大学陸上・駅伝

連載:いけ!! 理系アスリート

偉大な先輩を追って、800mの大学チャンピオンを目指す 京大農学部・木村佑(下)

木村は全日本インカレの優勝を目指して走っている(撮影・藤井みさ)

連載「いけ!! 理系アスリート」の第14弾は、京都大学農学部森林科学科3回生で陸上部の木村佑(たすく、水戸一)です。全日本インカレ優勝を目指し、主に800mに取り組んでいます。2回の連載の後編は、京大での生活と今後についてです。

合格発表を見に行ったその足で陸上部の練習へ 京大農学部・木村佑(上)

2回生の関西インカレで味わった悔しさ

高3夏のインターハイで男子800mの5位に入った木村は、京大農学部に現役合格を果たした。合格発表のその足で陸上部の練習にも参加した。

正式に入部して京大陸上部の練習を積んでいくと、少し拍子抜けした。ラストで並んでも、みんなしゃかりきに勝ちにいかない。水戸一高のときは1本1本が勝負だった。「子どものころの“かけっこ”のままで、バチバチの雰囲気だったんです。でも京大では自分の感覚を重視する感じで、最後もあんまり競り合ったりしないです」。一方でインカレに代表される「対校戦」には、高校時代には味わえなかった「チーム」としての一体感があった。

2回生のとき、その対校戦で悔しい思いをした。5月の関西インカレ。京大は1部残留の瀬戸際にいた。「自分がしっかり走ってチームに貢献したい」との思いが強かった。しかし800m、1500mとも10位。ともに入賞(8位以内)ができず、1点も京大にもたらせなかった。「結局残留はできたんですけど、僕が点を持ってこられてたら、もっと勢いがついてました。気合が入ってたのに逃してしまって……。悔しくて、その映像はずっと見られなかったです」。悔しさを忘れないようにと、京都の下宿の壁に関西インカレのゼッケンを貼った。

すると、その夏から走りにタイムがついてくるようになった。夏から秋にかけての七大戦や東大戦など5連戦で4度優勝。800mも1500mも、この時期に自己ベストが出た。そして3回生になり、5月にいちどピークを持ってきた。関西インカレの1500mで2位、800mで4位に入った。大きな悔いを残した関西インカレから1年、しっかり成長した姿を示した。

勉強の面では、京大に入ってすぐ、陸上部の先輩に言われた。「せっかく現役で入ったんやから、勉強の習慣が残ってる1回生のうちに、とれるだけ単位とっとけよ。あとに残ったら苦労するで」。だから1回生で頑張り、卒業に必要な単位の半分をそろえた。その後もコツコツ勉強し、3回生のうちにほぼ単位を取り終える計算だ。「4回生は卒論だけになる予定なので、部活を頑張ろう、と」。理想的な体育会アスリートだ。

森で癒やされ、風呂で癒やされる京都生活

木村は農学部森林科学科で、フィールドワークに没頭している。口の悪い友だちには「森を歩いてたら単位が来るんだろ?」と言われているそうだ。京大に近い吉田山、大文字山、比叡山や、京都府南丹市美山町にある京大の芦生(あしゅう)研究林で植物の葉や枝を採取し、標本をつくる。

森の中で、木村が好きな時間がある。「作業が休憩になって座ってると、いい風が吹くんです。その瞬間が好きなんです」。トラック上の格闘技とも言われる800mや1500mの戦いから離れて、緑の中で癒やされる。木村にとって大事な時間だ。思えば幼いころからふるさとの茨城県鹿嶋市でも、森の中で探検遊びをするのが大好きだった。そんな原体験が、大学での研究につながっている。3回生の後期からは研究室に入る。

フィールドワークではアスレチックのようなこともする(写真は本人提供)

目下の趣味は銭湯巡り。すでに京都市内で23軒を巡った。「堀川通の西へ行くと、露天風呂のあるところが多いんです。そこはこれからです。疲れが抜けるし、単に楽しいです」
森で癒やされ、風呂で癒やされている。

銭湯巡りのパートナーは、父が10年ほど乗ったおさがりのロードレーサーだ。去年の春先にはこの自転車に乗って、岐阜まで行ってきた。大好きな漫画『僕らはみんな河合荘』の“聖地”を訪ねるためだ。京都から岐阜の聖地まで130km。1時間の休憩を含めて7時間で到着。格安のホテルに泊まって、翌日は関ケ原や彦根城を見学しながら10時間ぐらいかけて帰ってきた。出発前日にふと思い立って行ったそうだ。実に楽しそうに教えてくれた。

櫻井大介さんの残した「800m」という“論文”

木村には目標とする京大陸上部の先輩がいる。2014年の全日本インカレ男子800mで優勝した櫻井大介さんだ。櫻井さんは当時、いまの木村と同じ3回生だった。3連覇を狙った日本記録保持者で、その年の日本選手権も制していた川元奨(日大、現・スズキ浜松AC)らに競り勝った。櫻井さんも京都・西京高でインターハイに出場し、現役で京大農学部に入った。全日本インカレで勝ったときのコメントに「この練習をやれば、このタイムが出るという繰り返しで実力をつけてきました」とある。すべてを自分で考えて大学ナンバーワンまでたどり着いた櫻井さんは、後輩たちのために、分厚い“論文”を残してくれた。タイトルは「800m」。最初の項目の「はじめに」は、こんな文章で始まる。

――僕は強くなるにはどれだけ大事なことに気づいているか、強い選手が大事にしていることを見落とさずに気づくことができるかが非常に重要だと思います。――

ランニングフォームやメンタル面、練習メニューの立て方、試合での位置取り、テクニック……。あらゆることについて、記されている。木村はこれをバイブルにしてあらゆることを考え、少しずつ前進してきた。
関西の大学で中距離に取り組むメンバーは仲がよく、レベルアップのため、大学の枠を超えた合宿もしている。木村は積極的に参加している。記録会などで合宿仲間に会うと、「きょう、俺がペースメーカーしよか?」というやりとりをして、お互いに記録を高め合っているという。

偉大な先輩と同じ場所へ(撮影・藤井みさ)

9月には漫画の“聖地”巡礼で訪れた岐阜で、全日本インカレがある。木村は現在、参加標準B記録を突破している。「7月になんとかA記録を突破して、確実に出たいと思います」。櫻井さんが3回生で制して全日本インカレに、木村は3回生で初めて臨むことになりそうだ。
「中距離は走りながら考えて、一瞬で決断して動く種目です。陸上の中では頭を使うほうだと思ってます。だから、考えてやったら伸びる種目なんです。うまいことやれれば、僕でも勝負できると思ってます」。目指すは櫻井さんと同じ、大学チャンピオンだ。

森の中で心を静め、風呂の中で体を休め、そして木村はスタートラインに立つ。スタートしたら、考え、勝負に出て、あとはゴールを目指すだけだ。

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