環ととらえ、長いときには2時間も意見を交わした。
前回の箱根が終わった翌日の4日、林田元輝(4年、九州学院)が新チームの主将になり、同期と話し合って「学生三大駅伝(出雲、全日本、箱根)で3位」を目標に定めた。しかし、出雲では9位、全日本では12位に終わった。全日本の直後、4年生だけのミーティングで林田は「いまのままでは3位は厳しい。目標を5位に修正した方がいいんじゃないか? 」と提案した。しかし、室伏穂高(4年、加藤学園)は「それでクリアできたとして、素直に喜べるのか? 軸はぶらしちゃいけない」と主張し、当初の目標通りの3位で突き進む気持ちが固まった。小林監督も「日を追うごとに、本当にいい形になってきました。先日まで8日間の合宿をやりましたが、われわれが思っていた以上の出来で、選手自身にも強い自信になったと思います」と話す。
室伏は出雲と全日本を体調不良で欠場した。夏合宿で手応えをつかんでいただけに、仲間の走る姿を見守るだけの自分にふがいなさを感じた。その悔しさも最後の箱根にぶつけるつもりだ。希望するのは、1年生のときに挑んで17位と惨敗した5区だ。あのときの悔しさがずっと心に残り、坂が嫌いになった。「俺はもうダメだって思いました。練習中も上り坂を見ると嫌だなって。でも、去年と今年、9区を走れたことが自信になって、もう一度5区に挑戦しようという気持ちになれました」。前回が終わった時点で、5区を走れるのは自分しかいないんじゃないかという思いが室伏にはあった。4年生としての責任も背負い、室伏は山に挑む。
読み込んだインタビュー
山下りに特別な思いを抱く選手もいる。3年生の廻谷賢(めぐりや、那須拓陽)だ。前回は区間15位に沈んだ。この1年、6区でリベンジするためにいろんな選手のインタビューを読んだ。「夏は月間1200km走った」とあれば、それ以上走った。それでも、「自分はそんなに走るのが好きじゃない」と言いきる。そのために成功例から学び、とくに東海大の中島怜利(3年、倉敷)や中央学院大の樋口陸(4年、武蔵越生)の走りを参考にした。
日体大の山下りといえば、2017年に卒業し、現在も6区の区間記録を持つ秋山清仁(愛知製鉄)がいる。ただし廻谷は「秋山さんは参考になりません。レベルが違いすぎます」。山下りの経験者を研究しつくしたからこその発言だ。その秋山から6区を受け継ぐにあたり、地元・栃木の友だちからも「おまえ大丈夫か? 」と心配されたという。プレッシャーは大きかったが「自分でも秋山さんを意識してましたし、後を走れるのは光栄でした」と振り返る。
「やれることはやりました。1年のうち10カ月は6区に費やしたようなもんです。これでダメだったら、もう来年は陸上をやってないかも」。そこまで廻谷が6区にかけてきたのには理由がある。前回、4年生の期待に応えられなかった後悔があるからだ。廻谷自身、人と話したり、一緒に食事に行くのに積極的な方ではないという。そんな廻谷を気にかけ、面倒を見てくれたのが昨年の主将の辻野恭哉(現NTN)だった。練習では廻谷を引っ張り、同級生よりも頻繁にご飯を食べに連れて行ってくれた。
辻野と廻谷は前回の箱根で同じ6区の候補者だったが、辻野は自分の調子がよくないことを理由に「自分じゃなくて廻谷を使った方がいい」と進言した。その辻野の思いに応えたくて走ったが、結果は区間15位。走り終わった後は辻野が付き添ってくれ、「走ってくれてありがとな」と言ってくれた。廻谷は謝ることしかできなかった。「辻野さんも走りたかったろうに。それでも自分に譲ってくれたのに、結果を出せませんでした」。申し訳ない気持ちで、いまも辻野とまともに話ができずにいる。
「6区を走り終わったら『ありがとうございました。おかげで今年は走れました』って言いたいです」。インタビュー中、廻谷は愛してやまないパンについては笑顔で饒舌に語っていたが、辻野の話になると伏し目がちになった。それほど辻野への思いが深いのだろう。「そんなに走るのが好きじゃない」と言っていた男が、先輩の恩に報いたい一心で、歯を食いしばって準備を重ねてきた。あとは自分を信じ、山を下ってくればいい。